第4話 証の試練
早朝の木漏れ日と、鳥たちの囀りに囲まれて、二人は立ち入り禁止区域へと足を踏み入れていた。二人の付き添いとしてアランが名をあげ同道していた。アランの先導により禁止区域の森を進んで行くと、程なくして森の中に石造りの崩れた家屋が見えた。崩壊した石壁には苔や植物の蔦が万遍に張り巡らせており、同じく腐朽した木製の屋根は、その重さに耐えきれずに崩れ落ちていた。
家屋入り口の扉は下の蝶番が外れ、斜めに垂れ下がっており、今にも外れ落ちてしまいそうなほど。
「ここだ」
背の高い森の中でひっそりと佇む陰気な廃屋を指さしてアランは云う。
「これが
「なんだか不気味な雰囲気が漂っているわね。ねえアラン。この廃墟の中が本当にダンジョンになっているの? 全然そうは見えないけど?」
「一見すればな。だが、事実だ。ここが件のダンジョンだ。まあ大丈夫だとは思うが、あまり気を抜かないようにな。ここで出るのは、そこら辺の野生動物とは違うんだ。気を抜けば、お前たちが奴らの餌になる。それを肝に銘じておけ」
生唾を飲み込むコーネリアとは対極的に、ユニティスはケラケラと笑っていた。
「お前な、本当に用心しろよ。嫌だぜ? 教え子が
「安心しなよアラン。今や私は村一の腕利きだよ? 慢心はしないけど恐怖もしないわ」
「心配だなー。俺は中へ入れないからお前たちが云った後、村へ帰るが、本当に気を付けて行けよ」
「はいはい。豪華な食事を用意して待っていてね」
溜息を零すアランに背を向けて、二人は愈々廃屋へと向かった。
ユニティスは廃れた扉に手をかけると、軋み音を奏でながら開いていく。
腐敗した木製の床板は所々抜け落ちており気を付けないと、そのまま足を嵌めてしまうほど。
いたるところで柱や梁などが朽ちて倒壊し、狭窄した道を慎重に進んでいく二人。
「すごい廃れ具合ね。いったいどれ程昔からあるのかしら? コル。何か知らない?」
魔法書と同じくらい、彼女は今日まで多くの書籍を読み漁っていた。その中に歴史書も含まれており、それを知っているからこそ、ユニティスは彼女に訊いたのだ。
倒壊した所為で吹き曝しとなった天蓋から、明滅するように小さな木漏れ日が屋内へ降り注ぎ、その微かな光によってキラキラとその姿を現す蜘蛛の巣を丁寧に掻き分けながら、コーネリアは応える。
「一応調べてはみたけれど、ここに関しての詳しい文献はなかったわ。でも、この村が誕生してからここが発見されたというのはノーヴィスの古い歴史書に描かれていたわ」
「私たちの村っていったい何時からあるのよ」
「およそ1400年前くらいらしいわ」
「そんな前からあるの!?」
「驚くことじゃないわ。それに、私たちノーヴィスの民の歴史はそれよりももっと古い。あくまでこの森に移り住んでからの話」
「うげー。すごいわね、私たちって。まあ、そもそも私たちの寿命も果てのないものだから、数千年という規模も納得いくのかもしれないわね」
「そうね。まあそんな前の時ですら、この建物は存在していたらしいから、軽く見積もっても、千年以上も前の建物ってことになるわね」
「そんだけ経てば……こうもなるわ」
崩れかけた壁を軽く小突き、ボロボロと崩壊させる様を見ながら、ユニティスは云う。
「それにしてもダンジョンの入口はいったいどこかしら?」
「もうすぐよ。――ほら、あそこ」
家屋を進みほどなくして、コーネリアが地下へと続く石造りの階段を指さした。
倒壊した柱同士が支えるようにして合わさる下にそれはある。
「これが入口……か。準備は良いコル?」
「勿論」
「じゃあ、行くわよ」
柱のトンネルを潜り、階下へと続く階段を下っていく二人。
