第6話

半年経つのはまさに瞬きをするような早さだった。


晶は男がいなくなったからといって、二年半続けた生活習慣を変えることはしなかった。

毎朝太陽公園を走り、食事をとる。

空いた時間には様々な知識や情報を自ら求めたし、積極的にそれを自身が作り出すモノたちに昇華させていった。

変わったことといえば、男が毎食用意していた食事がなくなり、コンビニのおにぎりやパンといった簡素なものに変わったくらいだった。


相変わらず翔也は精力的にバンドを推し進めている。

見境がない、プライドがない、と揶揄されることもあった。

しかし、形振り構わず行動したおかげで、今日晶たちは大きなチャンスを迎えようとしていた。

とある有名なレコード事務所のオーディション。コンテスト形式で行われる。事務所もかなり力を入れているようで、決勝戦は全国的にテレビ、ネットで配信される。

優勝すれば事務所に所属、事務所主催の大晦日のフェスに出演決定等々、音楽だけで生活するための第一歩が確約されるのだ。

晶達はそのオーディションに参加し、決勝戦まで残ることが出来た。

今日はその収録日だ。


晶はギターを念入りに点検し、長く伸びた髪にも念入りにワックスをつけた。

大きく深呼吸し、家を出る。


と、開けたドアの先に男がいた。


「な……んで……。」


晶は大きく目を見開いた。

その様子に男は満足そうに頷いた。


「諦めたのではなかったのか……とでもいいたげですね。」


男は自身の細い指で晶の顎を軽く持ち上げると、晶の瞳を覗き込んだ。

男の指は氷のように冷たかった。


男は不器用に微笑んだ。


ーー殺される?


ーーこんな時に?


ーー嫌だ。


ーー嫌だ。嫌だ。


ーー嫌だ。嫌だ。嫌だ!


晶は我に返り、男の手を振り払うと、外に向かって走り出した。


(嫌だ、嫌だ!これからなんだ、今からなんだよ!)


晶は振り向かない。

ただただ、全速力で走った。


人がいるところに、行かないと。


人がいれば、きっと男も派手な真似はできないはずだ。



呼吸が乱れる。視界が霞む。


痛いほどに全身の血管が開いているのを感じる。


足が引き攣れる。


速度はどんどん落ちていく。


それでも、全身を引きずるように前へ押し出していく。




どこをどう走ったのか、遠くに目的地のテレビ局が見えた。


入り口には見覚えのあるピンクの髪が揺れていた。


「しょ……翔也ー!!!」


晶は残った力を振り絞り、声を張り上げた。

翔也は振り向く。晶を見つけ、手を振ろうと腕を上げた瞬間。


晶の視界から翔也が消えた。


晶の身体は紙切れのように宙に浮いていた。


最後に見えたのは、大型のトラック。

顔を真っ青にした運転手。泣きそうな顔で走り寄ってくる翔也の姿。

そして、無感情に晶を見つめる男の姿。


(……ハハ、そんなのアリかよ。)


晶の視界は暗く染まっていた。



晶の元に、男が立つ。

晶の身体を、抱き上げている翔也には男の姿は見えていないらしい。

男は晶の心臓のあたりに手を差し入れる。

衣服どころか、皮膚や骨なども存在しないかのように男の手は音も立てずに晶の身体の中に入っていく。

やがて男は、小指の爪ほどの大きさのエメラルドグリーンの石を晶の身体から取り出した。

男は愛おしそうに石を掲げると、石に語りかける。


「私が、こんなに美しい貴方を殺すだなんて心外ですね。

最初に言ったではありませんか。



貴方に許された時間は三年だと。」


男は晶の死体をおいて、その場を立ち去る。

その顔には不器用な笑みが浮かんでいた。

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約束の魂 @pinot

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