母は、強し。最強なのは、勇者でも魔王でもなく母ちゃんでした。

風花猫

第1話

ある日、エルス王国の片田舎でしかないソンケル村に魔王が現れた。

この情報はすぐに、鳩便で国王のもとに届けられる。

その鳩便を目にした国王は、征伐隊を組織して向かわせると、

御触れを出したが、なんせ王国のはずれのド田舎。

道が整備されているはずもなく征伐隊は、カメの歩みのようにのろかった。


そんな中、魔王がいようがどうしようが、

村人たちには関係なく農作業に精を出している。

魔王は、そんな村人たちに怒りもあらわに咆哮を繰り返した。

怖がる様子もなく、戦いを挑んでくるわけでもなく、

ただただ村人たちは農作業を繰り返す。

しかも、少々うるさいと思いつつも咆哮のおかげで

イノシシなどの獣が寄ってこないと、村人たちは喜んでいた。


そんな中、魔王の出現からしばらくして、

勇者としての使命に目覚めた少年アルス。


そんな彼の前に天から聖剣エクスカリバーが降りてきた。

彼がその剣に触れた時、光輝く乙女を見た、と村の子たちは口にしていたが、

あいにく彼の家族である母は、その様子を見ておらず

また新たな遊びを見つけたのだと思っていた。


勇者として目覚めた少年アルス、母に


「母ちゃん、オラは魔王退治をするべきだ。今から行ってくる。」


そう告げ、外に飛び出していった。

そんな少年の背中に母ちゃんは一言


「日が暮れる前に帰ってくるんだよ。夕飯に遅れたら承知しないよ。」


危機感ゼロの声をかけるのだった。


そんなこんなで数日、相変わらず魔王の咆哮は獣除けとして活躍中だった。

少年勇者アルスも毎日魔王に挑んでいた(本人談)が、

剣を引きずるだけで持ち上げることさえできないのだった。

なんせ6歳の少年、聖剣エクスカリバーは彼には重すぎた。

そして、国王が派遣した討伐隊も遅々として進まず、いまだ到着しないのだった。


今日もいつもと変わらず母ちゃんの


「日が暮れる前に帰ってくるんだよ。夕飯に遅れたら承知しないよ。」


の声が響くのだった。


夕暮れ。


もはや日課と化した咆哮と、剣を引きずるザリザリという音。

だがその日は、いつもと違っていた。

やっと討伐隊がソンケル村に着いたのだ。

到着した討伐隊は戸惑いを隠せなかった。

咆哮は大きいがどう見ても子供としか思えない魔王の姿。

そして明らかに聖剣と思われる剣を引きずる6歳ぐらいの子供。


だがそこは、王が編成した討伐隊。

隊長は優秀な人だった。

どうみても子供にしか見えなくとも、魔王は魔王だ。

いざ尋常に勝負とばかりに、剣に手をかけたその時だった。


「何やってんだい、アルス。日が暮れる前に帰るように言っただろ。

飯抜きにされたいのかい。それとこの子は誰だい?

遅くならないうちにあんたも家に帰りな。」


やってきたのは、アルスの母ちゃんだった。


「われは、魔王だ。」

「母ちゃん、危ないよ。魔王だよ。」

「奥さん危険です。魔王なんですよ。」


三者三様に、母ちゃんに魔王であることを伝えようとする。


「マウていうのかい。アルスと遊んでくれてありがとよ。早く帰りな。」


「いや我は魔王。帰る家なぞない。」


「なんだい、家がないのかい。親とはぐれでもしたのかい。

仕方ないね、家に来な。さぁ暗くならないうちに帰るよ。」


「いや、奥さん、だからその子、魔王。」隊長は必死に伝えようとする。


「ところで、あんたたち誰だい?」


やっとこっちを見て話を聞いてくれると期待した隊長。


「我らは、国王より遣わされた、この国の精鋭を集めた征伐隊の・・。」


隊長が、にこやかに胸を張って告げる言葉は、しかし母ちゃんによって遮られる。


「ちょっとお待ち!誰だい畑をこんなに踏み荒らしたのは、

あんたたちかい!せっかく畑を均ならしたのに何てことしてくれたんだい。

種まき前だからいいものの、あんたたち今日はここで野営かい?」


隊長は、母ちゃんの迫力に負け、言葉を発することもできずコクコクと首を振る。


「あんたたち明日、鍬と鋤を持ってくるから畑を元に戻しとくれ。

わかったかい。」


もはや隊長に精鋭の面影もなくうなずくばかり。


「朝、早いからね。しっかり働いてもらうよ。いいね?返事は?」


蚊の鳴くような声で「ハイ。」と答える隊長。


「声が小さい。アルス!」


「ハイ、母ちゃん!」


「子供でもこれだけの声が出るんだ、大の大人くせに腹から声だしな。」


「ハイ!」もはや、やけくそに近い隊長の返事だった。


「やればできるじゃないか。あんたたち逃げ出したりしたら承知しないからね。

さぁアルス、マウ帰るよ。今日は、ウサギのシチューだ。ごちそうだよ。」


「やった。母ちゃん腹減ったよ。魔王でもなんでもいいや。

一緒に行こう。それにしてもこれ重いや。」


「なんだい、おもちゃにしては重そうだね。危ないから置いていきな。」


哀れ聖剣エクスカリバーは、道端に置いて行かれる。


「あぁ、あんたたちそれ明日帰る時に持っていっておくれ。

子どもには重いだけだし邪魔だよ。」


「聖剣が・・・。」


隊長の声はもはや母ちゃんの耳には届かなかった。


そして今日も獣除けにと、決められた時間に魔王の咆哮が響き渡る。

間の時間にはアルス少年と遊ぶ魔王の姿が見られるのだった。


そして、聖剣を持ち帰った隊長は英雄として名を馳せることはなくなぜか、

「カアチャン」という名の英雄の名前が広く知れ渡るのだった。


「アルス、マウ帰るよ。」


「はーい。」


今日も、ソンケル村は平和だった。





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母は、強し。最強なのは、勇者でも魔王でもなく母ちゃんでした。 風花猫 @nii31ban

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