第3話:旨い仕事

益田プロダクションは町中の雑居ビルの一角にあった。松下第三ビルという比較的新しく見えるビルの三階に拠点を構えている。

俺はその近くにあったコインパーキングにジムニーを停め、事務所に向かう。


事務所の表札はシンプルなデザインだ。白い表札に黒い文字で益田プロダクションと簡潔に書かれている。表札は妙に新しいような気がする。

だが今はそんな細かいことにこだわっているような余裕はない。俺は事務所が入っている三階に足を踏み入れると、そこには黒のダブルスーツを着た40代くらいの男が入り口に立っていた。

「福田直之さんですね。」

男は俺に確認をする。

「はい、福田です。」

「私、益田プロダクションの佐藤俊彦と申します。ご足労いただきありがとうございます。」

男はスーツの内ポケットから名刺を取り出し、丁寧な所作で俺に名刺を渡す。出遅れてしまったが俺もジャケットのポケットから名刺を取り出した。

「これはご丁寧に。私はフリーライターの福田直之です。本日はよろしくお願いします。」

「それでは事務所にご案内します。こちらへどうぞ。」

俺は佐藤の案内に従い、事務所へ入る。


事務所内は一般的な編集プロダクションの様相だ。事務机が三つほどシマを作っており、その上には書類やファイルがある。棚にもファイルが並べられており、社員であろう何人かは書類仕事や電話応対をしている。

そんな情景を目の当たりにして、なんとなく違和感がある。不審な点は何もないし、これから仕事を受けるということはほぼ決定事項のようなものだ。

だが、何かがおかしいような気がしてならない。

「どうかされましたか?」

「いえ、なんでもないです。」

いかんいかん。変な態度をとって、この仕事の話がなかったことになったら、直に金が無くなる。それは絶対に避けなければならないことだ。

俺はこの違和感を気のせいと思うことにした。


俺は事務所の端にある応接スペースに通され、ソファーに座る。佐藤は地図を取り出し、応接机に広げる。

「福田さんの記事をいくつか拝見いたしましたが、ジャンルを問わず手広く書いていらっしゃいますね。」

「いえいえ、何分まだ無名なもので、仕事を選べるような立場ではないってだけですよ。」

「そんなご謙遜を。なかなか引き込まれる記事の書き方をされていますので、すぐに売れますよ。実際、今回お話を持ち込んだ理由は、福田さんの文才を見込んでのことです。」

佐藤はそんなお世辞を笑顔で話す。なんだか掴めない男だ。

「それでは、さっそくお仕事の話をしましょうか。福田さんは、UMAはご存知でしょうか。」

「はぁ、UMAですか。UMAと言うとツチノコとか雪男とかの未確認生物ですよね。」

「はい。今回、福田さんに取材していただきたいものはそのUMAです。」

UMAの取材?またトンデモな話だな。UMAだのは作り話やら創作の話だろ。まさかUMAを見つけないと金が払われないとかそういう話じゃないだろうな。

「UMAの取材というのは分かりましたが、一体どこで何を取材すればよろしいんですか。」

「失礼しました。詳細の説明がまだでしたね。場所は隣県のS県のR市に氷川銅山と言う廃坑になった銅山がありますが、ご存知ですか。」

「いいえ、知りません。その廃坑がどうかしたんですか。」

「はい、どうやらそこでUMAが目撃されたみたいでして、なんでも雪男ならぬ山男と言いましょうか。その山男について取材していただきたいのです。」

山男。どうせ人間か何かを見間違えたかなんかだろうな。

「ですがUMAですよね。未確認生物は確認されていないから未確認なのであって、見つけられなかったから報酬は払えないなんて言われても困ってしまうんですけれども。」

報酬を出し渋られては困る。こっちにとっては死活問題なのだ。

「ああ、報酬の件でしたらご安心ください。まず、前金兼経費として10万円お支払いいたします。その後、写真を現場で何枚か撮っていただいて、今度創刊される『月刊 アトランティア』の記事として相応しいものであれば30万お支払いします。」

はぁ?前金10万、報酬30万だって?ちょっと待て。それ旨過ぎないか。逆に危ない仕事とかじゃないよな、それ。

恐らくそんな考えが表情に出ていたのだろう。それを感じ取った佐藤が言った。

「ここだけの話なのですが、今回の記事が良ければ、福田さんをメインライターとしてアトランティアを作っていこうという話が出ています。今回の報酬は所謂、囲い込みという奴も含んでいまして、どうです。話を受けてくださいませんか。」

なるほど、俺が他所に行かないための報酬ってわけだ。今後、同じような美味しい報酬があるとは限らないが、少なくとも定収入にはなるはずだ。いささか話が旨すぎるような気もするが、その時はその時だ。どうにかなるだろう。今はこのチャンスを掴んでも罰は当たらないんじゃないか。

「わかりました。その仕事、必ずやり遂げてみせます。お任せください。」

俺は首を勢いよく縦に振った。

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デウスエクスマキナ にんにくひらめ @whoami

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