最終話 僕

 卒業式が終わり、最後のHRも終わると、なんだかぐたっとしてしまった。

 これで終わりだという、脱力感と安心感。そして、ほんの少しの不安。

 他のみんなはそれぞれお別れを惜しみあうらしい。そうなってしまうと、僕みたいな奴の居場所はない。人の波に流されながら外に出ることにした。

 校門前は両親や友達と話し込む人たちでごった返している。一段高い階段から見ると、総じてみんな嬉しそうにしてるのが一目で分かる。それと、一人でこんなことをしてるのは僕ぐらいのものだってことも。

 もし、あのときあんなことをしなければ今の僕はもっと違うものになってたのか。

 ずっと、ことあるごとに考えてたこと。

 もし、あんなことで短絡的に怒鳴ったりしなければ。おとなしく頭を冷やしていれば。

 もし、あそこで不用意にしゃしゃりでないで自分の分の仕事だけを黙々とこなしていれば。

 もし、あのとき自分がやらなきゃ、期待に応えなきゃなんておおそれたことを考えなければ。

 そしてこの会議は、いつも答えが出ないで終わる。卒業式だからって、桜パワーで天啓が閃いたりはしない。

 いつまでも出入り口に立っていると邪魔なので、脇に逸れて人の輪から少し離れた所に移動する。ifがあろうとなかろうと、僕がここに立っていることは変わらなかっただろうな。

 なんとなく校舎を見上げてみる。あの上から二番目の真ん中らへんの窓が教室のはずなんだけど、どこだろう……。

「慎?なにしてるの?」

 均一で区別のつかない窓を睨んでいると、後ろから肩を叩かれた。

「あ、友。いや、自分の教室を探してたんだけど、なかなか見つからなくてさ」

「へー。どの辺だったっけ?」

 友は僕の隣に並ぶと、背伸びをして目当ての窓を見極めようとする。その拍子に、所々絵の具で汚れた鞄が見えた。HRが終わってすぐ部室に向かってたみたいだし、挨拶はもう済ましてきたんだろう。

 隣で背伸びする友はどこまでも無邪気で、見てるうちになんだか不思議にも思えてくる。

 友とは、幼稚園から一緒だった。僕が張り切ってみんなの纏め役なんてものをやるようになったときからずっと、自ら負った役目を自ら投げ出すなんて自分勝手な真似をしたときまで見ていた。

 友の手を振り払ったとき、怒鳴りつけたとき、一番に頭に浮かんだのは友とはもうこれまでだろうな、という思いだった。もうあの毒気が抜かれるような、張り詰めた肩の力をほぐしてくれるような、柔らかい笑顔を見ることはできないんだろうなと思いながら、いっそそれでもいいやなんて半ば自棄になって友を傷つけていた。

 なのに、友は今こうして隣でいつもの笑みを浮かべている。それこそ、ifなんてないかのように。

 あのとき誘われた僕たち二人の、十数年間の打ち上げ。その真意を、僕は結局訊かなかった。友がなんであんなことをした僕を受け入れてくれたのか、僕は知らない。今すぐに知りたいとも思わない。

 けど、いつかは、このままいけばいつかは、それを知れる日が来るのかもしれない。

「……友、」

「ん?なに?」

 まだ教室を見つけようと頑張っていた友が、踵を地面につけて振り向こうとする。その目を躱すように目を逸らして、辛うじて聞こえるくらいの小声で呟いた。

「これからも宜しく」

「え?あ、うん、宜しく……って、なに言ってるの?」

「いや、ほら、これからは進路も分かれるわけだし……」

 ああ……恥ずかしい。照れ臭い。勘弁して欲しい。深く突っ込まないで欲しい。

「あ、見目さん」

 と、友の視線がそれて、僕の後ろに向いた。振り返ると、ちょうど出てきたらしい見目さんと目が合う。

 見目さん、ナイスタイミング。

 そう目でメッセージを送ったつもりだけど、きっと届いてないだろう。見目さんは一人でなにか合点がいったような表情を浮かべると、僕を見て言った。

「簾内くん。伝言」

 伝言?

