超不機嫌な暦【瓜谷小明】

 朝から暦は不機嫌だった。誰がどう見ても、不機嫌としか言いようがないほど、感情を露わにしていた。


 担任の先生すら、祟らぬ神になんとやら、と言わんばかりに暦から視線を逸らし、それを見倣ってかクラスメイトも暦を視界から外そうとしていた。


 だが、耐えきれず時々一瞥を寄越しては、すぐに逸らしてしまい、それがかえって居心地悪そうにする。その繰り返しだった。


 はっきり言ってクラスの中の空気は悪い。

 その様子を瓜谷は魅瑠と辟易しながら一緒に見ていた。

 朝だけならまだいいが、昼を過ぎ、HR直前になってもこの調子だ。


 これには瓜谷と魅瑠もお手上げ状態だった。たまにどうにかしてくれ、とクラスメイトからの無言の訴えが聞こえてきたが、これは二人も放置するしかないと匙を投げていた。


 こりゃ藪蛇っていうやつだよねぇ、と魅瑠が言った言葉を全肯定している現状、瓜谷も今は突きたくないというのが正直な感想だ。


 だが、暦がこうも不機嫌になったのは自分も責任の一端がある。だから今日は、クラスメイトと暦の間に挟まるクッションの役割を果たした。


 一方の魅瑠は暦とできるだけ接せず、だがクラスメイトに仲違いしたと勘違いされないよう、つかず離れずの距離を保っていた。


「明日もこの調子かもね~」

「そうね」


 魅瑠の懸念に瓜谷も頷く。

 原因は咲夜なので、咲夜がどう動くかで暦の機嫌は左右される。


 だが、咲夜になんとかしてくれ、と頼むのは野暮だ。咲夜は咲夜なりに暦から自立しようとしている最中だ。そこを横槍入れるのはいかがものか。


(周りがなんとかしないといけないのが、面倒臭いわね)


 暦は自分で自分の機嫌を取れるほど、大人ではない。だから周りが機嫌を取らなければしばらくはこのままだ。


 そしておそらく暦も、そこは自覚している。

 だったらクラスメイトが気を遣うほ負のオーラを出すな、と言いたいところだが、暦も感情が制御しきれず余計に苛々しているだろう。


 だから指摘は却ってしてはいけない。


「今日は突かない方向でいきたいんだけどぉ、明日の昼になっても続くんなら、あえて突いたほうがいいかもねぇ」

「いいえ、放課後に突く」


 瓜谷の返答に魅瑠が少し目を見開いた。


「その心はぁ?」

「面倒臭いからとっとと終わらせたい」

「それは同感だけどぉ。なんかあかりんらしくないっていうかぁ」


 不思議そうな顔をする魅瑠に、瓜谷は神妙な面持ちで。


「そうね」


 と、肯定した。


「ほう? あっさりと認めるんだぁ。なんか理由があったりする?」


 責任は私にあるから、と滑らせそうになり呑み込んだ。


 いつもの自分ならしばらく様子見と傍観するだろう。だが、さすがに傍観してはいられない。


 自分が焚きつけた以上、二人の関係が拗れないようにサポートをしなければならない。だから動く。


 それを言ったら、何言ったのと訊かれるだろう。魅瑠はそんなに根掘り葉掘り訊かないだろうが、うっかり口を滑らせそうだから、少し言葉を選んでから答えた。


「丹羽の親離れを手助けしないとって思っているだけ」

「つまり、ついでにこよみんの子離れを促すと?」

「結局はそうなりそうね。ていうか、魅瑠もあの二人のこと、子離れできない親子って思っていたのね」

「あはっ」


 魅瑠は軽く笑ったあと、続けて言った。


「魅瑠もねぇ、あの二人はなんか依存しているなぁって思っていたよ~。だって最近のこよみん、魅瑠に嫉妬しているみたいだしぃ。その理由が、さっくんがこよみんに秘密にしていることを魅瑠に話しているっぽいっていうやつだと思うしぃ。まあ、さっくんはこよみんに比べて依存はしてないかな? こよみんが将来心配になるくらいに依存しているっぽいねぇ」


「わかる。丹羽の恋人か結婚相手の粗を探しそう」

「それな~! ま、そういうことだからぁ、魅瑠はどうもできないけど、あかりん、頑張ってねぇ」


 と、軽い応援を貰ったあと、担任が来たのでその場は解散した。

 HRが終わり、魅瑠はそそくさと去ってしまった。


 魅瑠に押し付けられたような形になってしまったが、それは仕方のないことだと呑み込む。


 魅瑠の憶測通り、暦が魅瑠に嫉妬しているのなら魅瑠が首を突っ込んでも火に油を注ぐだけだ。

 分かっているが少し恨めしい気持ちになる。


 だが、その分咲夜のほうは魅瑠がなんとかしてくれるだろうから、これは共闘だと思うことにする。


 咲夜が暦に言っていない秘密を魅瑠に言っているのは、多分当たっている。だから咲夜に関しては魅瑠が適任だ。


 だから自分は、暦を担当しよう。

 そう決意し、瓜谷は自分の席に座り込んだまま、不貞腐れている暦に話しかけた。


「暦」


 声をかけると、暦は鬱陶しげに瓜谷に視線を投げる。その態度にイラッときたが、わざと咳き込んで苛つきを抑えつけた。


「ほら、帰るわよ」

「部活あるからまだ帰らない」

「今日は部活に行くつもりなんてないでしょ」


 突っ込むと、暦は視線を逸らした。

 溜め息をついて続けて暦に宣言した。


「あなたが帰るまで動かないわよ」


 また暦が視線を寄越してきた。半眼でこちらを見据える暦の目をジッと見つめ返して数秒後。観念したのか、盛大に溜め息をついて、暦が渋々と席を立った。


 なにも言葉も発さず、鞄を肩に掛けさっさと扉に向かう。瓜谷に一声も掛けず、目も合わせようともしない。


 過去一番の不機嫌だわ、と心の中で溜め息をついて瓜谷は暦の後を追いかけた。


「……一緒に帰るなんて言ってないけど」


 暦が振り返り、瓜谷を軽く睨め付けながら低く言い放つ。

 瓜谷は怯まず、しれっと答えた。


「勝手についていくだけよ」


 数秒間、視線だけの攻防戦が続く。やがて暦は視線を逸らし、無言で教室を出て行った。

 瓜谷は改めて暦の後を追った。

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ビューティフル・デイズ【BL】 空廼紡 @tumgi-sorano

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