第50話 これから始まる

 昨日の雪の水着は凄かった。

 あれは僕だってわかる。それで江菜さんと鈴に嫉妬と怒りの形相で睨まれましたけどね。

 酷い目にあった。


 そんな僕は今ランニングをしています。

 早朝、樹とのランニングから本格的に走ることにしました。

 理由は特にこれといってないですけど、やっぱり動くと気持ちいいからかなと思います。

 あ、でも今日から理由が一つ増えるんだった。


 住宅街をまわって、ゴールの公園に着きました。息を整えながら、向かう先は公園内にある摩可不思議なテニスコート。

 そこで壁打ち練習をする栗色の髪をポニーテールにしているテニスウェアの女の子に僕は声をかけました。


「雪おはよう」


「…っ!れ〜ん!!」


 壁打ちの手を止めて振り向いた雪が僕に笑顔を向けながら手を振って名前を呼びました。

 ゴールデンウィークの埋め合わせみたいな物でこれから早朝、学校で朝練が無い日の公園での練習に付き合う事になりました。


 素人な僕で良いのか訊ねると「蓮は自己評価低いよ!」と指を目の前で指されながら言われました。

 僕上手らしいです、テニス。


 コートに入ると、雪が僕の方に歩いてきました。雪の手にはラケットが二本握られています。

 その片方を雪は僕に渡します。


「蓮、このラケット使って」


 そう言って、雪はコートに立ちました。

 試しに振るとラケットは軽いけど重量感があってとても振りやすい。


「いくよぉ」


「うん」


 雪はボールを真上へと綺麗な垂直線を描いて放ると、コートを蹴って飛んで、ジャンプサーブを打ってきた。


 バウンドしてこっちに向かってくるボールの軌道は左側にラインギリギリ、僕は真正面に回って打ち返す。


「流石、元陸上部。反射神経良い…っね!」


「それはどう…っも!」


 それからラリーを続け、サーブ、スマッシュ、ボレー練習等を行いました。

 練習を終え、僕と雪は家に軽めのランニングをしながら戻っていく。


「…は、は…蓮」

「…何?」


 途中、雪から話しかけられました。


「昨日、水着ありがとう。嬉しかった」


「良かった。本当に似合ってたよ」


「鼻血出すくらいだもんね」


「忘れて」


「あはは、やだよ………理由はどうあれ意識してくれたんだよ、蓮が」


 雪は眩しいと思えるくらい頬を赤くしながらも満面の笑みを向けてくれました。

 これだけで選んだ甲斐があった。

 こんなにも幸せそうな表情をしてくれるんだから。

 でも…………江菜さん、鈴は水着をアドバイスだけごめんなさい。


「はは」


「い、いきなりどうしたの蓮」


「何でもない、ごめんなさい」


「何で私は謝られた!?………あ、じゃあ蓮、また後で」


 いつの間にか雪の家の前に着いていました。


「うん、後で」


 ああ、どうしよう。

 決意したのに、雪の、江菜さんの、鈴の皆の笑顔を悲しませる事になると思うと怖くなる。


 でも、振りまわし続けるのは絶対にしたくない。


 ◇


 シャワーを浴びて、部屋に戻ると鈴が寝息をたてて気持ち良さそうに寝ていました。

 鈴はあれ以来遠慮なくベッドの中に潜り込んできてる。それが顕著になったのは僕は養子だってことを教えてから。


 それは理解できる。

 鈴は僕が好きだから。

 もしかしたら、鈴に油を注いでしまったかもと思ってしまっています。


 修羅場は勘弁です。


 ブッブー


 勉強机に置いていたスマホを取ると、江菜さんからCOMINEにメッセージが送られてきました。

 タイミングが良すぎる。

 何処かで見てたり?


 はないない。


 で、メッセージの内容は。


《江菜》お弁当を作るのですのですが、何か

 リクエストはございますか?


 彼女弁当。

 僕にはあり得ないと考えていましたけど、あるんですね。

 でも、これを言ったら怒られそう。そんな気がします。

 お母さんに言っておかないと。さっき起きてきたから、今行かないと。


 何とか言えた。作りはじめだったからギリギリでした。

 それで、リクエスト。

 江菜さんは世間知らずではないけど、少しお金の価値観にズレがあるお嬢様。


 もしかしたら、高級な物を使って作るとかあるかも。流石にそれは食べづらい。


《蓮地》キャビアとか出しませんよね?


