何の話?

森乃 梟

 私の前で一組のカップルが話をしている。


「一。」

「それなら、二。」

「二は、二でないと言う意味で使われることもあるだろう。《不二ふじ。・二にあらず》というように、つまり一と同じだろう?」

「じゃあ、十。」

「それなら、百だろう?」

「いっそのこと千は?」


 お小遣い? それとも月々の貯金額を相談しているのだろうか?


「万。」

「どっかで、よろず屋ってあったよね。」


 月々の貯金額としては、妥当な単位だな。


「億は?」

「じゃあ、兆」


 ん? 何やら単位が大きくないか?

会社の株式か?


「うーん、それならけいがいい。」

がいだな。」


 何にしても単位が大きいなと思っていたら、女が自慢気に言った。


黄河砂数こうがしゃすう、黄河の砂の数ほど多いって意味よ。」

無量大数むりょうたいすう。数え切れないって意味の最高数だよ。」


 ふと、話の勢いがやんで笑い声になった。


 なんだ、数の競い合いではなかったのか。


「私達、なんでこんなに躍起やっきになってしまったのかしら。」

「君がいどんでくるから。」

「あはは。可笑おかしい。」

「そうだな。まだ半年以上、先の話なのに。」

 男は目を細め、女を見やる。

女の手は、おなかをさすっている。

いくらなんでも、黄河砂数や無量大数なんて付けられないわ。」

「そうだな。まだ男とも女とも分かっていない。顔を見てからでも遅くないしな。」

「でも候補はあったほうがいいわ。」

「そうだな。話し合う時間はまだ充分にあるな。」

「待ってるからね、私の赤ちゃん。」

「僕は女の子がいいな。」

「あら、五体満足なら、私はどちらでも構わないわ。」


 そうか、子供の名前の話だったか。

名も知れぬ奥さん、元気なお子さんを。



       終わり

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何の話? 森乃 梟 @forest-owl-296

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