 予想もしてなかった言葉が出てきて、思わず鸚鵡返しにしてしまう。それと同時に、猛烈なデジャブが沸き上がる。僕にわざわざ伝言を寄越すような人がそう何人もいるとは思えない。いるとしたら……、

 嫌なものが滲み出てきた僕と打って変わって、見目さんは悪戯っぽく、ニヤリと笑って続けた。

「ありがとう。感謝してる、だって」

 その言葉を呑み込むのに、時間がかかってしまった。ぼうっと頭の中にその言葉が浮かんで、やがて溶け込んでいく。

 ありがとう。感謝してる。

 耳を疑うけど、伝言の主は僕が予想していた通りの人で間違いない。

 なんでだろう。

 なんでよりにもよって僕に、その言葉なんだろう。

 分からない。分からないけど、唇の端が段々と吊り上がっていくのをどうしようもない。

 それを見た見目さんも笑みを深くして、二人で目を見合わせて笑う格好になった。

「……?なになに、なんのこと?なんで二人して笑ってるの?」

 話についていけない友だけが、笑ってる僕と見目さんに挟まれて困惑顔でキョロキョロしてたけど、二人とも説明する気がないことを悟ると開き直ったように笑い出した。

「ふふ、ふふふふ」

「く……くく、く……」

「あははは、ははは」

 きっと今の僕たちは、周りから見たらさぞかし気味悪く映ってるだろう。けどまあ、どうせ明日になれば顔も合わせないような人たちだ。今更変な奴レッテルを貼られたところで痛くも痒くもない。

 そんな感じで開き直って、そろそろなんで笑ってるのかも分からなくなってきた頃、冷たい声が僕たちの笑い声を切り裂いた。

「なにしてんの。そんなところで」

「くく……あ、本生さん」

 本生さんが、水城くんたちのいつものグループと一緒に階段を降りてくる。もう帰るところらしい。

「そんなところでただ笑ってるって。気持ち悪いんだけど」

 僕を見る本生さんの言葉は容赦がなかった。バッサリ切り捨てられて、ようやく横隔膜が落ち着いてくる。

「なにか面白いことでもあったの?」

「いや……そういうわけでもないんだけど……」

 なんで笑ってたのか、と言われると答えに困る。なにせ、自分でもなんでこんなに笑ってるのか分からないんだから。

「あ、そうだ」

 と、それまで静観していた水城くんが手を打った。

「せっかく簾内くんたちもいるならさ、写真撮ろうよ写真」

「写真?」

「そ。見目さんも竹馬さんも、すぐ部活いっちゃってさっき写真撮ったときいなかったじゃん。簾内くんなんか用もないのに帰ったし」

「あ、いいねそれ。撮ろうよ」

「さんせー」

 すぐに渡良瀬さんと雲居さんが賛成して、本生さんも頷く。

「あ、いや私は……」

 一方で、一気に濃くなった撮影ムードに押し出されるように友はフェードアウトしようとする。

「え、なに言ってるの。竹馬さんも撮ろうよ。本生さん、ウチらも入っていい?」

「いいよ」

 見目さんがすかさずその肩をがっしりと捕まえて、逃げないようにする。さすがはバスケ部の部長、やんわりと抜け出そうとする友をズルズルと引きずって、僕の隣に立たせた。そして自分は反対側に立つ。

「すみませーん、写真撮って貰っていいですか?」

 近くにいた人にスマホを預けた水城くんは、友と見目さんに挟まれた僕の肩を押して座らせるとその後ろに立った。そこに本生さんたちも加わって、合図を送る。あれよあれよという間にカメラのレンズが僕を捉える。そもそも賛成した覚えもないのに、相変わらず手際がいい。

「じゃ、お願いしまーす」

「はーい。じゃあいきますよー」

 ……あれ、そういえばこの位置ってセンターじゃ、

 ─カシャ。

「もう一枚いきますよ」

 ─カシャ。

 抗議する間も、場所を入れ替える間もなく、シャッターが二回切られた。

 

 あとで送られてきた写真は、なんとも微妙な感じだった。露骨に目を閉じてたりはしないけど、かといってちゃんと写ってるかというと首を捻りたくなるような、そんな感じ。

 それにしても、僕が中央で写ってる写真なんて、後にも先にもこれしかないだろうな。僕自身こういうポジションに進んで行こうとは思わないし、そんな僕をセンターに据えてくれるような人も、このメンバーぐらいなものだろうし。

 そんなことを思いながら、写真を保存した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼のことを、私は。ウチは。アタシは。 霧内 笑 @Munaisyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