婚約破棄という名の茶番劇

空のかけら

婚約破棄という名の茶番劇

「侯爵令嬢、聖女アリスに対する非道な行い、分かっているぞ。その罪を認めれば、国外追放だけで許してやろう…」


 続けざまに出ない言葉、周囲から見ても焦っているとわかる仕草。

 隣に立っていたアリスが”王子さま”にささやいている。


 「そこは、侯爵令嬢との婚約を破棄し、聖女アリスと婚約する…でしょ。」


 ささやいていることは、周囲の人も分かっている。

 当然、私も。

 少し呆れている。


 「う、うん。」


 情けない相槌。


 「あー、聖女アリスとの婚約を破棄し…あいた。」


 隣から突っ込みが入る。


 「それは逆でしょ。私と婚約していないのに、破棄なんかできないでしょうが。」


 さっきまで周囲を憚るように、ひそひそ声で話していたはずなのに、普通の声で隣の”王子さま”に突撃していた。

それを見た私は、そこで終わりとばかり


 「はいはい、今日のリハーサルはここまで。明日、通しで再度リハーサルをするわ。みんな、自分の役とセリフを覚えてきてね。」


 そう言って、周囲に集まっていた人を解散させる。

 みんな三々五々、広場から散っていく。


 それを横目で見ながら、ヘタレな演技をした”王子さま”を、この意気地なしと言わんばかりに見ている。

 横にいた、アリスは、”王子さま”にセリフすら覚えられないのかと、怒っていた。


 ”王子さま”は、なんで好きな相手の婚約破棄をしなければならない。おかしいじゃないか。とつぶやくように言っているが、アリスは全く聞く耳持たずに、相手を圧倒している。圧倒と言うか、罵倒している。

 とても、私が言葉にもできないような汚い言葉で。


*****


 なぜ、婚約破棄という演技をしているかというと、国境での魔物の侵攻を抑えるため、聖なる存在である聖女を異世界から招いたのが原因。存在自体が、国境での結界を強めることになり、結界内のあらゆる者が、国外の者よりも大きい力を得られるのだ。そして、聖女は”王子さま”と結婚するのが、この国の通例でもある。

 ところが、聖女が”王子さま”のエスコートで、”王子さま”その婚約者たる私と出会った際に、こう言った。


 「お姉ちゃんと呼ばせてください。」

 「???」


 この時、エスコートしてきた”王子さま”は、完全無視。その後、何度呼び掛けても全く反応せずに、無視され続けた。その反面、私は聖女のきらきらする目で見つめられたまま、返答を待っている様子に絆されて…


 「私でよければ。」

 「やったー。お姉ちゃん、不束者ですが、これからよろしくお願いします。」


 おかしい。まるで、私に嫁いできたようだ。

 その後も、”王子さま”を無視するように、王宮から私の実家に来て居つこうとして、近衛兵と押し問答になったり(この時は、結局私が王宮に移り住むことで決着)、お姉ちゃんと一緒じゃないと嫌だということで、ダンスや教養、王妃となるための教育。果ては、お風呂や寝る時まで一緒という、四六時中一緒というべったりな関係になってしまった。

 アリスは、異世界で様々なことを学んできたようで、いつも一緒にいるうちに教えてもらったこともいくつかあった。これまでになかった面白いことや考えさせられること。有用で国王に進達したりしていた。

 

 その中でもこれは!というものが、婚約破棄という茶番劇。


 なんでも、アリスの世界ではこれが流行っていて、お話のほとんどはこの婚約破棄が多いという。

ほとんどの場合、異世界から招かれた者や転生してきた者がヒロイン。ヒロインが特定の男を恋することで場面が進み、最終的には、その男の婚約者を悪役として断罪するというもの。

断罪の仕方は、さまざまだけど、悪役令嬢を処刑したり、国外追放にしたり、子供喧嘩レベルで、ここまでするか…という処罰。

 はっきり言って、あり得ない。

 やるなら、さっさと素早くするのが大事。もったいぶって対処すると、ボロが出るでしょうに。

 私なら、目障りということで、護衛にさっくり殺させますよ。


 アリス曰く、異世界では、私が”王子さま”の婚約者で悪役令嬢。アリスが聖女として召喚され、”王子さま”と婚約・結婚する上で、障害となる私を断罪・排除するゲームがあったという。

 

 しかし、アリスはそのゲームの人物紹介を見て、”王子さま”より、悪役令嬢たる私に大変な興味を抱いてしまった。一人っ子で、姉妹がいなかったので、お姉ちゃんがほしかった。そのお姉ちゃんのイメージと完全に一致していたのが私だったと。


 異世界に来て、心細かったけど、私を見た瞬間、そんな気持ちはどこかに吹っ飛び、お姉ちゃんと呼ぶことを許してもらってから、毎日が楽しいです。と、毎日言われ続けている。


 そして、”王子さま”と結婚したくない。お姉ちゃんとしたい。と言うことを、王様と王妃様の前で、”王子さま”が横に、私がその後ろに控えていた時に、爆弾発言した。

 王様と王妃様は、大変驚かれていた。

 

 まぁ、当たり前よね。

 

 その後、王様や王妃様、その周囲の側近などがアリスを説得しにかかったが、中々納得させられない。

結局、聖女と私が同列の婚約者として、”王子さま”と結婚することになった。


*****


 同列の婚約者となったことは、国内外に広く知られることになり、近いうちに、結婚式をすることになった。

さっきの、婚約破棄という茶番劇は、その結婚式の余興の1つである。


 アリスが、その劇をするなら、この式典しかない!と言ったため、結婚式に婚約破棄という縁起がいいんだか、演技が悪いのだか、訳が分からない状況になっている。

 さっき、周囲にいた者たちも自分の本来の爵位に沿った役割があり、セリフや立ち振る舞い、表情や行動まで、アリスと私の演技指導が入っている。もちろん、結婚式に参列する予定の招待客の一部。よく見れば、隣国の王子や王女までいる。楽しそうだが。


 余興としては、規模が大きいが、結婚式自体が国を挙げて…なので、みんなで楽しんでもらえば~という感じ。その中で”王子さま”は重要な役だ。

 なにしろ、劇中では、婚約者を断罪して、聖女を婚約者にするのだから。

 劇外では、どちらも婚約者。断罪する必要はない。しかも、聖女の方は、”王子さま”を無視することや怒っていることが多く、私の方には、にこにこ上機嫌。

 結婚相手は、”王子さま”なのに、まるで私が相手という感じで、誓いのキスも、”王子さま”+聖女はフリ(頬に触らない程度)。”王子さま”+私もフリ(口づけをするなら、結婚しないと押し切られた)。そして、なぜか当初の予定にない聖女と私の誓いまで。もちろん、長めのキスでしっかり唇を合わせて…と厳命されている。


*****


 余興は2つあって、その1つが婚約破棄。もう1つが、聖女と私の恋愛劇(??)がある。

 こちらは、”王子さま”が悪役令息となって、聖女と私の恋愛を邪魔するというもの。アリスの強い希望ですることになった。もちろん、”王子さま”はここでも重要や役だが、やりたがらない(当たり前)。


 いつの間にか、結婚式がアリスによって、打ち合わせから台本合わせ、リハーサル、国内の貴族や隣国の王族まで巻き込んだ、一大イベントになっている気がする。


 結婚式まで日数がないけど、明日のリハーサルは最後まで無事に終えることができるだろうか。


 無理っぽいけど。

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