第18話 家系図
いつもの倍以上のスピードで、仕事を終わらせることができたと思う。定時に上がると、すぐに晩御飯の支度を始めた。
今日は一晩過ごした固めのご飯が残っているので、チャーハンを作る予定だ。
男の料理っぽいよなと思いつつも、卵を溶いて温まったフライパンに投入する。半熟になったところでご飯を入れてかき混ぜてから、細かく切ったネギやお肉を追加。味付けはウェイパーと塩にする。
このウェイパーは、醤油に次ぐ万能調味料だと思ってて、中華風スープや野菜炒めラーメンを作る時にも使っている。この島では販売していないので、すぐに手に入らないのが難点だけど、それはこの商品に限ったことじゃないから諦めはつく。それに他の必需品と一緒に、買いだめすればいいだけだしね。
お米が乾燥して香ばしい匂いがしたら、お皿に盛り付ける。汁物はウェイパーを使った中華スープと、近所からもらった野菜のサラダのみ。
鈴ちゃんと一緒にテーブルまで持っていき、少し早い晩ご飯を食べることにした。
◆◆◆
テレビを見ている鈴ちゃんに「捜し物があるから」と伝えてから、一人で兄さん夫婦が過ごしていた部屋に入った。
少しだけホコリが漂っていて、空気が停滞しているように感じた。もう部屋の主人は帰ってこないよ、と主張しているようで家内しい気持ちがじんわりと沸いた。
ふすまを閉じて、部屋を見渡す。
二人が使っていた物を勝手に処分する気持ちにもなれず、家具などは残ったままだ。畳の上にダブルベッドが置いてある和洋が混ざった奇妙な組み合わせ。枕が二つおいてあり、押し入れの中には男女の物が一緒に入ってる。携帯の充電ケーブルといった細かいものまで二個セット。結婚して何年も経っていたけど、仲が良かったんだろうなと思えるような配置だ。
キレイに片付けられているので生活感はないんだけど、いたるところで夫婦で使っていた残り香が感じられて、明日、目が覚めたらみんなが生きている現実に戻れるんじゃないかって、妄想してしまう。
「ダメだなぁ」
新生活も始まって前に進まないといけないんだけど、ふとした瞬間に落ち込んでしまう。気持ちの整理が終わってないんだ。
雑念を振り払うように軽く頭を横に振ってから、探索を始めた。
服が収納してある押し入れの中には、靴の箱も積み上げられていて、他にも段ボールがいくつかあった。そのほとんどはビジネス書や小説、漫画がぎっしりと詰まっていた。
一つ、二つ、三つと中身を見ても変化はなかったけど、最後の一つを開けたところで手が止まる。
「これは、アルバム?」
鈴ちゃんの生まれた頃から今ぐらいまでの成長の記録だ。
デジタル全盛期に、印刷して貼り付けるタイプのアルバムは珍しい。そんな感想を抱きながらもページをめくる。「初めて自転車を乗った日」といったメモと一緒に、自転車にまたがってピースをしている鈴ちゃんがいた。
僕の前では見せたことのない元気な姿だ。
家族だけに見せる表情に心が少しだけ痛む。
「他の場所も探そうかな」
時間は無駄には出来ない。先ほどの感傷を忘れるために立ち上がって他の場所も探すことにした。
タンスには靴下や下着が敷き詰められていて、特に変わったとところはない。大人なデザインが多かったのが意外だったけど、それだけだ。もう下着で慌てる年齢じゃない。目的の物はなさそうだった。
ベッドの下を探してみたけどエロ本どころか、誇り一つなかった。まぁ、学生じゃないんだし、なくて当たり前なんだけど……ただ少し寂しかった。
「さて、そろそろ本命の所を探そうかな」
部屋に入ってからずっと気になっていた白い机だ。
真ん中にノートパソコンと写真立てがある。家族写真だ。三人だけの戻らない日常。なんとなく侵しがたい雰囲気があったので、後回しにしてしまった場所だった。
「本棚はなかったし、ここが怪しいよね」
そっと袖机の引き出しを開ける。
幸いにも鍵はかかっていなかったようで、抵抗は一切なかった。
「紙の束?」
兄さんが書いた文字だった。
鈴ちゃんのことが書いてあるのかな? って予想していたけど、見事に裏切られる結果となる。夫婦の思い出で記録されていたからだ。内容は嬉しかった出来事を記録していたみたいで、結婚一周年、妊娠した、といった些細だけど大切な思い出がいくつもあった。
人の歴史をひもとくような感覚に陥りながら読み進めていく。兄さんの奥さん――美佳義姉さんの話題が中心だ。
おっちょこちょいな所や、妊娠中に不安だと泣いていたこと、二人の時間が減って拗ねてしまったこと、大小さまざまな思い出が残っていた。惚気に近い内容が多く、なんだかくすぐったい気持ちになる。
そこには"兄さん"ではなく"夫"の姿があり、今まで見たことのない新しい一面を発見してしまった。
「兄さんも男だったんだなぁ」
両親の夜野営みを見てしまったような、そんな感覚。
ちょっと複雑な気分になりながらペラペラとページをめくる。最後の一ページまで、愛のメッセージが書かれているだけ。欲しい情報はなかった。
大きく息を吐く。
ひどい徒労感に襲われながら、元の場所に戻して引き出しを閉める。
「ゴトン」
机の裏側から物が落ちる音が聞こえた。
壁との間に出来た隙間をのぞくと、十ページ程度の冊子が落ちていた。
薄いビニールに包まれている。
「こんな所に薄い本を隠していたのか」
強引に腕を伸ばしてつかみ取る。
意外と紙が厚く、しっかりしている。コンビニでコピーされた紙のようなペラペラした安っぽさがない。
「エロ絵画なのかな? 結構、高かったんだろうなぁ」
袋から取り出して、最初のページを開く。
魅惑的な女性の写真が出てくると思ったけど、そこにあったのは文字だけだった。人名がツリー状に描かれていて、木の根っこのようだった。
「家系図だ。本当にあった……」
実のところ、探していたけど本気であるとは思っていなかった。僕の実家にはないし、友達の家にもなかったからだ。代々続く家系図を持っている人なんて少ないんじゃないかな?
だから手に取った時には、微かに手が震えるほど驚いていた。漫画の主人公になったような気すらしてくる。
呆然としたまましばらく眺めたまま止まっていたけど、鈴ちゃんのことを思い出すと、すぐに読み込むことにする。
「源の姓はないか。すると義姉さんの家系図になるね。それに鈴ちゃんは本家の血を継いでたんだ。幼いながらも妖術が使えるのは本家の血がなせる技ななのかな?」
家系図に記載された名字は
二代目で途絶えた家もあれば、何代も続いた家もあった。けど、近年に何かがあったようで、一斉に分家が途絶えてしまって、残っていない。
どうしても諦めきれない僕は穴が空くほど家系図をじっくりと見る。
枝を一つ一つ丁寧に見ていく。
一だけ現代まで残っている武家が会った。
火宮大地の次男から続く分家で、他の有力な分家との婚姻を何度も繰り返していた。筆頭分家と言われても不思議ではない立ち位置に見える。
「よかった……まだ手がかりは繋がっている」
本当に生き残っているのか、ちゃんと知識は引き継がれているのか、資料は残っているのか、まだまだ懸念するべきことはいっぱいある。手放しで喜べる状態じゃないのは理解している。
でも、これで謎に包まれていた妖術について何か分かるかもしれないと、思わずにはいられなかった。
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