第5話 ダンジョンの深層
二人がダンジョンへ入ってから既に一日が経過しようというところだった。
1層目を踏破してからは大分戦闘にも慣れており、2層目では新たな魔物と遭遇をするもの、それらを難なく撃破していく二人。そうして彼女らはダンジョンの奥へとその足を進め、ようやく8層目を踏破するところまで来ていた。
ダンジョンの場景は相も変わらず不変であり、いつまで進んでも経年の産物と化した苔むした石の組積造の通路が永遠と広がっていた。
そんな代り映えない閉鎖的な空間での戦闘に精神的な疲労を感じ始めていた二人。
ユニティスは石壁に背中を預けながら眼前に見える階下へと続く階段を見つめながら悪態をついた。
「いったい何時まで続くのよ!」
「大分長い間ダンジョンに居る気がするわね。まあ、ダンジョンの規模はそれぞれ異なるものらしいし、一概にあとどれくらいかはわからないわ」
「歴史書には書いてなかったの? さすがに長年利用しているダンジョンなんだから誰かしら記録してるでしょ?」
そんな言葉にコーネリアは首を振る。
「残念ながらこのダンジョンに関しては詳しい情報は残っていなかったわ。意図的に残していないみたいにね。まあ、そもそも試練と名を謳っているのだし、詳しく試練の内容を記載していても、果たして試練として意味を成すのかって感じはあるわ」
ユニティスは腰に下げる剣を小さく抜いては鞘に戻してを幾度となく繰り返しながら、「せめて何階層あるかくらいは教えてほしいわ」と嘆いた。
「でも、意外とあと少しかもしれないわ」
「どうして?」
「今この階層は確か8階層目。そしてこの先が9階層目だとしたら、もしかしたら、その次で最後になるかもしれない。世界に点在するダンジョンのほとんどがある程度切りのいい階層になっているそうだからね」
「コルのその言葉、信じたわよ!」
「私も信じる。私自身のこの推察を」
そうして、二人は意を決して10階層を目指して階段を下っていく。
これまでのダンジョン階層にはそれぞれ違った魔物が徘徊していて、次の9階層目の同じようにまた別の魔物が存在していた。しかし、彼女らがこれまで遭遇してきた魔物はどれも禍々しい魔物ではなく、どこか野生生物の変異種のようなものばかりだった。
ダンジョン内は階層が増すごとに少しずつ広くなり、9階層目までになると、同じ場景ではあるものの、通路の幅や天蓋まではかなり広くなっていて、横並びで8人ほどは優にはいる。とはいえ、それに応じて、出現する魔物の数と大きさも変わってきている。
階下へと繋がる階段を目指して魔物の群れを撃破していく二人はそうした変化には5階層目あたりで慣れ始めており、手慣れた様子で道を進んでいった。
そんな最中。ふと、眼前の魔物にとどめを刺してユニティスが言葉を零す。
「せっかく魔物を倒しても金になるこの素材たちをもう集められないのがもったいないわね」
「しょうがないわ。持ってきたポーチは少量のものだったし」
「収納魔法があればよかったのにね?」
「村の書庫にはなかったし、使える人もいなかったからね。残念だけど……。ま、都に出たらできるだけ早く習得するようにするわ」
「頼むよー。折角お金になるのに、無駄にしちゃうなんて勿体ないもん」
「でも、別に私たちはお金稼ぎをしたいわけじゃないわよ?」
「そうは言うけどさ、こういった素材は武器や防具に使えるんでしょ? なら多くの魔物を倒してどんどん強い武器や防具を身に着けられれば、その分平和を掴むための力へとつながるわよ?」
「……そうね。確かにそれは重要だし。まあ、収納魔法は他にも非常に優遇される高位魔法だから、必ず覚えるから安心して」
ユニティスは疲れた表情をやわらげ小さく笑って見せると、通路の先へと向かった。
そして、すぐに階下へと続く階段を発見した二人は顔を見合わせてからその先へと向かった。
ゆっくりと降りていく階段。
響く足音の他に、階段の先から聞こえる低い地響きのような音。
闇の先では仄暗い火の揺らぐ明かりが見えており、確実に今までの階層と雰囲気が違うのを感じていた二人は武器を構えながら下っていく。
階段が終わりを迎え、二人の眼前に届く光景は、これまで踏破してきた階層とは比べ物にならない程広々とした空間だった。天蓋は相当な高さがあり、
そんな仰々しい空間に対して呆気にとられている二人だったが、部屋の中央に佇む一際大きな大鹿の石像に視線は集まった。
5m近くある苔むした体には民族的な流線模様が彫刻され、胸元には紅玉がはめ込まれており、翠色に浮かぶ紅が鮮やかに映る。そして頭部には荘厳な角が5本生えており、側頭部から前面に雄々しく2本伸び、額上あたりから後方へ延びる2本。そして鼻梁から天へと伸びる1本。
その威風堂々たる存在に武器を構えながらユニティスがコーネリアに訊く。
「あれはコルの知識にある?」
「多分……ない」
これまですべての魔物の情報はコーネリアの持っている知識に合致していたが、ここにきて知識の外側の存在と対面した二人は額に汗を浮かべた。
そんな中でも、威勢をみせるユニティス。しかし、村一番の実力者であるという自負による自信はあるものの、眼前に立ちはだかる存在に臆してしまい、威勢の声は少し震えている。
「大丈夫。私たちなら余裕よ。私の魔法とユニの剣技で倒せない敵はいないわ」
彼女の顔を見て励ますコーネリア。
そんな彼女の言葉で強張っていた顔も解け、剣を握る手にも力が入るユニティスは今一度眼前の石像へと剣を向けた。
「今回の試練は、最下層に眠る魔物の素材を持ち帰ることだから、あれを倒して適当な素材を持ち帰れば試練は達成」
「てか、そもそもここが最下層であってるの?」
コーネリアのおかげで緊張が解けたユニは、石像に警戒しながらも少し笑みを零しつつ彼女へと投げかける。
「間違いないと思うわ。あたりを見てもこれといって階下へとつながる階段やそれらしい扉もなさそうだから。ここが最下層になると思う。そして、この階層で一際異彩を放つあれが魔物で間違いない。魔力の流れをひしひしと感じるわ」
「なら、今のうちに先制攻撃でも仕掛けちゃう? 全く動く気配がないし」
「なら、私の魔法の方がいいわね。ユニは今まで通り、私の攻撃により外殻が剥がれたら攻撃をお願い」
とは言いつつも、コーネリアは少し疑問を残していた。
果たして、明らかに石像である眼前の鹿に柔らかい部分があるのだろうか?
