エピローグ

「来たか」


 闇の中にロザリアは立っていた。

 目の前には、玉座に座った男がいる。


 またあの夢だ。


 あの事件の日以来、一度も見ていなかった夢。

 もう見ないものかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 ロザリアは男を見て、言った。


「あなたは一体、何ものなの?」


 男は、はっと笑った。


「おいおい、この間、名乗ったじゃねぇか」



 〝破壊〟の罪

  オレイカルコスの槍



 男は確か、そう言った。


「どうして私の前に現れるの? どうして私の体を操れたの?」


 ロザリアは次々と溢れる疑問を男にぶつけた。

 男は答える気があるのかないのか、ふああ、とあくびをして、しばらく何も言わなかった。


 ロザリアは根気よく待った。

 なんとなく、じっと耐えていれば、この男は答えてくれると思ったのだ。


「……お前が選ばれたからだ」


 しばらくして、男はそう言った。


「選ばれた? 一体何に?」


「……あの槍に」


 男はそういうと、手を前にかざした。

 暗闇の中に一閃の光が走った。

 光が消えたあと、そこにあったのは、あの白金色の槍だった。


「!」


「根性なしのダメダメ女かと思っていたが、お前は隠れたところに勇気を隠していた」


「……」


「だから、この槍はお前の思いに応えたんだ」


 男の言っていることを、ロザリアはよく理解できなかった。


「こいつは使い手を選ぶ。何百年も、こいつの使い手は現れなかった」


「……あなたは何百年もこの闇の中にいたの?」


 男はああ、とつぶやいた。


「なぜ? なぜこのような場所にいるの?」


「……ここに封印されているからだ」


「封印?」


 ロザリアは訝しげな顔で男を見た。

 男は憂いを帯びた瞳に槍をうつしていた。


「……時が来るのを待っていた」


「時? 時って何?」


 もう、ロザリアの頭の中は疑問でいっぱいだった。

 この男のこと。

 槍のこと。

 そして告げられた「その時」のこと。


 ふと、ロザリアの脳裏に、ずっと以前に聞いた噂話が蘇ってきた。





 ──なあ、お前知ってる? 七つの大罪の話


 ──七つの大罪って……アレイオス帝国時代に暴れまわってたっていう、あの都市伝説?


 ──それがよ、先輩から聞いたんだけど、七つの大罪の一つが、この学園に封印されているんだってよ


 ──封印?


 ──そそ。で、その封印を解いたものは、その幻の武具を使えるようになるんだって


 ──へえ。なにそれ、かっこいい! 俺も最強の武具がほしいなぁ!






 

 ロザリアははっと息をのんだ。

 この男は〝破壊〟の罪だと名乗った。

 ということは、まさか。


「時は満ちた」


 男はロザリアを見て、口角を上げた。


「お前が来るのを待っていたぞ、ロザリア=リンド・オルガレム」


 ロザリアの心臓が熱くなった。


「お前は槍に選ばれた。これから否応無く、大罪集めに励んでもらうぞ」


「な、何言って……」


「なぁに、心配するな。この俺様が直々にお前を鍛えてやるよ」


 そう言って、男は立ち上がる。



「お前はこれから、オレイカルコスの槍を、そして他の大罪たちの武具を持つにふさわしい女になるんだよ」



 一体この男が何を言っているのか、ロザリアにはさっぱりわからない。

 けれど波乱な日々の幕が開けようとしていることだけは、なんとなくロザリアもわかったのだった。


 ◆


「……っ」


 ロザリアが目をさますと、部屋の中は爽やかな朝の光で満ちていた。小鳥がチュンチュンと鳴き、外からは元気な生徒たちの声が聞こえて来る。

 ロザリアは額にかいた汗を拭い、見ていた夢のことを考えた。


 自分はどうやら、かなりの巻き込まれ体質らしい。


 あの夢がただの夢でないことくらい、ロザリアももうわかっている。

 きっとこれから、また何かトラブルがやってくるのだろう。


「もう……」


 ロザリアはため息を吐いて、起き上がった。


 けれど不思議と、悪い気分はしなかった。

 以前までなら、朝起きるのが億劫だったのに。


「やるなら、やってやるわ」


 私は、あの王子とも対決したのよ。

 ……なんてロザリアはつぶやいて、自分で笑ってしまった。随分と強気になったものだ。


「ん」


 ロザリアはぐうっと伸びをして、ベッドから起き上がった。

 窓を開けて、朝日を体にめいいっぱい浴びる。

 今日は休日だ。

 休みの日の朝というのは、なんだか穏やかな空気が流れているような気がするのは、ロザリアだけだろうか。

 けれどふと、休日、という単語に、ロザリアはぎょっとしてしまった。


「あっ! しまった!」


 それから時計を見て、慌てて着替える。


「今日、バイトなんだった!」


 ロザリアは今、アリスと一緒に喫茶店でバイトをしている。

 父である公爵に金銭的に頼らずにすむように、そして少しでも自分を変えられるように。


 まだまだ失敗続きで慣れないことも多いが、労働は案外楽しかった。

 働いてみて初めて気づいたことだが、意外な発見だった。

 

 ロザリアは荷物をもって、慌てて寮を飛び出した。


「おーい、ロザリアちゃーん!」


 学園の門の前で、アリスが手を振っていた。

 足元には真白がいて、しっぽを振り回している。


「早く早く! 遅刻しちゃうよ!」


「きゅぅううん!」


「ご、ごめんっ!」


 アリスはロザリアが来るのを待って、校門を飛び出す。

 二人は並んで、笑いながら駆け出した。


 空は青く、雲ひとつないいい天気だった。 

 ロザリアの真っ白な髪が、風になびく。


 ロザリアはなんだか、今日もいい日になりそうだと思った。





 END.


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】悪役令嬢と七つの大罪 美雨音ハル @andCHOCOLAT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