自立するにはまだ早い?

 強制的に踊らされた空の舞を終え、俺は数回地面の上を転がってからゆっくりと身体を起こす。


「……っ。い、いきなり体当たりしてくるなんて酷いですよ」

「ふんっ。すぐに裏切るマシロが悪いのだ」


 クローナさんは不機嫌そうに鼻を鳴らして顔を背ける。


「俺は魅了の魔法で操られていただけなのに……」


 理不尽だ。

 でもまぁおかげでかけられていた魅了の魔法は解けたみたいだ。今はエレナさんを見ても思考停止せずに心から綺麗だと思える。

 ……と、解けてるんだよな?


「と、とりあえず、座って話しましょう! ほ、ほらクローナさんも拗ねないで下さい。大丈夫です。俺が1番好きなのはクローナさんですから!」


 自分にも言い聞かせるように大きな声で言いながら立ち上がり、そそくさと席に着く。


「い、今更そんなこと言っても遅いのである」


 クローナさんはむくれながらも満更でもない様子で隣の席に座ってくれた。

 

「あら、残念」


 エレナさんは、少しおどけながら呟く。


「母上ぇ?」


 それを聞いてクローナさんはまだ言うかといった様子でエレナさんを睨んでいた。

 

「ふふふ、冗談です。さっ、せっかく持ってきた料理が冷めないうちに食べましょう」


 エレナさんは上品に笑って告げる。

 すると、大きな白い布がどこからか飛んできて机を包み込む。そして、その机を彩るように多種多様な料理の載ったお皿や食べる為に使うであろう食器達が次々に並べられていく。

 驚くのは布も料理も食器も全て自らの意思で動いているかのように空を舞っていることだ。

 俺の舞とは違い、彼らの舞は無駄が一切なく美しかった。


「すごい。でもどうやってるんですか?」

「風魔法なのだ。母上は魔法の達人だからな」


 俺の問いにクローナさんが答えてくれる。


「ふふふ、達人だなんてそんな、少し得意なだけですよ」


 謙遜しつつも、エレナさんは嬉しそうだった。


 ◇◆◇◆◇◆


「ごちそうさまでした」


 空になったお皿を見ながら手を合わせる。

 目の前にたくさんあった料理は全て胃の中へと運ばれ、俺は心地良い満腹感を味わっていた。

 初めて食べるからミイラ男が食事なんてしていいのか少し不安だったけど、冒険者を襲って食べていたミイラ男もいた気がするからたぶん大丈夫だろう。

 うっすらしか覚えていないからこの後が若干不安ではあるけど……。

 でも美味しい料理を食べられたからもしなにかがあっても本望だ。

 ちなみに、俺のお気に入りはミルキーバットとスパイシーフィッシュを煮込んで作ったスープ。

 ミルキーバットのまろやかな甘みとスパイシーフィッシュのピリッとした辛味が混ざり合った絶妙なバランスの甘辛さが乾いた身体に染み渡って、たまらなく美味しかった。湖のモンスターたちが我先にと彼らを取り合っていた理由が少しわかった気がする。


「本当にごちそうさまでした。すごく美味しかったです。ありがとうございました」


 俺はもう一度しっかりと手を合わせてから、正面に座るエレナさんと空になったお皿に頭を下げた。


「ふふふ、ありがとうございます」


 エレナさんは口元に手を当てて上品に微笑む。


「ふっふっふ。そうであろう? 母上の料理はすっごく美味しいのだ」


 なぜかクローナさんも自慢気に胸を張って喜んでいるように見える。


「ふふっ。クローナちゃんもありがとうございます

「こちらこそなのだ」


 お互いに笑顔で、お礼を言い合う姿はなんとも微笑ましい光景だった。


「食後の紅茶です」


 エレナさんは空になったお皿を風魔法使ってまとめたあと、これまた風魔法でカップに注いだ紅茶を手渡してくれる。


「ありがとうございます」


 俺は、お礼を言って受け取り、一口飲んでみる。

 味は少し甘くて美味しい。香りも花畑の中を歩いているような良い香りだった。


「美味しいです」

「ふふっ、良かったです」 


 エレナさんは穏やかに微笑んでくれた。


「それでクローナちゃん達はこれからどうするつもりなのですか?」 

「どうするってなにがなのだ?」


 質問の意味がよくわからなかったのかクローナさんは紅茶を持ちながら首を傾げた。


「番を見つけたのなら、このダンジョンから旅立たないといけませんよ」

「えっ……?」


 エレナさんの言葉に固まるクローナ。


「ど、どうしてなのだ? 我はまだ母上達と一緒に暮らしたいのだ」


 唐突な自立を突きつけられ、クローナさんは困惑しているように見える。


「駄目です。ダンジョンマスターの子供は番を見つけたらダンジョンを旅立つ……。これは各地のダンジョンマスター達で集まって行うダンマス会議で定めた大事な掟なのです」

「そ、そんな……」


 下唇を噛んで今にも泣き出してしまいそうだ。


「あ、あの、せめてあと少しの間だけでもここで過ごすわけにはいかないんですか? 」


 あまりに落ち込んでいるクローナさんを見てさすがに同情してしまい、軽く助け舟を出す。


「そうですねぇ……。うーん……」


 エレナさんも難しい顔で唸っている。まぁそうだよな。まさか自分の娘が急に番を連れてくるとは思ってなかっただろうし、エレナさんにとっても急な別れになるんだもんなぁ。


「は、母上、お願いなのだ……。あとちょっと。せめて数日だけでも……」


 目を潤ませて縋るように懇願するクローナさん。


「わかりました……。数日……数日ですよ」


 それでも迷った様子のエレナさんだったが、クローナさんの思いが伝わったのか、最後は願いを受け入れてくれる。

 俺には、そんなエレナさんの瞳も少し潤んで見えた。

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ミイラと呼ぶにはまだ早い? 風呂上がりの熊 @FroagariNoBear

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