年増と呼ぶにはまだ早い?
「あのクローナさん大丈夫ですか?」
エレナさんの容赦ないお仕置きを受け机の上で寝転がるように突っ伏してしまっているクローナさんへ問いかける。
「うるさい。マシロなんかに心配されたって嬉しくないのだ。この裏切り者」
クローナさんはお尻を抑えたまま覇気のない声で俺を罵倒する。
ダメだ。完全にいじけていらっしゃる。
「お、俺が悪かったです。謝りますから機嫌直して下さいよ」
「無理してまで謝って欲しくないのだ。別にマシロが謝ったところで私のお尻はもうもとには戻らないのだからな。はぁーあー、私の頼もしいつがいがお尻を叩かれる前に助けてくれたらなぁ」
わざとらしく溜め息を吐いたクローナさんが寝転がったまま顔だけを動かしてこっちを見ながらあからさまな嫌味を言ってくる。
み、見捨てただけに反論ができない。
「…………」
「……くっ、ご、ごめんなさい」
クローナさんじとーっとした無感情な目で睨まれ続け、俺は耐えられず謝罪する。
「ふぅ、少しはスッキリしたのだ」
するとクローナさんは満足そうに嘆息してまるで何事もなかったかのように身体を起こして机から飛び降りた。
「はっ?」
振動するだけでお尻が痛かったんじゃないの?
「やっぱりマシロをからかうのは楽しいの」
「なっ、全部演技だったんですか!?」
「ふふふ、人型になっているとはいえ私はドラゴンなのだぞ。ちょっと母上にお尻を叩かれたぐらいではなんともないのだ」
まったく痛がる素振りもなく椅子に座ったクローナさんは身体ごと隣に座る俺の方を向くと、口角を片側だけ上げて悪い笑みを作った。
「ということはエレナさんがいる間ずっと泣いていたのも嘘泣きだったんですか?」
今、エレナさんは俺達をもてなすための料理を奥の小部屋へ取りに行ってくれていてここにはいない。
「ふっふっふ、そうなのだ! あれも嘘泣きだったのである! 全然気づかなかったであろう?」
「は、はい」
俺が頷くと、クローナさんは「そうであろうそうであろう」と呟きながら得意気な顔で笑う。
さらにエレナさんがいないのをいいことに毒吐き始めた。
「もとはといえばマシロが母上を人族なんかと間違えたのが悪いのに、母上は理不尽なのだ。マシロもそう思うであろう?」
不機嫌そうに唇を尖らせたクローナさんが賛同を求めてくる。
「ど、どうでしょうね?」
だが、俺は曖昧な返答をした。
クローナさんの後ろに満面の笑みを浮かべたエレナさんが立っているのに気づいたから。
「だいたい母上はマシロに気に入られようとしすぎなのだ。良い年なんだから私のつがいに色目を使わないで欲しいのである」
クローナさんは後ろに本人が立っているとも知らずに不満を漏らす。
ああ、またエレナさんのオーラが黒く染まっていく。
「べ、別に色目は使われてないと思いますよ?」
「はぁ、あの母上を見てそう思うとは、やっぱりマシロはバカなのだ。誰が見てもマシロを誘っていたのだ」
「き、きっと、く、クローナさんの気のせいですよ?」
俺は少しでもエレナさんの怒りを抑えようと、クローナさんに助け船を出す。
クローナさんに直接エレナさんの存在を伝えないのは、エレナさんが唇に人差し指を当てて黙っているように訴えてくるからだ。
漆黒のオーラを溢れさせる彼女の訴えに逆らうことなどミイラもどきの俺には無理だった。
「いいや、気のせいなんかじゃないのである。だって母上はマシロが目を覚ます前から舐め回すような目でマシロを見ていたし、目を覚ましてからも胸を寄せてわざと谷間を見せたりして、間違いなくマシロを誘惑していたのだ。まったく母上は2000年以上生きた年増ドラゴンの癖に、娘のつがいで発情するなんてどうしようもないエロドラゴンなのだ」
せっかく俺が出航させた助け船をクローナさんはお得意のドラゴンブレスで沈没させる。
ああ、もうダメだ。ほぼ初対面の俺にだってわかる。一切笑顔を崩すことないエレナさんが完全にぶちギレているということは。
「エロドラゴンなんて本人がいたら絶対言えないがな。ふふふ」
クローナさんは自分が紡いだ言葉を繰り返して上機嫌に笑う。クローナさん、後ろに本人がいらっしゃいますよ。
一方エレナさんはなぜか笑顔のまま俺を直視する。
ち、違うよ! 睨む相手は俺じゃなくてあなたの娘さんですよ!
「……」
俺の心の声は無視され――口に出してないから当たり前なんだけど――俺はエレナさんの視線に晒され続ける。
あ、あれ。なんだこれ?
エレナさんの魔結晶のような紫の瞳で見つめられるとなんかおかしな気分に……。
「うわぁ、エレナさんってすっごい綺麗なんだなぁ。アハ、アハハハハハ。クローナさんなんかよりエレナさんの方が良いかもなぁ」
「ま、マシロ! き、貴様、突然なにを言い出すのだ!」
俺の裏切りにクローナさんは机を叩きながら立ち上がる。
俺はなんでこんなことを言っているんだろう?
