ブラックホールフォーエバー! スターダストエモーション!
烏川 ハル
ある大学生の独白
「なんか帰りたくないな」
「えっ?」
隣を歩くミキちゃんの言葉を聞いて、僕は思わず、聞き返してしまった。
だって、そうだろう。
サークルの飲み会の帰り道。さっさと帰ってしまった奴とか、逆に「二次会へ行こう!」とか言い出した奴とかいたせいで、たまたま今、僕はミキちゃんと二人きりになっている。
この状況で、女が男に「帰りたくない」なんて言い出すのは……。漫画やドラマならば、ムフフな展開を期待してしまうところだ。
でも。
僕とミキちゃんは、そんな関係じゃない。少なくともミキちゃんの方には、友人以上の気持ちは存在していない。
それはわかっているのだが、それでも。
コンパで僕も少し酔っているのに乗じて、酒の力を借りて。
「じゃあ……。僕の家で、飲み直そうか?」
僕は、少しの勇気を振り絞り、そう口に出してみた。
「今から? カネダくんちで? そうねえ……」
ミキちゃんは自分の人差し指を唇に当てて、ちょっと考え込むような素振りを示す。
こんな仕草も妙に可愛く見えてしまうのは、いわゆる惚れた弱みなのだろうか。
「……じゃあ、そうしようかしら。お言葉に甘えて。……カネダ君なら、私も安心だし」
私も安心だし。
この一言が、全てを意味しているのだと思う。
要するに。
僕はミキちゃんから、男として意識されていないのだ。僕の気持ちは知っているくせに、それでも。
だから彼女は、平気で僕の部屋に来る。だから、これによって二人の仲が進展する可能性も、一切ないのだった。
「お邪魔しまーす」
部屋に入ったミキちゃんは、そう言うと同時に上着を脱ぎ、部屋の隅に丸めて置いた。習慣なのだろうが……。
「あ、皺になるといけないから、ハンガー貸すよ。そこら辺にかけておけるから」
「あら? 珍しいわね」
「人数分ないから、いつもはそんなことしないけど……。今日はミキちゃん一人だからね」
彼女が僕の部屋に来るのは、これが初めてではない。部屋で何人かで集まって飲む、という形ならば、何度も来たことがある。だが、こうして二人きりというのは、初めてだ。
僕としては、ちょっと特別扱いのつもりでハンガーを差し出したのだが、
「ふーん。そう」
ミキちゃんは、特に何も感じていない様子。
ハンガーで上着を棚に引っ掛けた彼女は、いつもの飲み会のように、壁を背もたれにして座った。
その間に、僕はオツマミを載せた皿を用意。彼女のところに持っていった。
ついでに、小さなテーブルも、彼女の近くへ引き寄せる。
「こんなものしかないけど……」
「あら、そんなに気を使わないで。十分よ。ちゃんとしたもの食べたければ、それこそ居酒屋にでも行くし。そもそもコンパの後だから、おなかも減ってないし」
言いながらミキちゃんは、ポテトチップスと饅頭が載った皿に手を伸ばし、早速ポテチの方を口に入れていた。
「で、ミキちゃん。何飲む?」
「おまかせでいいわ。適当にカクテル作って」
「ほい来た。了解」
ニンマリと笑顔を浮かべて、僕はキッチン――廊下の一部――へ向かった。
カクテル。
僕の部屋が時々飲み会の会場となる理由の一つが、これだろう。
大学生になってから覚えた僕の趣味が一つが、カクテル作りなのだ。
といっても、本格的なものではない。
「混ぜて振ってる姿は、カッコいいかも。女の子にモテるかも」
と、出来心で買ってしまったシェイカー。そこに、適当に酒やジュースを入れてシャカシャカして、友人に提供する。
ただ、それだけだ。
でも、所詮まだ半人前の僕たち大学生には、そんなカクテルもどきでも、十分おいしく飲めてしまうらしい。僕のカクテル作りは、友人たちの間で、結構評判が良かった。
なので、ミキちゃんに対しても、張り切って新作を披露する。
「はい、どうぞ!」
僕は彼女に、真っ黒なカクテルを差し出した。
「……今日のお酒は、何?」
よくぞ聞いてくれました。
シェイカーを振りながら思いついた名前を、僕は堂々と口にする。
「ブラックホールフォーエバー!」
まあ、単純に色からの命名なんだけど。僕としては『フォーエバー』が良い感じじゃないか、と自画自賛。特に、こうして二人で飲むならば……。
でもミキちゃんは、僕の意図には気づかぬようで。
「何それ。変な名前」
そして一口、飲んだところで。