廃屋の中は静かながら、まだ鳥の囀りや木々が揺蕩い葉擦れの奏でが届いていたが、それは階段を下っていくにつれて遠くなっていき、少し湿気を帯びた岩肌に抱かれた階段の中を二人の静寂な足音だけが空虚に響いていく。
「そろそろ光も完全に届かなくなるわ。コル、お願い」
「うん。――
コーネリアがそう唱えると、闇深い空間に光が灯り始める。
小さな光の玉が彼女らの頭上を浮遊し全体を照らす。
光属性の魔法の中では基本的な魔法ではあるものの、ユニティスには使えない。適性の問題だ。
「ありがとうコル。じゃあさっさと進んじゃおう!」
光が階段の先を照らしながら、二人は階段を下っていく。
そうして階段の終わりまでつくと、二人の目の前には上と同じように風化して苔むした石造りの壁で囲われた一本の長い通路が現れた。
静寂に響く乾いた足音を響かせながら、ユニティスは云う。
「なんかだダンジョンっていうより、遺跡みたいね」
「そうだね。もっと驚きある世界と聞いていたけど……」
「驚きねえ……。こんな景色、村の聖堂を彷彿とさせて見慣れすぎているわ」
一本道をひたすら進んでいくと、T字路にぶつかり道が二つに分かれていた。
どちらに進めばいいかなんて、周りにはヒントになるようなものは一切なかった。
正面の壁を触りながら考えるコーネリアに対して、ユニティスは何の根拠もないまま、適当に右側を指さして云う。
「迷ったらこっちよ。考えても無駄なら、さっさと先へ進んでしまった方が効率がいいわ。もし違っても引き返せば済むでしょ?」
彼女のそういった思い切りがコーネリアは存外好きだった。
「そうね。じゃあ行ってみましょ」
T字路を右へ曲がり、似たような道がまたもや続く中、道の先、遠くの方で小さな物音がした。
ユニティスは瞬時に足を止め、コーネリアの前に腕を伸ばして制止を促すと、物音のする方へ尖った耳を澄ませる。
ザリッ。ザリッ。ザリッ。
石畳と靴がすれる音ではない。
何か固いものが石畳の上を引きずる音だ。
ユニティスは静かに背中に背負っていた弓を構え、闇の先に居る何かに向かって矢を
ミシミシという弦の音が静かに響く。
コーネリアもいつでも魔法を打てるように身構えていた。
光の玉をゆっくりと前方へと飛ばすと、闇に隠れていた音の正体を明瞭にした。
「あれが、
光に照らされたそれは、岩肌と同じような苔むした外殻を纏う四足歩行の猪のようなものだった。額には手足よりも長い一角が立派に生えており、朽ちた大木のようなその角は蔦などが絡まりつき、風化した自然動物を物語っていた。
「コル。あれはいったい何なの?」
コーネリアは自身の記憶を探る。
調べた文献の中で眼前に居る魔物の姿形と当てはまるものを探した。
そうこうしてい内に、洞窟内では静寂の中で少しあらぶった鼻息と、ゴリッ、ゴリッ、ゴリッと足を踏み鳴らす音が響き渡り、興奮と緊張がその場の空気を覆う。
急がないといつ魔物が襲ってくるかわからない。
そんな焦りと闘いながら、コーネリアは記憶の遡行を進め、ようやく合致する情報を見つけ出した。
「あれは多分、
「なら、剣はどう? いけそう?」
「同じ。これは私の仕事みたいね」
鍛え上げた剣技ならいくら堅い外殻であろうと砕けるのではないかという自信があったが、彼女のわざと威力を知っているコーネリアが無理だというのだから素直におきらめたコーネリアは弓をしまい、剣を構えた。
「相手の攻撃は私が受け止めるわ。だからその間にあいつを葬ってよね」
「云われなくてもやって見せるわ」
次第に早くなる足踏み。やがてその緊張が弾け、
しかし、ユニティスはそんな墓守の犀の攻撃を鍛え上げた剣技によって受け止めた。
