転生魔王、勇者に惚れる

水源+α

第1話

—毎日が退屈だった。


この世界に来てものの、俺は一度も心から楽しいと思ったことがない。

いや、まあ、魔法を使えた時は嬉しかったな……うん。


確かに、最初の内は楽しいと思いましたよ正直に。でも心から楽しいと思えたり、気分が高揚したことがないのだ。


何故かというと理由は様々で—


理由その1


「——魔王様。朝御飯が出来ました」


と、目の前で恭しく辞儀をしながらそう伝えてくるサキュバスのエロメイドの言葉の通り、俺は魔王という一番面倒くさい立ち位置のキャラクターに転生してしまったことだ。


魔王……魔王だぞ!?ふざけんなクソ女神!会ったこともないけど女神かもどうかも分からんけどさ!


なんで俺が魔王? ねぇ、なんで? 前世ではただの冴えない顔したアニオタでありゲーマーで、クリスマスにはツ◯ッターでカップル達の甘々ツイートに唾を吐いてたような男だぞ!?

マジでどうなってんだよ。


とか言ってどうせ冴えない顔してるとか言ってるけどイケメンなんだろとか思ってる奴……これ本当だからな?よくある無自覚系イケメン主人公の自己紹介で「僕は何の特徴もない、普通の高校生だ」とかじゃ全然なくて、ブスであることを自覚し過ぎてきたオタク系ブス男だから。

ま? 勿論転生前は期待はしたさ。もしかしたら転生したらイケメンに生まれ変わってるんじゃねぇかとか!チヤホヤされるんじゃねぇかとか! ……無意味な妄想に夢膨らませてたよ。でもきっちりと前世と同じ容姿だったわ。ある意味で安心したけど瞬間絶望したわこんちくしょう。

話戻すけどなんで魔王とか……はぁ!? 意味分かんないですけど?


確かに魔王とかチートだと思う。魔法とか最強魔法使うイメージ。でもな? ゲーム的にラスボスだから、魔王よりもチートな勇者パーティに、最終的には必ず殺されるような立ち位置のキャラなんだよ!


嫌だよぉ!俺戦いたくないよぉ……!怖ぇよ! なんで戦いとは無縁だった日本からこんな世界に飛ばされたんだよ! 無理ゲーだろ!こんなクソゲーはオブザイヤーにでも表彰されてろ!


——はぁ……いや、取り乱した。すまん。まあ、経緯と今の状況を軽く説明しておくと、


転生前、俺はいつも通りベットにダイブインして、寝ようとしていたんだ。するとあら不思議、翌朝だと思って起きてみたらそこは天界でしたとさ。その時はかなり取り乱したがそれはまだ別の話だな。

で、その天界で情けなくも「かぁちゃああんっ!!」と、鼻水垂らしながら泣いていたら神らしき声が聞こえてきたんだよ。


——貴殿のこれからの人生に祝福を


……と、まさかのたったこれだけ。そこからはもう早かった。花畑のような天界の次元が裂かれて狭間に吸い込まれ、また目が覚めたら魔王になっていたわけだ。

どうやら100年越しの眠りから目を覚ました魔王に転生したみたいだったから、誰も魔王という人物はこういうものだという、所謂魔王らしさというものを知らなかった。だから俺が変な行動を取ってしまったとしても不思議に思われるだけで、不審に思われなかったので、なんとか一ヶ月経った今、やり過ごせている状況なのだ。


そして、今冒頭にある通りに朝御飯が出来たことを伝えにきた俺の側近である、サキュバスのエロメイドお姉さん——メリーが目の前で恭しく、膝をつき、首を垂れている。その拍子に見えてしまうのは、その強調されているたわわな二つの豊かに実った果実。


俺はそれをメロンパンと呼んでい——ゲフンゲフン。


……実にけしからん。童貞である俺にとって、中々厳しい相手である。


「……あ、は、はい。あの、あ、ありがとうございますメリーさん」


俺は若干メリーさんの何処とは言わないが『そこ』から目を逸らしながら返答すると、メリーさんは不服そうにむくれて


「もう、魔王様ったら。私の方が位が低いと何度も言っておりますのに……その敬語と、さん付けは直せないのですか」


そう言ってきたので、俺は動揺してしまう。


「……す、すみまべっ——すすすみません! でも、俺みたいなのがとてもメリーさんのような方に呼び捨てなんておこがましいというか……なんというか」


……か、噛んでしまった。いやでもしょうがなくね?メリーさんって銀髪金眼の超絶ナイスバディな美女なんだよ? しかも真面目だし、秘書としての能力もずば抜けてて、ほぼ俺の仕事やってくれてる人なんだよ?

