第6話 首都マルダン
マルダン市街は構造防衛線の外壁で囲まれ、250平方 ㍍である。街の中ほどをエルディー大河の支流が流れているため東市街と西市街に分かれている。エルディー大河のデューラ海に注ぐ湾口に位置する。東市街の中央部はもう一つの外壁で囲まれた貴族(パーグ)の邸宅街となっている。エルディー川の水はやや紅いが飲料水として飲めぬほどではない。
良質の石材に恵まれるが近年は木造住宅が多く、火災を恐れる当局を困惑させている。
街にある遺跡
首都マルダンの現在の第一市民議事堂のある小高い丘の上に小さな寺院らしい廃墟があったという言い伝えがある。しかし特筆すべきは、どうやって建てたのか想像も付かない程壮大な三本の巨柱であろう。材質は石英のような硬質の石材でできており高さは最大で1000m( 200階建てビルに相当)を超える。これが街のシンボルとなっているのだが、建設の目的は不明のままである。曇りの日には雲が柱の半ばを覆い隠すこともよく見られる。これらの柱には北の「タルキュルム」、東の「エルボイダム」、西側川辺りの「バベロナルム」と言う名前が伝わっており、推定ではあるが古代エギナ帝国の建国(デューラ暦紀元前2748年)より1500年以上は前のものだという。人間の魔法文明が有史時代の幕を開いた当初より古いという計算となる。
街では建物に囲まれたかなり小さな路地に入っても大概、巨柱が空に覗いているから、三本の巨柱のうち北のタルキュルムだけが東のエルボイダム寄りに外側に傾いて折れていることさえ知っていれば、それを目印にしてこの広い街の迷路のように複雑な道々の方向感覚の手掛かりにすることができる。
街の愛称は三本の巨大な柱に因んで「三本柱の都(スリーピラース)」である。
治安
治安は正式名称、共和国軍治安科が務める。しかし、邪教徒対策として共和国軍査問科が置かれている。治安科パーグエリア隊によるマルダン市のパーグエリアの警備はほぼ完全であると言われる。さらに貴族が独自に持っている私兵による二重の警備も行われている。商店街には自警団が設けられていて、市民全体の自衛意識は高いと言える。
火災対策はやはり軍が担当し、市内は至る所に物見櫓が立てられ、共和国軍消防科が配置されている。消防科パーグエリア隊は閑職である。それは三つの巨柱に囲まれたパーグエリアの一帯は石造りで火がよく燃えないからでもある。
マルダン共和国軍は傭兵で構成され、軍司令部は貴族が占めている。近年設立されたオークハンターはスティッカ・エルディー大森林に配置されている。
マルダン共和国は北方と南方の警備に重点が置かれている。西方はオークハンターが活躍し、東方のランゴウタ武候領に対しては友好関係を持っている。南方はエイブルサックシティーとの友好関係があるが、エイブルサックシティーを通過して侵略してくる可能性があるため、防衛力を維持しなくてはならないのである。
海軍の強化が叫ばれて久しいが、浅瀬の続くマルダンでは外洋船による侵略には陸上から対抗できると、軍は必要を認めていない。交易には未開の北方を重視するためか、海上交易はカーゴ人まかせである。
住環境
パーグエリアとスラム街の住環境は大きく違う。どちらにも属さない一帯を基準とすると住み良い街であると言える。
パーグエリアは上下水道が完備しており、夜間照明のランプが設置されている。燃料は木炭が主流で、暖房にはよく燃えるブナなどの薪が用いられる。しかし柱の魔力で、あまり火が燃えないので、寒さの厳しくなる季節には貴族たちは自分の領地の邸に引き籠もるのが普通である。原住民が神聖として恐れ近づかなかった土地に定住したためである。パーグエリアは都市計画に基づいて何度か整備されており、住宅の区画は広くプライバシーを守る立派な塀や鉄柵が設けられている。広い庭も備えられていて、アイリス、薔薇や百合などの園芸植物も街を彩っている。
逆にスラム街の住環境は最悪である。劣悪な集合住宅で共同井戸で生活し、夜間照明も全くない。適わぬ憩いを求めて鉢植えの植物もあるが、その高価さで盗難の危険もある。燃料は安価だが煤の多い松材が用いられ、灯火にはやはり煤の多い鉱油が用いられる。狭い路地の上には洗濯物が並び、藁を引いた寝床で明日の不安を抱えて日暮れから夜明けまで眠る。
都市以外の住環境では照明用の油がなかなか手に入らないので、太陽と共に寝起きするのが普通である。エルディー上流部ではオークが出没し、共和国の北方では海賊の襲撃がある。
騒音
