終章

「光沢、昨日のことなんだけど」


 翌日、学校に行ったら、いつもの調子で冴子が話しかけてきた。眉をひそめて俺をにらみつけている。


「私、気がついたら女子寮にいてさ。また記憶ないんだけど。私に何したの?」


「何もしてないって。無事に帰ってこられたんだから安心して人生を謳歌しな」


「何よそれ?」


「吸血鬼に血を吸われた跡が身体に残ってたか?」


 俺の質問に、冴子が少し黙った。


「――実は私も不安になって、自分で全身を調べてみたけど、何もなかった」


「じゃ、いいだろが」


「そうかもだけど」


 冴子は眉をひそめたままだった。


「でも、記憶ないのって不安になるのよ」


「安心しろ、これからは、当分そんなこともないと思うから」


「なんで?」


「ただの勘だ。ところで青田先生を見たか?」


 俺は話を変えた。冴子がキョトンとする。


「青田先生って誰?」


「なんでもない」


 なるほど、こうなってるわけか。さすが魔族だな。俺たちのように、局所的な記憶の消去だけじゃない。根本的な歴史も改竄できるとは。


「おはようございます。光沢さん」


 考えてる俺に声をかけてくる女子がいた。沙織である。うまく牙を隠蔽しながら俺に笑いかける。


「本日も、よろしくお願いします」


「おう、そういうことで――?」


 言いかけ、俺は沙織のそばに立っている女子に気づいた。ダイアナである。


「えーと」


「これから、この学校に通うことになった」


「わたくしの家で雇った用心棒です」


 沙織が笑顔で説明した。


「ほら、世のなか物騒ですし。それで、学歴を聞いたら、高校には通っていないそうなので、通わせることにしました」


「へえ」


「もちろん、このクラスにはわたくしが転校しましたので、ほかのクラスに転校していただくことになると思いますが」


「そうだろうな」


 うなずいてから、俺は沙織に顔を近づけた。


「リリスは?」


 小声で聞いたら沙織が苦笑した。


「リリスは、デイウォーカーではありませんので」


「あ、そうだったな」


 俺たちが昼間も行動できるから忘れてた。


「何話してるの?」


「なんでもない」


 妙な顔をして聞いてくる冴子から俺は目を離した。ダイアナが、俺たちに軽く一礼して教室をでて行く。自分のクラスがどこか、職員室まで聞きに行ったんだろう。


「どういうことがあって、あんな、アメリカ人みたいな、イギリス人みたいな人と知り合ったわけ?」


 冴子が俺に質問してきた。なんだか興味部下そうな顔つきである。そういえば、こいつは新聞部で、俺に付きまとってるんだった。


「ま、いろいろあってな。外国人だけじゃない。吸血鬼や魔族にも知り合いがいるんだぞ」


「何それ? 馬鹿にすんな、馬鹿」


「信用しないなら好きにしな。その代り、もう俺は何もしゃべらない」


「なんでよ?」


「言っても信用されないなら言う必要ないだろが」


「おい先生きたぞ」


 誰かの声が聞こえた。それを合図に俺たちは会話をやめ、席について行く。吸血鬼が跳梁し、休戦協定を無視した魔族と魂を賭けた殺し合うのは夜だけの話だ。いまは違う。


 俺はのんびりと、平和な昼間を――人としての生活を満喫することにした。

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俺はドラ息子 渡邊裕多郎 @yutarowatanabe

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