いやいやいや、そんな相手に絶対敬語も外すことできねぇし、呼び捨てなんて以ての外だろ。


そんな俺の反応にクスっと微笑を浮かべるメリーさん。


「……はぁ。全く。しょうがない方なんですから」


「……は、ははい。すみません」


「なんで謝るんですか。もう。ほら、早く支度して下さい魔王様。今日は久々に七魔将との会議があるのですから、気を引き締めて下さいっ」


「……あ」


……そういえば、七魔将とかいう奴ら居たな。やべ、完全に忘れてた。


そんな時、メリーさんの方を見ると俺の心の内を見透かしたようなジト目で見つめてきていた。


「……もしかして、今日のこと」


「……忘れてました」


「…………はぁ」


「……すみませぇん」


マジでなんで俺みたいな奴が魔王なんだよぉ……メリーさん可哀想過ぎだろ!俺も努力してるけどやっぱりただの高校生には荷が重すぎるって!


と、これが実は冒頭の「楽しいと思ったことがない」の二つ目の理由だったりする。俺のせいで周囲の人に迷惑をかけてることによる罪悪感で腹がキリキリする毎日を送ってりゃ、そりゃあ楽しく無くなるわな。うん。でも直そうとしても、やっぱり一ヶ月前まではただの高校生だった俺には荷が重すぎる魔王という、謂わば国の長という職業。


——魔王なんて毎日、勇者がいつ来ても良いように玉座に座ってるだけなんじゃないの?



実はそうじゃなくて、毎日が忙しい。執務の仕事は勿論、全世界の魔物の管理、監視。魔貴族との交流や、商会、ダンジョンのバランス調整……と、他にもまだ色々ある。


それを高校生の若造にいきなりしろって言っても出来ないに決まってるし、一ヶ月そこらで完全にマスター出来るほど器用でもない。


というか昔から思ってたんだけど、なんで異世界に行った高校生の大抵の奴等ってやたら冷静なの?

美女や美少女に会っても心では浮ついてても表には出さないし。それと魔物も動物もましてや人間だって生き物なのに、それらを切って殺しても大概平静としてるし。

それに、なんで敵の策略にはすぐ気付く癖に色恋沙汰には極端に鈍感なのは何故?


ヤベェ。こう思ってるだけでも腹立ってきた。なんか今の、混乱しつつも必死でしがみ付いて生きてる俺が馬鹿らしく思えてきた。


……やっぱり俺は駄目だなぁ。これならいっそ死んでみるか。


でも死んだらこの魔国の人達が混乱してしまうし。


「……クソ」


「——魔王様? 何か言いましたか? 早く着替えて下さい」


「あ……はい」


「では待ってますね」


「はい」


「……」


「……」


「…………」


「…………あの」


「はい。何でしょうか? 魔王様」


「……い、いや。その、き、着替えるんですけど」


「ええ。そうですね。早くお着替えを……あっ、もしかして着付けを差し上げた方が」


「い、いやいやいやいや! 違います! その、着替えますので、出来れば……」


もしもしメリーさん? この言葉使うと都市伝説の方想像しちゃうけど、あなたは察してくれませんか?

魔王が今着替えようとしてる時、なんであなたはその場にじっと佇んでいるんですか? いくら俺が高校生でも一応大人の一歩手前の男がこうして裸を露わにしようとしてるのですよ。嫌悪感ぐらい見せて立ち去ってくれないと色々と不安になるわけなんですよ。


しかもこうして俺が退室をさりげなく促してるのに、可愛らしく小首傾げてそのサイドテールも強調されて可愛さ抜群なんですよ。えぇ。


……話が脱線した。まあ、つまりだな


「……あの、部屋から出てもらえると……その」


俺コミュ障なんだよぉ!! 察してくれよ! 頼むから。頼むから察して下さぁいいい!


「……え? 何でしょうか?」


恥ずかしいの!! 男子高校生でも朝一からそうやってジッと裸を見られると恥ずかしいのぉ!


というかこのやり取り毎日やってるよね……態とだよな!?


「……ふふっ」


ほらぁ!笑っとるし。童貞を弄ぶのは極刑なんですよメリーさん!


「……失礼致しました。つい、魔王様が可愛くて。では、外でお待ちしておりますね」


「……ハイ」


いくらメリーさん相手でも毎朝のこの下りは流石にキツイ。


「……着替えるか」


俺はそう一人つぶやいて、着替えてから朝食へ向かった。


まだまだ、紹介してもし切れない、俺の魔王ライフ。この一幕が、その中のごく一部のものである。


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