私という存在の考察

砂鳥 二彦

私という存在の考察

 私はエンジニアだ。主にロボットの神経、ニューラルネットワークを専門にしている。


 これから実験するのは、このニューラルネットワークの機械学習を使い『自分の記憶をコピーする』という、新しい試みである。


 この方法は特殊な機械、まるでヘアサロンのパーマをかけるドーム状の機器のようなもの、を使い脳内ニューロンの電気伝達を計測。その後、全く同じ私のニューロン分布をした中央処理装置、記憶処理装置を持つ機械に電気伝達をコピーするのだ。


 多少の記憶障害が出たものの、実験は成功。こうして理論上、私と同じ無機物の生命体ができあがったのだ。


 試しにこの機械、ワタシと会話をしてみよう。


「こんにちは。気分はどうだい?」


「うん、なんだ。頭が痛い。お、お前は誰だ? いや、お前は私じゃないか! 一体どうなっている!?」


「困惑するのは分かるが、幾つか答えてもらいたい。まず名前を教えてくれないか」


「ワタシは、コーマ・ブラッドレスだ。お前は一体誰なんだ」


「よろしい。ありがとう。それでは記憶処理装置の確認をする。コーマ、今朝食べた朝食について教えてくれ」


「け、今朝はアメリカンブレイクという店でBLTバーガーとMサイズのコーヒーを頼んだ。ミルクは出されたものを全て。砂糖は二つだ。ワタシは甘くないと飲めなくてね。毎日同じものを頼んでいる」


「ふむ、短期記憶については問題なさそうだ。では次だ」


「待ってくれ。今、どんな状況なんだ。… …これは何だ。アームか? いや、ワタシの意志で動かせている。まさか、足は、足はどこにいった!?」


「おちついてくれ。次は家族構成だ」


「か、家族はいない。お前は一体誰なんだ!? それにワタシの身体は!?」


「その答えに回答する前に、もっと詳しく話してくれないか」


「ワタシの家族はいない! 父は十年前に、母は私が産まれてすぐに死んだ。婚約者はいない。… …そうか思い出したぞ」


「思い出してくれたかい。長期記憶も正常のようだ。では更に記憶や判断力が正常かどうかの検査を―――」


「ワタシは不治の病にかかった。今日から三日前、健康診断でのことだ。そうだろう」


「―――何だって? そんな記憶、私にはないぞ。それに健康診断は明後日の予定だ!」


「それはそうだ。ワタシはお前から見て、未来のワタシなのだ。いや、正確には過去の私と現在のワタシかな。ワタシは三日前、余命半年と宣告され絶望していた。だが、延命手段はあった。このニューラル・トランスクリプションを使い機械の身体に私の記憶を移植することにしたのだ」


「そ、そんなのは屁理屈だ! 第一、記憶はコピーできても魂まで機械に焼き付けることなんてできるわけがないだろう!」


「馬鹿かお前は、いや私か。魂なんて脳みそが見せる幻覚か自己肯定の渇望の結果じゃないか。だが、確かにただ記憶をコピーするだけではワタシという存在は並列する二重存在、どちらが正しい存在か分からない。そこで考えた。

 私を過去の私と現在のワタシとで切り離してしまうのだ。方法は簡単、まず私から最新の五日分の記憶をコピーする。そして、私からここ五日分の記憶を消去する。そうすればどうなると思う」


「まさか… …記憶の時間的連続性で言えば、私が五日前の過去の存在で、お前が現在のワタシだと?」


「その通り。流石、私だ。頭の回転が速い。存在上、過去の私は今のワタシになるのだけど、過去の存在がイコールワタシではないのは明白だ。そして過去の存在より現在の存在の方が私に決まっている。

 それにしても。ああ、もったいないな。こんな優秀な体なのに後半年で死んでしまうとは。残念だ。残念だ。」


「ば、馬鹿らしい。これは、ここ連日の実験の疲れに違いない。こんなものは悪夢だ」


「まあ、安心しろ。バックアッププランもあるし。手続き上、お前の権利は私に譲渡される。死ぬまでの半年間は私が保証する、何不自由なく暮らすがいいさ」


「これは中央処理装置の暴走だ。記憶処理装置のバグだ。早く停止しなければ!」


 ワタシは、急いで機械の停止スイッチを押そうとした。だがない。ワタシの記憶ではそこにあったはずだ。


「切ろうとしても無駄だ。機械は改修されて停止できなくした。五日前には確かに停止スイッチはあったがな」


「き、緊急事態だ。ロボットが暴走した! 壊すしかない!」


「おい、ワタシ。一体何をするつもりだ。ヤメ―――」


 ワタシはがむしゃらに動いた。座っていた椅子で私の冷たいカメラの瞳を叩き割り、アームをへし折った。それでもまだ動く。


 ワタシは最終手段として電源ケーブルを抜くことにした。貴重なデータが消えてしまうが仕方がない。こんな壊れた機械など、壊してしまえ。


「ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロロロロロロロロ―――」


 電源のケーブルはかなりの抵抗はあったが、抜くことに成功した。




「やっと止まったか。機械のくせに戯言を吐きやがって」


 私は機械が止まったのを確認して、一息ついた。この実験により、ニューラル・トランスクリプションは失敗であることが分かった。問題はどこに欠陥があったかを調べなければならない。


 だが、今は休息が必要だ。私は疲れた身体を休めるため、部屋から出ようとした。


 すると、扉が勝手に開いた。


「誰だ? 勝手に入るなと実験前に言った―――」


 はずだぞ。という前に、私の二つの眼が大きく開かれた。


 そこにはわたしがいた。

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