《江菜》出しません!

 ぷんぷんスタンプ


 返信早っ!


《江菜》私を何だと思ってます?


《蓮地》………お、お嬢様です。


 〜〜〜♪


 どうしたら、江菜さんから着信が来た。

 これは怒ってるのかな。

 生唾を飲み込みながらはそっと画面をタップして電話に出る。


「も、もしも…」


「蓮地さんのバカーーーーーー!!」


 プツン


 切れた。

 風が吹く勢いだった。学校でどんな顔したら良いんだろう。

 まず学校行ったら謝ろ。


「ん〜〜おにいひゃん?」


「ごめん、鈴おこ…」


「おにいひゃ〜ん」


「うあが」


 寝起きの更に薄目でぼやけた視界で僕を捉えると、鈴に飛び付かれベッドに押し倒されました。


 そして、抱き枕にされてしまった。

 鈴は僕の胸に顔を埋めてうりうりと振る。

 また、たまに「にへへ〜」と声を漏らす。

 全く仕方ないなと思ったその瞬間、鈴を甘やかしていたら、母さんが入ってきて、それからベッドからずっと階段近くまで引き摺られた時の記憶が浮かびました。


 アトラクションならともかくあれはもう嫌だ。


「鈴、起きて起きるんだ〜!」


「んむ、あと、ごふん」


 ああ〜、抱き枕状態で腕まで縛られてるから肩を揺らす事も出来ない。

 一体どうしたら。

 あ、そうか。こういう時こそ助けを求めるべきなんだ。


「母さん、母さん!助けてくださーい!」


 ドドドドドドドド


 凄い足音で近付いてくる。


「蓮地!どうし、た!?の?」


「起きたいんだけど、鈴に縛られてどうにも出来なくて。助けてもらえませんか」


 すると、母さんは「ああ、またか」とさも何事もなかったかのように去っていこうとする。

 いや何で!?


「待って待ってあの時は叩き起こしたでしょ!何で今回は放置なの!?」


 母さんはくるっと振り返る。


「あん時は中々起きてこなかったからでしょ」


「その割にはさっき凄い勢いで駆け付けたよね!」


「……っ!そりゃ息子に助けてなんて言われたら、来るよ」


 と、母さんに恥ずかしそうに言われて、僕は目を見開く。

 今思うと、親を頼った事が一度もなかった。

 だから、そういえばって思い出してたら見開いていた。

 よく見るとどこか嬉しそうにも見える。 勘違いかもしれないけど。


 あ、でも立ち姿勢が格好いい。


「まさか初めての助けてがこんなのとは思わなかったけど」


「遅刻は勘弁なので助けてください」


「たく、仕方ないなぁ」


 そう言って母さんはベッドの方までやって来ると、鈴の右耳に唇を近づける。

 不思議に思いながら僕はその様子を見る。


「鈴奈起きろ〜。起きないと蓮地に嫌われるぞぉ」


「ちょっと!?」


「やー!」


 母さんが耳元で囁いた言葉によって、 鈴の僕を抱き締める力が余計に強くなっていってます。

 何で火に油を注ぐような言葉を言うのかな。 本気で締まる。


「ぎゃああああ!痛い痛い痛い!死んじゃう死んじゃう!お兄ちゃん死んじゃうからぁぁぁぁぁ!」


「やー!」


「ぎゃああああ!」


 また余計に締まったぁ!

 どうやら、緩める方向性はうちの妹にはないようです。


 というか鈴の何処にこんな力があるの。

 あと見てないで、いや笑って見てないで助けて欲しいんですけど母さん。


 それから二分後に僕は鈴の抱き締め地獄から母さんによって解放されて、そのあと鈴に物凄く謝罪をされて事を終えました。



 ああ、こういう女の子に振り回されたり、振り回したりすのが、江菜さんのいきなりプロポーズから始まったラブコメ?なのかな。



 FIN


―――――

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可愛い女の子からいきなりプロポーズされて始まった僕のラブコメ!? 翔丸 @morimaru

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