マルダンでは騒音の激しい地域は特にない。三つのフェスティバルにかけての騒音がパーグエリアまで響いて苦情が出るといった程度のものである
教育
マルダンでの教育は首都以外では個人経営の塾があるくらいのものである。
首都ではパーグエリアの貴族の子供を教育するための私塾が開かれている。いらぬ疑いをかけられるのを恐れ、保守的なパーグの家庭では魔法について教えることは厳禁で、もっぱら詩文、詩吟、武術、礼法、絵画彫刻、舞踊などや幾何学、哲学、弁論術などが教えられている。
スラム街でも安い個人塾が開かれていて、読み書き、算数などは幼い頃に教え込まれる。
しかし生徒の態度は悪く、人の好い老人が冷めた授業を行っている。
街の一角には国立の図書館があり、館内閲覧が許されている。あまり多くの人間が訪れるわけではないが、貴重な写本も眠っている。
河岸の氾濫治水のために設けられた空き地に全軍合同の対オーク訓練施設ができた。
公衆衛生
マルダン市のパーグエリアには多くの無料医療施設が完備している。隔離が必要な患者は郊外の環境の良いサナトリウムに移される。この世界の多分に漏れず、治療の多くは薬草や鉱物による。魔法による治療はほとんど行われていない。
パーグエリア以外の公共による医療施設は存在しない。私立の医院が開業している。伝染病の場合、患者の出た住宅一帯を住民もろとも焼き討ちするということも随分行われている。高価な薬草をより安くするため、エテルフォス家が薬草作物の大規模な栽培を行っている。
らい病や結核、コレラ、ペスト、ジフテリア、狂犬病、麻疹、チフス、破傷風、梅毒などの患者には現在、打つ手がほとんどない。
大気汚染
冬季の薪の暖房による煤がマルダン市の大気汚染の原因である。エルディー河の暖かい流れによる霧のせいもあるが、冬は靄に包まれ、風の強い日以外はマルダン名物の三本の巨柱もあまり良く見えない。
居住スペース
パーグエリアの居住スペースは広い。逆にスラム街のそれは非常に狭く、頭をぶつけない天井であればまだ広いとさえ言われている。街はエルディー大森林の伐採の進行に伴って木造住宅が普及を見せており、当局の火災対策の担当者は頭を痛めている。木造でも屋根に限って陶製の瓦を用いるように奨励されている。
マルダン市の居住スペースの劣悪さはそれ以外の共和国領では問題にならないくらい悪い。
交通
マルダン市はエルディー河の本流をまたいでいるが、渡るのに無料な橋は、只一か所しかない。その他の橋は通行料を取られる。橋によっては「人形パン」を買わされることもある。そのパンを橋から川へ投げて、千切れるかどうか、魚に食われないかどうかを占う風習がある。
市内の交通は乗用馬、荷馬、それらによる馬車や人力による二輪の荷物運搬車による。乗り合い馬車は市内ばかりでなく駅馬車として南国まで走っている。
市内のメインストリートは石畳で舗装されているが、轍の後が深く刻まれており補修もオークハンター設立が原因の財政難のため遅々として進んでいない。スラム街の路地は狭く、両腕を伸ばせば建物に手が届くといったものである。
名物フェスティバル
~ある旅人の旅行記より
ザリガニ祭り
私が聞いたマルダンを訪れた旅人の話は、街で行われる名物フェスティバルには二つ、いや三つあるという皮肉である。
無論、一つは街を挙げての最大イベントの『ザリガニ祭り』である。ザリガニを串焼きやスープやパイ、唐揚げなどにして売る出店が立ち並ぶ。各神殿の発行する富くじ売り、輪投げや弓矢による景品ゲーム屋、大道芸から、パントマイマー、奇術師、古着屋、演奏家やダンサー、見もの屋、似顔絵描き、吟遊詩人や怪しげな薬売り、果てはスリなどが繰り出すのだ。ザリガニはエビの風味を少々きつめにしたようなオツな味で好評を博している。
投票権売買市場、投票日
二つめのフェスティバルに挙げられるのは『投票日の投票権売買市場』の賑わいだろう。マルダンの政治決定は投票権を持たない国長が執るが、このとき重大な決定はパーグガザリングに掛けなければならないとしている。重大な政治決定かどうかを判断するのが国長の主な任務なのである。一見良く出来た直接民主主義的体制に見えるが、第一市民は極めて少数で、彼らにのみ投票権が発行される。記録上は投票権を一人当たり70個も持っているはずなのに、それは売買が許されているので、なんなら第一市民の認定を持たぬ者さえ投票権を買ってその分の権利を行使できるのだ。なんと本来の持ち主と反対の政策を支持してもいいのだ。投票日は一週間前に告知され、その間、投票権は売買市場で高値を付ける。また重大な政治決定が議会に求められそうになると告知前に予期して値は上がる。このようなシステムのため、特定の者が投票権を買収して占有することになる。占有による政治支配を避けるため更に投票権が新規で発行され事態は泥沼に陥っていく一方で、一時期から投票権に有効期限をつける事態となったという。
