【ЯGW 4】Re in Carnation
竹千代
人生最後の日に愛を謡う
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想像以上に勢いよく開けてしまった扉。口をついて出てしまったりりすの名前。そんな光景に、店内の視線が一度に集まる。
「えっと……」
しかし只野はそんな視線よりも、もっと目の前にある光景に思わず声を漏らした。
まるで只野が入ってくるのを待っていたかのように、入り口のところに男が二人。猫カフェには似合わないスーツ姿の彼らが、お客様でも従業員でもないことは只野の目から見ても一目瞭然だった。
「只野 人志さんですね?」
「そ、そうです……けど」
どうして名前を……?と、只野は事実を肯定しつつも疑問符を浮かべた。そんな様子の只野に対し、スーツの男たちは胸の内ポケットからあるものを取り出した。
「わたくし、こういうものですが」
そう言ってパカリと開かれた二つ折りの小さな手帳。その中から姿を見せる身分証と金色に飾られた記章は、まるでテレビドラマを見させられているようだった。
そして自分の思考回路が機能し始めると同時に、それがいったい何なのか、只野は一瞬にして理解させられた。
「実は、この店の従業員の一人からストーカーの被害届がありまして。只野さんには署で詳しく話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
丁寧な言葉には不相応な強い口調が只野の心を脅かす。
なぜ自分がそこまで怯えるのか、只野自身もその理由は分かっていないようだ。ただ、自分を見据えるその正義感にあふれた強い眼差しが、自分の頭皮を焼くような感じがして堪らなかった。
「ご一緒に、よろしいですね?」
「ちが……自分は……」
声にもならないような声で弁明しようとして、それでも言葉に詰まる。
思わず只野は店の奥にいた少女、神代りりすに視線で助けを求めたが、りりすは只野からふいっと視線を逸らすだけだった。
・ ・ ・ ・ !
「只野人志さん、48歳独身で誕生日は今日……と。定職にはついておらず、前科は特になし」
「はい……」
刑事の言葉に、只野は小さく頷いた。
「まぁ今回は被害者の方が大事にはしないで欲しいといのことなんで、厳重注意ということになるんですが、今後はこのようなことがないよう気を付けてください。只野さんの場合、年齢もいってますし、社会的な証明もできないんで、もしそうでなくてもストーカーと疑われることもありますので」
そう吐き捨てられた刑事に軽く会釈をして、只野は警察署の外に出た。
10時間近い取り調べと事情聴取を終えた身体は、一歩歩くたびにいたる所が軋みを上げる。
この世界の神様はいるのだろうか?
もし神様がいるのなら、どうして自分をこんな醜い姿で生んだのだろう。どうしてこんな辛い人生を歩ませるのだろう。
せめて、あと20年遅く……りりすたんと近く生まれていたら。そんな言葉を一篇に吐き出すように、只野は黒い空に息を吐いた。
りりすとの出会いは運命だと感じた。同時に、それは決して交わることない運命だとも理解していたつもりだった。
それでも、一度でいいから話してみたかった。自分のこの気持ちを、りりすたんに知ってほしかった。
見ているだけでよかったのに、そう望んでしまった。だから罰が当たってしまったのだ。どうやら神様は自分のことがよっぽど嫌いらしい。
そんなことを思いながら、只野は駅へと足を進めていく。
「今日はりりすたんを見てもう帰ろう……」
りりすはいつも20時半にバイトが終わる。それを知っていた只野は20分ほど歩き、駅の近くにある公園のベンチに腰を下ろした。そこは猫カフェから帰るりりすが良く見える、只野だけが知っている特等席だった。
只野がおもむろに携帯の電源を入れる。20時過ぎを示す待ち受け画面のウィジェットと、いつも通りの見慣れた待ち受け画面が只野の瞳を照らした。
りりすたんを見るにはいい時間だ。そう感じると同時に、少し切なくなった。
「ハッピーバースデイ、俺」
只野はぽつりと呟いた。
それから只野は30分ほど待ったが、目の前の道をりりすが通ることはなかった。普段ならもうとっくに帰っていてもおかしくはない時間だ。
もしかして、自分が店に行ったせいだろうか?いや、GWだから店が混んでいるだけかもしれない……。
そう思いつつも、只野は今りりすがどこで何をしているのか、その知りたい欲求を抑えることができなかった。
「ちょ……ちょっとだけ……」
只野が自分に言い聞かせるように言葉を発する。
「覗く……だけ……」
ごくりと、只野は意を決したように固唾を飲んだ。そして、ベンチから立ち上がっり、りりすが務める猫カフェへと歩き出した。
公園から10分ほどで着いた猫カフェはCLOSEと可愛い文字で彩られた木の札がかけられていた。当然、電気は消えており、店内に人の気配はなかった。
が、只野はすぐにその違和感に気付いた。
店の前に置かれた幾つかの猫用ケージ。その中にあったピンクのケージ、それは紛れもなく、りりすが飼い猫を運ぶときに使うものだった。
「りりすたん……?」
まだいるのかもしれない……。
そう思ってしまった。
ダメだ。と言い聞かせつつも、只野の腕は猫カフェのドアに触れる。
大丈夫。きっと鍵は掛かってる……。開くわけがない。
そう自分を合理化させ、ゆっくりとドアノブを回した。
キィ……とドアが軋む。
鍵は掛かっていないようだった。
「り……りりすたん……?」
そう呟きながら、只野が店内へと足を踏み入れた。
その瞬間、むわりとした湿気と異様なまでの生臭さに、只野は思わずその場で豪快に
態勢を保とうと咄嗟に動いた足が何かを踏んづけた。そのぬるっとした感覚は足を通って身体中に伝う。水とは違う……もう少し粘り気のある液体となにか。
普段何にも使えない頭が、こういうところで無意味に解を導き出す。
違う……。違う……。
自分自身を否定しつつ、只野は震える手を必死に抑えながら携帯のライトを点けた。
来るべきではなかった……。そう後悔した時には、ライトを点けたままの携帯は既に只野の手から抜け落ち、赤く染まった床に打ち付けられていた。
「あ……ああ……っ。嘘だ……りりす……た――」
そこで只野の意識は途切れた。
次に意識を戻した時、只野の携帯の待ち受けには『誕生日おめでとう』と表示されていた。
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