「こんなの初めてかも」
微妙な感想を口にする。表情も、微妙な感じだ。
慌てて僕は、軽く説明。
「これは、コーヒーリキュールがベースで……」
「コーヒーリキュール? ということは、カルーアミルクみたいな感じ?」
「そう、それ。ミルクは加えてないけどね」
僕の言葉を聞いて。
ミキちゃんは、あらためてブラックホールフォーエバーを口に運び……。
「そういえば似てるわね」
と、二口目の後、残りをグイグイ飲み始めた。
そして。
「そうそう。カルーアミルクといえば。私が初めて飲んだのは、新歓コンパの時だったんだけど。その時、前の席に、シモヤ君がいて……」
ミキちゃんは、ちょっと遠くを見つめるような目つきで、新歓コンパの思い出を語り出す。
特に、シモヤ君の話を。
彼女が片想いしている、同級生の話を。
正直なところ。
彼女にとっての僕は「好きな男の子の話を、黙って聞いてくれる友人」というポジションなのだと思う。
ある意味、片想い仲間だと思われているのかもしれない。僕が片想いしている相手は当然ミキちゃんであり、そのことはミキちゃんも承知している。
好きな女の子が好きな男の子について語るのを、喜んで聞いている僕。その構図は、同じく絶賛片想い中のミキちゃんには、不思議に見えることもあるらしく、
「話を聞いていて
とか、
「どうしてそんなに優しいの?」
とか、聞かれたこともある。
だが、これは優しさとは違うんじゃないかな、と僕は思っている。
まあ僕としても、全く
でも、そんな
やっぱり、自分が好きな女の子の一番『輝いている』姿は、一番魅力的なのだ。今のミキちゃんは、彼女の大好きなシモヤ君の話をしている時が、一番魅力的なのだ。
例えるならば、アニメおたくが、好きなアニメに対して熱弁する時のような『輝き』かな?
そして。
ひとしきり語って、喉が渇いたであろうミキちゃんに。
僕は、二杯目のカクテルを差し出す。
「はい! 今度は……」
またまた、思いつきで決めたカクテル名を披露する。
今のミキちゃんの輝きを星屑の煌めきに例えて、そこに、僕の感情を乗せて。
「スターダストエモーション!」
今度はミキちゃんは、特に「変な名前」と言うこともなく……。
あれ?
ミキちゃんは、まるで喉を潤すかのようにゴクゴクと飲んでしまった。
「ちょっと、ミキちゃん! これ、ウイスキー・ベースで、結構アルコール度も高いんだけど……」
僕の言葉は、完全に遅かった。
グラスを
「緊急メンテナンスなのです」
いかにも酔っ払いという感じの一言を口にしたかと思うと、そのままテーブルに突っ伏して、寝息を立て始めた。
本当に、緊急メンテナンスでシャットダウンという感じだ。
「秒殺かよ!」
思わず叫んだ俺は、中身の消えたグラスに視線を向けて、呟いてしまう。
「犯人はあなたですね?」
いやはや。
こんなこと言ってしまう僕も、ミキちゃんほどじゃないけど、やっぱり酔っ払いなのだろう。
こうして。
自分の部屋で、好きな女の子と二人きり。
しかも、相手は酔いつぶれて眠っている。
さあ、あなたなら、どうする?
ここで「手を出す!」とか「据え膳食わぬは……」とか言い出す
こういう時。
相手を好きであればあるほど、簡単に手を出せないものだ。
ましてや、相手には「好きな男の子がいる」って、わかっているのだから。
彼女の「カネダ君なら私も安心」という信頼を、僕は裏切れない……。
だから僕は。
黙って彼女の体に、毛布を一枚かけてから。
その隣に座って、彼女の食べ残したオツマミに、手を伸ばした。
ポテトチップスは完食されており、饅頭だけが、手つかずの状態で残っている。
やはり饅頭は、カクテルには相応しくなかったのだろうか。
僕は饅頭をパクリと口に入れて、ひとり呟く。
「なんだかんだで、饅頭うまい」
一見、似つかわしくないようでも、実は「結構あっている」というものは結構あるのだ。
だから、僕とミキちゃんも……。
ミキちゃんの寝顔を眺めながら、僕は、そんなことを思うのだった。
(「ブラックホールフォーエバー! スターダストエモーション!」完)
ブラックホールフォーエバー! スターダストエモーション! 烏川 ハル @haru_karasugawa
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