その衝撃で洞窟内が小さく揺れた。
勢いを消された墓守の犀の力はみるみる落ちていき、ユニティスの力で進行を抑えていた。
その後ろでコーネリアは魔法を唱えた。
「
彼女がそうとなると同時に、ユニティスはその場から瞬時に後方へ跳躍した。
すると、せき止める力を失った墓守の犀は一瞬よろめきをみせると共に、再び足を踏み鳴らし始めるが、その瞬間、コーネリアの手から放たれた火炎の魔法が飛んでいき、墓守の犀へ衝突すると、轟音と眩い光に包まれ堅牢で重い墓守の犀を後方へと吹き飛ばした。
炎爆散によって堅牢な外殻が剥がれ飛び、下の柔らかい体が露わになっているのを確認すると、ユニティスは空かさず剣を握りものすごい勢いで駆け出し、その弱点部分めがけて剣を突き立てた。
小さな悲鳴が届いたが、刹那に
体から剣を抜き取ると付着した血を振り拭い、鞘へとしまったユニティスは、コーネリアの方を見て云う。
「案外あっけないわね。この程度の魔物なら全然いけそうだわ」
「まあ、慢心はしないようにね。ダンジョンは先へ進むにつれて魔物が強くなる性質らしいから。今は簡単でも、どんどん強くなって厳しくなると思うわ」
「私は全然ダンジョンについて知らないんだけど、こんな道をずっと進んでいくだけなの?」
「多分違うと思うよ。ダンジョンは基本的に下へ下へと降りていく階層構造になっているわ。だから、私たちはその最深部をとりあえず目指す感じになるかな」
「ふーん。なら、さっさと行こ!」
ユニティスは初めての魔物との遭遇だというのに、いたって平静でいた。
しかし、コーネリアは彼女とは対照的に、最初の対峙に少しばかりの恐怖を感じていた。
あまり顔には出していないが、彼女の鼓動は非常に激しく鳴り響いていた。
「その前に、ダンジョンで倒した魔物は武具や装飾品の素材になるから討伐したら素材を採取しておいた方がいいらしいわ」
「そんなもの、村に出回っていたかな?」
「村では見かけないけど、他の街や都市ではそれらが金銭的に足しになるそうよ。だから採っておいて損はないわ」
「そっか。ならひとまずそいつの素材を剥ぎとっておきますか」
二人は墓守の犀の体の一部を剥ぎとり素材として、持参していた布袋にしまった。
「素材も調達できたし、先へ行きましょ」
「そうね」
そうして、二人は景色の変わらない薄暗いダンジョン内を進んでいった。
コーネリアは後方で横たわる墓守の犀の死骸に一瞥を向けながら、魔物との対峙に恐怖を覚えていた。
普段の生活ではあんな見た目の存在はいないし、敵意むき出して襲ってくることは無い。
これが、命を懸けた戦闘であることを、墓守の犀との戦闘で理解したコーネリア。
しかし、そんな恐怖心を抱える暇などない程に、先ほどの戦闘でダンジョン内の魔物に気づかれてしまったのか、幾度となく同じ魔物との戦闘を強いられていった。
そうして何十回もの戦闘の末、ようやく戦闘にも慣れコーネリアにも余裕が見え始めたころ、階下へ続く階段が現れた。
「ここが下へ続く階段か。随分と長かった気がするわ。ちなみに、これってどのくらい下まであるの?」
少しの苦笑いを浮かべるユニティス。
「大体5~10層くらいらしいわ」
「……」
コーネリアはユニティスの間抜けな顔を見て小さく笑った。
「さ、ユニ。呆然としてないで先へ行くんでしょ?」
「そうね。まだまだ先は長い。どんどん進むわよ!」
まるで空元気のように、乾いた笑いを魅せるユニティスに笑顔を向けるコーネリア。
「ええ。行きましょう」
そして、二人は階下へと下って行った。
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