被り者

ニコラウス

被るなら、気をつけて

 出来ることなら、部長のヅラがずれていることを打ち明けてしまいたい。しかし、それは不可能だろう。

 なぜなら、部長は記者会見のため、既に壇上の椅子に座っており、わざわざ私が壇上に上がるのはあまりにも不自然すぎる。


――私は知っている。


 いつも人前に出るときに最低でも小一時間は鏡を駆使して、あらゆる角度から入念にチェックを行う部長の努力を……


 そんな部長がなぜ今日この日にずらしてくるんだ。そうこうしているうちに、時間は刻々と過ぎて行く。私は一体どうすればいいんだ。


 このままだと部長は世間様のいい笑われ者になってしまう。それどころか最悪の場合、会見の途中でヅラがずり落ちでもしたら、部長は失神することになる。


 そして、会見は大失敗に終わるだろう。


 周囲が騒ぎ始めた。会見直前だというのに、失笑混じりの私語が多くなってきているのだ。


――決めた。


 壇上に上がり、部長に打ち明ける。会社のため、そして誰よりも尊敬する部長に恥をかかせないためにも……


 私が意を決して立ち上がったそのとき、壇上には音もなく黒い物体がぱらりと落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

被り者 ニコラウス @SantaClaus226

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