ある電車の中での出来事

中本 優花

電車の中での出来事

 電車で空いた席に俺は座っていた。そして一つの問題に巻き込まれる。

 左隣には若く、可愛らしい女性、そして右隣には誰もいない。そして問題は左隣の女性だ。彼女は今にも寝そうでこちらに寄りかかってくるのだ。

 別に不快というわけではない。むしろ可愛らしい女性がこちらに寄りかかってくるのだから心地良いくらいだ。

 しかし、それが問題なのだ。

 彼女は肩に頭を乗せたと思えば、それで意識が覚醒して頭を上げる。そしてまた寝そうになり、肩に頭を乗せる。

 つまり俺は彼女に、この上ない焦らしプレイをされているのだ。


 そんなのが何度か続く。

 俺はやがて、ある仮説を立てた。

 それは『実は彼女は寝てない』説だ。

 彼女は寝た振りを装って、俺にボディタッチを仕掛けている。だが、その過程には一つだけ大きな問題がある。

『彼女がボディタッチをしたいと思うほど俺は魅力的な人間なのか?』という問題だ。

 ハッキリ言って、ありふれた顔の俺に彼女がボディタッチを仕掛けるメリットがない。

 それとも実は俺は自覚がないだけでイケメンだったとでも言うのだろうか?

 いや、もしもイケメンだとしたら人生で一度くらい彼女が出来ていてもおかしくはないはずだ。


 もっとも、そんなことあるわけがない。

 俺は偶然だと鼻で笑って、この仮説を頭の中のゴミ箱に捨てる。最近はラノベを読み過ぎた。おそらく、それに害されてるのだ。

 やれやれ……と思いながら俺は鞄から本を一冊出す。俺はいつも通りの日々を過ごしていた。特別なナニカなんてあるわけないじゃないか。そして本を数ページ捲った時だった。


 隣の彼女の目がパチリと開き、彼女も本を鞄から取り出して読み始めたのだ。

 そんな馬鹿な! と思いながら俺は彼女の読んでる本に目線を送る。

 幸いにもカバーは付けておらず、タイトルは分かる。そこには『ウイスキーの作り方』と書かれた本があった。なんて小難しそうな本だ! と思いながら自分の読書に集中する。

 しかしどうも隣の彼女が気になる。隣の彼女に目をやると、彼女の目は閉じており、再びウトウトとしている。


 もしかして、同じタイミングで本を取り出したのは偶然なのか? 心理効果のミラーリングを利用して俺に異性として意識させようとしているのか? だとしたら、それは無意味。

 何故なら俺は既に異性として若干だが意識しているからだ。


 やがて彼女は寝落ちして今度は左隣の人の方へと倒れる。その時、何故か俺は嫉妬をした。なんであっちに倒れる。倒れるならこっちに倒れろよ! と思っていた。

 しかし、それも数度だけ。再び彼女は俺の肩へと寄りかかってくる。そこで俺はあることを確信する。


 ――この女。間違いなく俺に一目惚れした


 それから俺は悩む。隣の彼女になんて声をかけるか。第一候補の『もしかして、俺に惚れた?』

 それは論外。いくらなんでもナルシスト過ぎるし、そうでなかった時が気まずい。

 それでは第二候補の『お目覚めですか? お姫様』うん。これも論外。自分から見ても痛すぎる。これは二次元だから許される行為だ。

 そんな感じでいくつか候補があがるが、どれも差恥心から却下される。

 そうして俺は遂に『彼女から話しかけてくるのを待つ』という選択をすることにした。


 それから電車が〇〇駅に着いたことを知らせる。まだ俺の目的地は先だ。遂に俺もここでリア充への仲間入りだ! そんなくだらない妄想を頭の中でして、明るい未来にニヤニヤとする。しかし、ここで彼女は驚くべき行動をした! なんと彼女は降りたのだ! 〇〇駅で降りていったのだ!


「あ……」


 そんなマヌケな声が漏れる。

 ここで俺は確信する。全て俺の思い違いだったと。あの女はホントに寝落ちしていたのだと。それを俺が変に深読みしてしまったのだ。しかし俺はそれに安堵する。

 迂闊に声をかけず、恥をかかずに済んだと。

 そうして電車は発車して、俺はいつもの日常へと戻っていった。

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ある電車の中での出来事 中本 優花 @Aliceperopero

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