第45話
何をしていようが、気を紛らわそうとしても、あの時の出来事が思い出される。鍛錬をしている今も、だ。
「―――参りました」
相手の急所に突付けた剣先を、相手の宣言を聞き届けてから剣を下ろすブーツホルト。
何かに没頭すれば、あの声が、聞こえなくて澄むだろうとの考えから、父親に無理を言ってまで近衛の鍛錬へと参加させてもらったというのに・・・
さすがは聖剣の息子だと周囲から称える声が彼へかけられようとも、どこからともなく聞こえてくる
たった一言。
隙だらけだよ。その言葉がブーツホルトを心を掻き乱す。
「っ・・・。次、お願いします」
幸いにも彼の足掻く姿が周囲の大人には頑張っているように映っているお陰もあってか、次は自分が相手だと鍛錬相手は事欠かないでいる。しかしながら、いくら手合わせをしようと幻聴は消えてくれず、苛立ちが募るばかり。
一刻も早く消したい。
いくら振り払おうとも霧は消えてくれない。
消す方法を教えてくれと切に願うが、何処からも回答が得られる訳でもない。
それは、彼にとって生まれて初めて現れた壁であり、自身で乗り越えていかなければならない問題。ところが彼自身、それが何なのか認識できておらず、正しく受け止められていないからこそ苦しみもがいていた。
次は自分だと名乗りを上げる近衛と剣を交え、そこから続けて三人目の相手を終えたところで休憩となったのが、一向に気分が晴れないブーツホルトは、一人集団から離れていった。
誰の目にも留まらない場所に腰を掛け、漏れるような溜息のような声を漏らす。
「・・・何なんだ、彼は・・・」
これだけの大人を、それも近衛騎士相手にしても勝てるというのに。
聖騎士である父親にも実力を評価されているというのに。
防御の構えも知らない素人で魔力操作も下手、剣舞の経験も無い、素人同然の相手に対して、不甲斐無かったのはどうしてなのか。
相手が素人過ぎたが為に、無意識に手を抜いてしまった。でなければあのような結果になるはずがない。そう結論付けても、すぐに聞こえてくる幻聴によって振り出しへと押し戻されるのだ。その度に苛立ち歯痒い思いに苛まれ、心が張り裂けそうなくらい痛むのを繰り返す。
楽になりたければ自分の負けを認めるだけなのに、認めてしまった時どうなるのかという恐れが、ブーツホルトを足踏みさせていた。
今までは見ている側でよかった。試合に敗北し近衛に成れなかった騎士の姿や、苦しく辛い鍛錬を続けても届かなかった者達が流した涙の数々、実力が伴わず見捨てられた成れの果てを晒した者さえ見てきた。
だからこそ、このままではいけない。確かめなければいけない。
「もう一度・・・戦えれば分かることだ」
どうすれば、彼ともう一度手合わせをすることができるか考えを張り巡らせる。
あれほどの腕前ならば、確実に試験を通過し、どこかの騎士院に割り振られているのは間違いないはずだ。入院して早々に内周街の院へと移り、名が中央に届くのは時間の問題だろう。
だがそれを、悠長に待ってはいられないほど、内側からこみ上げて来る思いに突き動かされていた。
「サンラ・エヴァンス。君は一体何者だ・・・」
無茶苦茶な型から繰り出される一振りは重く早いというのに、踏み込みはお粗末そのもの。訓練場の地面を抉れるだけの魔力を持ちながら稚拙な身体強化。
本当に自分は負けたのか疑わしい。
それも再戦すれば全て解決できるはずだ。
ならば鍛錬あるのみと心に不安を抱えたまま、再び鍛錬へと戻っていけば、休憩が終わろうとしていた。
「よし、組を変えて再開するぞ」
父親の側近であるシャンドラの号令と共に、再会される鍛錬。
統率されている。そして、鍛え上げられている剣技。
その彼らに自分は負けていない、自分の考えは間違っていないのだとブーツホルトは思う。
「ブーツホルト君。今いいかな?」
戻って早々声を掛けてきたのは、シャンドラさんだった。はい、大丈夫です。と返事を返したが、すぐに会話は始まらない。
「シャンドラさん?」
左右を軽く見渡してからの小声。あまり人に聞かれたくない様子が伺えた。
「ここ最近、外へ出られたことはありましたか?」
「外が内周か外周のことをいってるのであれば、ありません。少なくとも父様が不在にされてからは、ずっと中央にいます」
「そう、ですよね。おかしなことを聞きました。引き止めてしまってすみません、訓練に戻ってくださって大丈夫です」
やはり違うかと続きが聞こえたような気がしたが、父親様から自分の予定は伝わっているはずである。
深く気に留めることはしなかったが、ブーツホルト・メイプルリーフ、シャンドラ・エルカンナ両名共に、追い求めている自分物が一致していたとは、この時思いもしなかったのである。
圧倒的強さでフラグを圧し折る親子の物語~どう見てもただの親子です~ ばななぁああ @syousetude
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