第6話 旅立ち
成人を示すその儀式を、例を見ない若さで成し遂げた二人は長命者から熱い言葉を貰い、皆が二人に言葉を掛け捲る祝杯は終日続いた。
湖を覗く村の広間で酒を嗜みながら豪勢な食事を囲むノーヴィスの民の殷賑な声が森を奏でている中、主役である二人は既にその場にはいなかった。
月夜の光が水面に映る景色を眺めながら、剣の切先をその光に浸すユニティスは湖の畔で座っていた。
「どうして大人たちはあんなに続けられるのかね。もう私たちの祝いというより、ただの酒飲みの場と化しちゃってるし」
「たしかに」
「証の試練を終えた私たちは、晴れて外の世界へ旅立てるのね」
「結構早かったと思うけれど、人間からすると長い時間がたってしまったと思うし、あの騎士団長さんは私たちのことを覚えているかしら?」
「どうだろう。まあ、覚えていなくても構わないけどね。関係なく、私は騎士団へ入団する!」
「それは私も同じよ」
そんなコーネリアの言葉に、剣を納め、ユニティスは笑いかけながら云う。
「何はともあれ、いよいよ夢への一歩が歩けるということね。――よし! 早いに越したことは無いし、明日には出発するわよ!」
彼女の言葉にコーネリアは目を丸くして叫ぶ。
「あ、明日っ!? いくらなんでも早すぎるわ! もっと準備を整えた方が……」
「準備って何をするのよ? 身一つで十分でしょ」
コーネリアの言葉に笑って返すユニティス。
「服や食料とか、あとは……お金とか?」
「服も食料も現地調達でいいじゃない。まあ、それにはお金が必要だと思いから、それだけは持っていくとしても、それだけよ。明日にでも出発できるわ」
「両親や村の皆に挨拶をしなきゃだし……いろいろとやることがあると思うけど?」
ユニティスは鼻を鳴らした。
「そんなもの、置手紙か何かで済ませとけばいいのよ。そうよ! 置手紙でいいなら、別に明日を待つ必要もないわね! コル! 今日中に村を出るわよ! そうと決まれば荷造りよ。こんな格好では外へはいけない。服だけ着替えて村の西門に集合! いいわね?」
コーネリアの返事も待つことなく、彼女は足早に自分の家へと走って行ってしまった。
そんな彼女の背中に手を伸ばしながら、溜息を吐き捨てるコーネリア。
「まったく。ひとの話を聞かないんだから……」
コーネリアは静かに立ち上がると湖上に広がる星空を見上げていう。
「大丈夫かな……」
そして、彼女もまた自身の家へと向かった。
大人たちは皆、宴会場で飲み食いして談笑に浸っていた。
家には誰もいない。
静寂の家で自室へと向かい、着ている服を脱ぎ、長旅でも安心そうな丈夫な革鎧に身を包むと、アイテムバッグを腰に下げ、持ち合わせは非常に少ないがお金を別の小袋に詰めてしまった。
そして、自室に置かれている机に向かい、手紙をしたためていった。
村の皆や両親へ綴った手紙。
今までわがままな自分を育ててくれたことへの感謝と、旅たちの挨拶。
そんな言葉たちを静かに綴っていくコーネリア。
書き終えた手紙を手に家の広間に向かうと、そこには一人の女性が立っていた。
「お母さん!?」
そんなコーネリアの言葉に、驚くことなく、彼女の姿を見ながら静かに応える。
「もう行ってしまうのね。全く。挨拶もしないで行こうとするなんてね」
「ごめんなさい。ユニが今日出発するっていうから」
「そうだと思ったわ。まあ、止はしませんけどね。小さいころからずっと外に出たがっていたのは知っているから。騎士団になるのよね? 甘い世界じゃないわよ? 大精霊の加護があるかといって、外の世界は危険ばかり。成人したとはいえ、ノーヴィスの血は非常に珍しく狙う者も大勢いると聞くわ。それでも、外へ行くの?」
母親の落ち着き払った声音が彼女に届く。
大事な娘を危険な外へ行かせたくはない。けれど、彼女の小さい時からの夢を応援したい気持ちも強い。だからこそ、彼女の言葉は酷く冷静を装っているのだ。
そして、コーネリアは応える。
「それでも、私たちは行くわ。騎士になって、世界の平和を守る! たとえ、その道半ば命を落とすことになっても、その覚悟はできています!」
視線を逃がすことなく真っ直ぐ見据える彼女の目には確固たる意志が宿っていた。
「そう。わかったわ。気を付けて行ってらっしゃい。いつでも帰ってきていいからね。何があってもあなたの帰る場所はここなのだから」
「うん。ありがとうお母さん。お父さんにもよろしく伝えてね――じゃあ、行ってきます!」
折角書いた手紙はその用途を果すことなく、ポケットの奥へとねじ込まれた。
扉の奥へ娘の姿が消えるのを確認すると、静かに言葉を零す。
「行ってしまったわ……」
その言葉に、部屋の奥から返事が返ってくる。
「ああ」
そして、暗がりから一人の男が姿を現して彼女の隣に立つ。
「親になるって、結構つらいのね」
「ああ。だが、立派になったあの子を送り届けられたというのを誇りに思おう。私たちは、長命な種族だ。いずれ、あの子が帰ってくるまで、この村を守っていくのが、残っていった私たちの使命だ」
妻の涙を拭いながら、コーネリアの父は娘の門出を心より祝った。
いずれ、自分の娘が世界の平和に力を貸すのだと信じて。
「今宵はもう酒はやめられんな」
「付き合いますよ」
「……」
村の喧騒を他所に、コーネリアは西門へと向かった。
門のところで、暇そうに武器を眺めているユニティスの姿があった。
彼女の姿を見つけて少し駆け足になって近づくと、向こうも彼女へ向き直り、手を振ってきた。
「遅かったわね」
「手紙を書いていればこれくらいかかるでしょ? 逆になんでそんなに早く来れているの?」
「置手紙なんだからそんなに時間は掛からないわ」
「まさか、一言だけとか……?」
「当り前じゃない」
呆れたコーネリアは言葉を失くした。
「ま、そんなことは良しとして、準備はできたみたいだし、さっさと行きましょ。もうわくわくで気持ちが抑えられないわ!」
言葉を終えるのと同時に、彼女は門の外へと出て行ってしまった。
「ちょっと」
コーネリアは村に改めて挨拶を送ると、ユニティスの後をついて行った。
灯りのない森の中を白亜な肌を持つ美しい女性二人が、木々の隙間から差し込む月明かりに照ららせるその姿はまるで森の精霊のよう。そんな二人は、その先の道を見据えながら、静かにその歩みを進めていった。
異世界の魔王にされた私だけど、転移したダンジョンから出れないので引きこもります! みなわ @minawa-kanato
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