邪教徒狩り、邪教徒公開死刑
第三は『邪教徒狩り、邪教徒公開死刑』だ。古くからマルダンは、チェソ(セト)神の崇拝者を市内、国内、国外、あるいは海上から捕らえては、大衆の面前で裸にして晒して見世物にし、犯罪者のそれより残酷な方法で処刑するという狂気とも言うべき慣習が続けられてきた。週に二、三度市内の遺跡のある一角をその残虐な屠殺場として、嫌疑の晴れぬ者を舐め狂う炎の舌にかける。
現在このチェソ宗派はカスターナ連合ソルダイン王国の辺境の聖地に立て籠もって独特の戒律と儀式に満ちた生活を武装して守り続けている。この熱狂的ショーの犠牲者にではなく、むしろ日々の生活を送っている民衆に懸けられた首かせは一つの噂に由来する。地下に潜んでいるという眠りを貪る『邪神チェソ』への一種タブー化された恐怖の噂である。マルダンでの残酷な処刑はこの異常な程の土質の豊かさ、沃土による繁栄の不安の現れでもある。しかし人々の多くは常にその実りを与えてくれる大地ひいては地下への恐怖と、逆にそれへの感謝の狭間に生きる葛藤から解放してくれる助けを求めているのである。人々は餌食の断末魔の悲鳴に震えながらも歪んだ心を解放し、平静に戻るのである。
これをフェスティバルと呼ぶのは酷評ではないかという方も、一度模様を御覧あれ。
共和国都マルダン市案内
剣とドングリ亭
居酒屋兼宿屋の店。旅人、隊商、冒険者たちの憩いの場となっている。この店の主人は広大な領地を持ち、しかも大きな権力を持った直系マルダン出身第一市民であるにも拘らず、不思議なことに一介の旅人相手に商売をしているのである。彼の生きがいなのだと人は言う。豊かさを求めにやってきた人々が恋しいのだろうか。とにかく、寝心地の良いベッドを提供してくれることは間違いない。
フライング・モンキー亭
居酒屋。マルダンを守る傭兵たちの溜まり場として知られる。傭兵訓練場が近いこともあって派手に賑わう。旨くて冷たい白ビールを看板の白い猿がジャンプしながら給仕してくれる。けれども、猿はオーダーを受けることができないので離れたところの主人に大声で注文しなくてはならない。傭兵たちはよく賭博をやっているが、そんな営業は店が開いているわけではない。
黒髭の首吊り縄亭
居酒屋兼宿屋。エルディー大河の河口近くにある港のそばにある店。港にやってきた船乗りたちの集うところである。綺麗所の評判の歌い女が落ち着いた歌を唄う。言わば船乗りたちの止まり木といったところだろうか。店主も元船乗りで1メートルもの長さの髭をたくわえている。いつもの顔を見ると『近頃の風はどうだい』と尋ねてくる。しかし宿とは言っても個室もあることはあるが、たいてい大入りなのでハンモックで眠ることになることが多い。
シュネイス未亡人の下宿屋
品の良いシュネイス未亡人の丁寧な応対が評判。宿賃の後払いや夜の急な要求にも応じてくれる。食事も作って貰うことができるし、洗濯も頼めばしてくれる。部屋がたくさんありシングル、ダブル、相部屋が揃っている。未亡人はかなりの噂好きで町中のいろいろな出来事について詳しく知っている。未亡人には子供もいないうえ比較的に若いためその方面でも人気があるが、あまり未亡人に相手にして貰えないようだ。
コト武器屋マルダン本舗
武器屋。頑固一徹、武器一筋でやって来た。遠く離れた区々に支店を持つ。武器の修理もやっていて、店の裏には小さめの鍛治場がある。主人はいつも武器を磨きあげることに熱中している。特注で剣も作っていて、いろいろなわがままを聞いてはくれるが、主人によれば芸術的感性とやらが働いて客の好みとは少しばかりズレるらしい。
代書屋カラパラ
文字を書けない人や文字をもっと綺麗に書くために言葉を美しい文字で書き上げる店。注文に応じて恋文につける詩や挨拶文なども承るという。どのくらい詩的感性を発揮するのかを指定しないと、とんでもなく古風な雅文に仕上がってしまう。主人によれば自分の恋文で落とせなかった女性はいないという自慢の文才である。しかし当の本人たる依頼人にそぐわない風流を尽くされても、これまた迷惑であろう。
世界設定Δορουπディエラ地方 隆見ヲサム @Wosam
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