「任せて」
そして意を決してコーネリアは魔法を放った。
「
コーネリアの魔法によって大鹿の石像は盛大な爆発に身を焼いていく。
そして、それが引き金となり、大鹿はパラパラと石の破片を崩れ落としながらその身を動かしていく。そして、二人の方を見て前足を雄々しく上げてダンジョンが揺れ動くほどの咆哮を放った。
先ほどの攻撃はダメージを与えられていないのかと思うほどに、大鹿は勇ましく二人へと荘厳な角を向けて突進し始めた。
巨躯による突進の迫力は凄まじく、一瞬にして視界の大半を支配する。
しかし、迷ってる暇はなく、すぐに二人は左右へ跳躍してその大ぶりな攻撃を躱した。
その後空かさずコーネリアは魔法を放つが、今度は攻撃魔法ではなく弱体化魔法と強化魔法を唱えた。
「
相手のすべての能力を下げる魔法を唱えた後、味方の能力を飛躍的に向上させる強化魔法を唱えた。
コーネリアの強化魔法を受けたユニティスは壁に激突した大鹿めがけて冴えわたる剣戟を見せた。強化された膂力により数段強くなった彼女の剣の威力によって、大鹿の石質の外皮は呆気なく砕け飛んでいく。
通常の生物とは異なるためか、彼女の攻撃により体を損傷させても大鹿は声を上げることは無く、重い足音だけを室内に響かせる。
そんな反応の薄い大鹿にユニティスは、自身の攻撃によって相手にダメージを与えられると認知してから、得意の剣技を惜しみなく大鹿へと畳みかける。ボロボロとその巨躯を崩壊させていく中で、連撃を終え距離を取るのと同時に、交代で空かさずコーネリアが魔法を叩き込んでいく。そんな攻撃が続いていった結果、大鹿の攻撃は次の段階へと移行した。
荘厳な角を地面へと突き刺すと、ダンジョンが大きく揺れ動き、石畳みの床がボコボコと波打ち始めた。そして刹那、地面から巨大な蔓が幾つも現れて二人めがけて鋭利に向かっていく。
そんな攻撃を難なく躱しながら、コーネリアは魔法で蔓を攻撃して、ユニティスは剣で向かってくる蔓を切り倒していきながら、いまだ地面に角を突き刺す大鹿の頭部めがけて全力の大ぶりを叩き込んだ。
すると、直撃した大鹿の頭部はユニティスの剣が当たると同時に砕け飛び、地面から飛び出た蔓はその動きを止めた。
石の瓦礫に埋まった剣を抜きながら、ユニティスは独白する。
「こんなもの……?」
蔓の残骸を掻き分けながら、大鹿の瓦礫の上で立ち尽くしているユニティスに駆け寄るコーネリア。
「ユニ、ケガはない?」
「ああ、うん。全然問題ないわ」
剣を鞘にしまいながら、ユニティスはコーネリアに訊く。
「なんだか拍子抜けだったわね。この程度の敵ならそんなに気を張らなくてもよかったのにね」
「まあ、そうだね。意外と簡単に倒せちゃったよね。でも、普通に考えれば、村の皆がこの試練を受けて達成できているのなら、村一といわれているユニティスが苦戦することは無くて当然じゃない?」
「そうなんだけどさ。なんだかなーって感じ」
「無事に終われたのならそれでいいでしょ? さ、早く素材を取って村へ戻りましょ」
コーネリアの言葉に後押しされるようにユニティスは足元の瓦礫と化した大鹿の遺骸から立派な角を一本いただくと、それを背に負い入ってきた入口へと向かった。
ユニティスは物足りなそうに不服を顔いっぱいに現していたけれど、反対にコーネリアはこの程度の相手でよかったと心底胸を撫でおろす。
そうして、ダンジョンへ入って丸一日と少しが過ぎ、ダンジョンの入口へと出てきた二人は、森の木漏れ日に埋もれる廃れた廃屋の場景を見るなり、ようやく試練を達成したという実感を味わった。
試練自体は順調ではあったものの、初めて体験することばかりで気づかないうちに心身に疲労を蓄積させていた。
村へ着き報告を済ませた後、聖堂へ向かい証の試練を終えた旨を大精霊へ報告した。そして報告を終えた彼女たちは、そこから家へ帰る気力が沸かず、少し休憩していこうと聖堂の中にある大きな精霊像に背中を預け、そのまま泥のように眠りについた。
聖堂の窓から差し込む木漏れ日がキラキラと揺らぎの光を注ぐ先に、精霊像に抱かれるように大精霊に愛された二人の少女たちが、互いの手を強く結び眠っていた。
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