「だってクローナさんよりエレナさんの方が色気もあるし優しくしてくれるじゃないですかぁ。ふへ、ふへへへ、ふへへへへ」
「マシロ? ど、どうしてそんな気持ちの悪い笑い方するのだ? さっきまでそんな笑い方してなかったであろう?」
余程俺の笑い方が変だったのか、クローナさんは本気で心配そうな顔をして俺の肩を揺さぶる。
「ふひ、ふひひ、ふへひへへ」
だが俺はおかしな笑い方をやめることが出来なかった。
頭では自分がおかしいってことを理解出来ているのに、心と体が俺の言うことをきいてくれないのだ。
心は視界の中のエレナさんに奪われ、体は狂ったように笑い続けることしか出来なかった。
……つらいっ!
「ふへ、ふひひ、ふへふへ」
「一体どこを見て笑って……は、母上!?」
クローナさんはおかしくなった俺の視線を気にして後ろを振り返る。
そして、やっとエレナさんの存在に気づいた。
「い、いつからそこに?」
「母上は理不尽なのだってあたりからですよ?」
「だいぶ前からではないか! いるならもっと早く教えて欲しかったのだ!」
「ふふふ、だってクローナちゃんが楽しそうに私のことを話していたんですもん」
大声を出すクローナさんを見てエレナさんはにこやかに笑いながら皮肉を。
その笑顔は女神のようで、俺は危うく天に召されるところだった。ふひひっ。
ま、まずい。ついに頭まで変に……。
「そ、そんなことより今はマシロを!」
本当に心配してくれてか、エレナさんに怒られるのを回避するためかはわからないけれど、少しでもクローナさんが俺を気にかけてくれるのは嬉しい。
今日あったばかりでつがいになったクローナさんだけど、意外と俺は彼女のことをちゃんと好きになっているのかもしれないな。
「エレナさん大好きです。結婚してください」
「ほわあぁ!?」
言った本人の俺ですら驚く予想外の言葉にクローナさんは奇声を上げて狼狽える。
今さっき彼女のことが好きになってきていると再認識したのにも関わらず、俺はどうしてこんなことを言っているんだ?
「あらあら~」
「ど、どうしてマシロは突然母上に求婚しているのだ! 母上も喜んでいないで少しは断る素振りを見せて欲しいのだ!」
なんだかクローナさんが叫んでいるけれどエレナさんが魅力的過ぎるからしょうがないよね。うん、しょうがないよ。
いや、しょうがなくないよ!
「く、クローナさん俺、な、なんかへ、変……やっぱりエレナさんが1番ですね」
クローナさんに異常を訴えようとしたけれど、途中で思考を塗り替えられ俺はエレナさんを褒め称えた。
「マシロ?」
クローナさんは俺を見て怪訝そうに首を傾げる。
「うーん……。あっ……ま、まさか!」
顎に手を当てて考え込んでいたクローナはなにかに気づいたのかはっと顔を上げてエレナさんを睨む。
えっ、なに? なにがわかったの?
「母上!
魅了魔法で誘惑? 魅了魔法ってなに?
「ふふふ、クローナちゃんは一体なんのことを言っているのですか?」
クローナさんから怒鳴られたエレナさんはとぼけた様子でニコニコと笑っている。可愛い。
「とぼけても無駄なのだ! 母上がマシロに魅了の魔法を使っている証拠はもう上がっているのだぞ!」
「えー? 証拠ぉ? なんのことかなぁ?」
「自分でもわかっている癖に白々しい! 証拠はその紫色に光った瞳なのだ! 魅了の魔法を使うと目が紫色に光ると教えてくれたのは紛れもなく母上であろう!」
ビシッとエレナさんを指差すクローナさんはキメ顔だ。
「あらあら、私としたことがうっかりです」
「じゃ、じゃあ本当に俺に魅了の魔法を?」
「はい。クローナちゃんの言うとおり、私はマシロさんに魅了の魔法をかけていました。ごめんなさい」
俺が聞くとエレナさんはあんまり悪びれる様子もなく舌を出して謝ってくれる。
うん。可愛いから許そう。
「ごめんなさいじゃないのだ! 可愛い子ぶって舌なんか出して、少しは自分の年を考えて欲しいのだ! それとマシロもニヤニヤするでない!」
「すみません……」
クローナさんは眉間に皺を寄せて怒鳴り散らす。
「はぁ、まったく。クローナちゃんがそんなにずっと怒っているとマシロさんは本当に愛想を尽かしてしまいますよ?」
「元はといえば母上のせいであろうが!」
「えー」
至極当然なクローナさんの叫びに、エレナさんは不満そうに唇を尖らせている。
明らかにエレナさんがおかしいけれど、可愛いから許そう。
「マシロさんはどう思います?」
「えっ?」
まさか話を振られるとは思っておらず、俺は答えに迷う。
「エレナさんが正しいと思います!」
ことはなく即答した。
「マシロの裏切り者ぉぉぉ!」
「ごふぁぁぁあぁぁ!」
そしてクローナさんのスーパーデストロイショルダーアタックをその身で受け止め、俺は空を舞った……。
俺は魅力されただけなのに理不尽ですやん。
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