おめでたい家族

文月みつか

おめでたい家族

「母上様」


「何よ改まって気持ち悪い」


 食後のティータイムを楽しんでいるところに、長女の緑が現れた。


「こちら、デパ地下で手に入れた高級かりんとうでございます。ちょうどお茶の時間のころ合いのようだったので」


 「高級」のところを強く発音し、お菓子の袋をテーブルの端にうやうやしく乗せる。


「おかしいわね。これと同じものを近所のスーパーで見かけたことがあるんだけど」


 緑は一瞬びくっとしたが、すぐにすまし顔に戻ると、食器棚から適当な皿を取り出してきてかりんとうをあけよこした。


「うむ、くるしゅうない」


 梓は一つつまんでかじりつく。サクッとしていて上品な甘さ。スーパーで売っているとはいえ、日常的に買うものとしては少々お高いことも知っている。梓は久々に口にする味におおむね満足した。


「で、いったい何を企んでいるの? それとももう何かやらかしたあとかしら」


「めっそうもない!」


 緑はピシッと気を付けをした。


「ただ、来月のお小遣いをほんのちょこっと前借りさせていただきたく……」


「これは貢ぎ物ってわけね」


 梓はサクッと残りを口に放りこむ。


「答えは、ノーよ」


 ハッと緑が目を見開く。


「なんでー!? せっかくかりんとうまで買ったのに!」


「我が家の家計に余裕はないの。こんなムダ遣いするくらいなら、節約しなさい」


 緑は「ちぇー」とぼやいてすごすご引き下がっていった。


* * *


「大丈夫よお姉ちゃん」


 撃沈する緑をなぐさめ、次女の杏は胸をトンとたたいた。


「わたしに任せて!」


* * *


「ママ、食器洗ってるの? わたしがやってあげる!」

「お洗濯、わたしも手伝ってあげる!」

「お花に水やっておくね」

「お風呂掃除しておいたよ」

「肩こってない? もんであげる!」


 次女の様子がおかしい。いつもは手伝いを頼んでもしぶしぶやるだけなのに、今日は金魚のフンのように後をついてくる。


「どうしたのよ。学校の宿題でお手伝いするようにとでも言われたの?」


「まさかぁ」と杏はころころ笑う。


「ただ、図工で絵具セットを使うから新しいのを買うお金をもらえたらうれしいなあって」


「緑のお下がりで十分でしょ」


「でもみんなは新品のやつを使っているのに……」


「そうね、習い事のダンスをやめるなら買ってあげてもいいけど」


「絶対にダメ!」


 杏は尻尾をまいて逃げて行った。


* * *


「緑、杏、落ち込むな。パパが敵をとってきてやる!」


 陽平は勇み立ち上がる。


* * *


「梓、今日もきれいだね。ところで、今週末飲み会があるから三千円出してほし……」

「却下。」


* * *


「うちの家族は、そろって何を考えているのかしらねー」


 リビングのソファによっこらしょと腰を下ろして、梓はお腹を優しくなでた。


「もうすぐひとり増えるんだから、これからもっと節約しないといけないっていうのに」


 そこへ、うわさの家族たちがぞろぞろとやってくる。


「あらまあ、今度は3人で徒党を組んじゃったわけ?」


「そんな悪だくみしてるみたいな言い方やめてよ」と緑。「はいこれ」と包みを渡される。


「わたしたちからの誕生日プレゼント」


 緑が口をとがらせる。これは、照れくさいときに出る癖。


「開けてもいい?」


 杏がはにかみうなずく。この子は、笑顔がいちばん似合う。


「本当はね、もっと老舗の高級ブランド品にしようと思ってたんだけど、3人のお金じゃちょっと足りなくて……」


 包装紙の中から出てきたのは、すみれ色の長財布だった。


「あらまあ、素敵」


「選んだのは緑と杏だよ。俺は金ぴかのやつがいいと思ったんだけど、ものすごい勢いで反対されてさ」


 陽平が頭をかく。お調子者だけど、妻と娘には弱い。そこが好き。


「娘を信じたのはいい判断だったわね」


 梓はすみれ色の財布を指の先でそっとなでた。


「ありがとう。大事にするわ」


 緑、杏、陽介は誇らしげに、にっこりと目くばせしあった。


 愉快でちょっとおめでたい、私の愛すべき家族たち。


 きっと次に生まれてくる子も、笑って泣いて目まぐるしい日々を過ごすことになるだろう。


 梓はエヘンと咳払いした。


「それでは私からも、重大な発表をさせていただきます。実は……」


 あんぐりと口をあける家族たちの表情が、梓はおかしくて仕方がない。

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