お前は100秒後、負けている

ニコラウス

俺の辞書に『負け』の二文字は無い

 ――残り100秒。


 俺の名は『灯火 蹴人(とうか けると)』真剣勝負の真っ最中だ。


 相手はこの界隈では有名な『蛇拳』の使い手『キー・スー』

 噂通り、技を出す前は腕を蛇の体の如く、しなやかな動き、それでいて指先はさながら舌のようだ。


 次の一手を『100秒後』までに出さなければ、負けてしまう。――もう時間がないのだ。


 この空間はスーの支配下にある。この空気感はやつが作った。今行われている『バトルロワイヤル』では俺以外の敵は、敗北が確定してしまった。


 それもあろうことか、たった一人。スーによってだ。

 俺は結局、誰とも戦うことがなく、こうしてやつの前に立ってしまうこととなった。


 やつと俺は互角の力。次に出すお互いの一手が、勝敗の決め手になるだろう。


 ――残り80秒。


 詰まる所、力比べではないのだ。もはや心理戦。

 やつが出すだろう一手の先を行くことができれば、俺の勝ちだ。それが出来なければ、負ける。


 俺が思考してる間にも、スーはしきりに腕を動かしている。やつの体が木であり、枝だ。腕はそこから吊るされるように巻きついた蛇。まだ距離はあるが、気は抜けない。

 蛇の中でもパラダイストビヘビという蛇は、最小の体にして最高の滑空術を持つ。空中を100メートル飛んだという記録もあるほどだ。


 ――つまり、今俺がいる位置もやつの射程内と見た方が無難。


 ――残り60秒。


 「がんばれ! けると!」


 「そうだ! スーに、負けるな!」


 ふん。俺の後ろにいる敗北者達も厳禁な奴らだ。元々は俺の敵でもあった敗北者達は、今では俺を味方している。だが、かつては強敵だったライバル達、そんな奴らに応えないなんて、漢じゃない。


 「任せておけ!」俺は応え、構えた。


 ――残り40秒。


 さすがに間合いの取り方が上手いな。もう手を伸ばせば届く距離にいる。少しずつ間合いを詰めてくるこの緊張感。それでいて、敗北者達の声援にこもる熱気。


 「たまらない!」


 ――残り20秒。


 そうは言ったものの、このままではまずい……。勝つためには決め手が足りない。やつの蛇拳の前では、確実に俺の技は破られてしまう。


 やつの技はもはや後出しに近い。こっちが技を繰り出す間に、しなる腕の軌道の種類は100を超える。すなわち、合法的に後出しが可能ということだ。


 ――ここで負ける。それだけは許されない。俺だけじゃない。みんなを不幸のどん底に落とすことになる。


 だが、よく考えて見れば、スーの力はよくわかっている。同じ釜の飯を六年も食ってきた仲だ。この勝負も、これで200回目の勝負。それだけやつの癖は分かっているということだ。


 ――残り10秒。


 ここまできてしまった、もう悩んでいる場合じゃない。もう最後の手段を選ぶしか、俺に道はない。あの手だけは使いたくなかったのだが……。


 ここで負けるくらいなら、俺一人が犠牲になってでも、やつを倒さなくてはならない。

 負け越すとか、やつとの因縁にこだわっている場合ではないんだ。


 覚悟は決めた。10秒あれば充分蓄えられる。ここから、一秒毎に拳に力を込めることで、誰にも負けない絶対無敵の拳となる我が奥義。


 「とくと味わうがいい」


 ――残り5秒。4秒、3秒、2秒、1秒。


 「唸れ俺の右手ぇ!そして、俺に勝利をもたらせぇえあぁえぇー!うおぉー!」


 0秒。


 俺の出した技に場の空気が凍りつくのを感じる。それもそのはず、これは禁忌の技。


 これぞ秘技『絶対無敵チョキ』


 常人では理解出来ない。説明が必要だな。このチョキはチョキでありながら、チョキではない。その実態はグーとパーも備えた三種混合拳。こいつの前に敵はいない。


 そして、スーが蛇のようにくねらせた腕から放たれたのは『グー』


 ――あ、危なかった。普通のチョキを出していたら、確実に負けていた。


 やはり、スー侮れない。だが、何を出したところで、俺の方は揺るがない。俺の勝ちは確定した。


 敗北者の姿なんてみるに耐えん。高々と両腕を上げ、ガッツポーズをした俺は振り返った。仲間達よ。俺は勝利した。


 振り返った先に立ち竦む敗北者達は、全員が敵意むき出しで俺を見ていた。


 ――なんだこの空気は。おかしい。何かがおかしい。なんだ。何が起きている。勝負には勝ったというのに。


 敗北したはずのスーを見ると、笑いながら、口を開いた。


 「ズルはダメだよ。 ボクの勝ち。 ジュース5本おごりナ」


 「くはぁ。はかったなぁ!」

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