終章  魔王族と血の儀式・その2

「カトリーナの件とかね」


 沢田先生の言葉に俺はうなずいた。二〇〇五年、バハマ諸島で保護された、ダークネスウイングの血をひく少女、カトリーナ・ギボンズ。『レギオン』バハマ支部で検体検査に参加したが、結果は悲惨なものだった。彼女の死と同時に発生した巨大台風はアメリカ南東部を襲って六〇〇億ドルもの被害をだしている。その後、その台風は彼女の名前をつけられた。


「――それで、このような、とても強い剣を振るっていたのですね」


 ミレイユが、俺のそばに転がっている、折れた長剣の先を手にとった。


「絶対に折れないように。あくまでも剣を振るい、魔王の力を使わずとも、戦えるように」


「あー、そういえば、折れちまったんだよな」


 俺は沢田先生のほうをむいた。


「直せますか?」


「あなたが寝ている間に問い合せておいたわ。御魂斬りはライブメタルだから、特殊なワックスを塗ってくっつけておけば勝手に自己修復するって。ただしワックス代は一千万円」


「俺が払うんですか?」


「折ったのはあなたでしょう。それから、霧島くんの剣だけど、いま、『レギオン』フランス支部にサン・ジェルマンて人がきてて、自分なら直せるって言ってるわよ」


「いくらですか?」


「やっぱり一千万円」


「――ま、ゼロからつくるよりはましか」


 これで俺の借金は五千万になった。


「なるべく早く修理してもらうようにお願いします」


「わかったわ」


「霧島さんの、魔王族の力を制御する方法はないのでしょうか?」


 ミレイユが訊いてきた。相変わらず、俺の剣をいじっている。


「あったら、とっくにやってる」


「セイラさんは、わたくしの血肉を口にすれば、純粋な魔王族の器や素養が手に入るとおっしゃっていました」


 ミレイユが沢田先生のほうをむいた。


「そういう方法は通用しますか?」


 沢田先生が少し考えた。


「前例がないから、なんとも言えないわね」


「そもそも、血肉をわけ与えてくれる魔王族なんて、いるわけがないだろうが」


「それはどうでしょうか?」


 ミレイユが、このとき、とてもいたずら好きな、うれしそうな笑顔で俺を見た。


「霧島さん、こっちをむいてください」


「はん?」


 俺が返事をして顔をむけた瞬間、ズボッと口のなかに何かが入った。少しして気づいたが、これはミレイユの指である。なんか変な味がした。


「わずか一滴でも、少しは効果があると思います」


 ミレイユが笑顔で俺の口から指を抜いた。指先に赤い点が盛りあがっている。


 ミレイユの血だった。


「さっき、少し傷つけました」


 よく見たら、ミレイユは、まだ俺の剣の折れた先を持っていた。それで自分の指を突いたらしい。俺はミレイユの血を舐めとったのか。


「ああ、ありがとうな」


 ま、気休めだろうが、ないよりはましだろう。ミレイユの指先の血が止まる気配はない。


「ヒジリ、絆創膏あったか?」


「探してくる」


「ミミミミレイユ姫様! 本気なのですか!?」


 ここで、いままで黙っていたファリーナが青い顔で訊いてきた。ミレイユが笑顔で答える。


「本気です」


「何がだ?」


「何がですか?」


 訳がわからず、俺と宮古が訊いた。ミレイユが笑顔のままでこたえる。


「これは、わたくしの一族の血の盟約の方法なのです。ほかの魔族を、我が魔王族の一員として受け入れるとき、あるいは、わたくしの身辺を守る騎士に任命するときに」


「はあ!?」


「そういうわけで、霧島さんには『レギオン』をやめていただきます。これからは、私の騎士として行動していただきますので」


「ちょちょちょちょっと待ってくれよ。俺には借金が」


「わたくしが代わりに払っておきますが?」


「待ってください。霧島くんはあたしと結婚する運命なんです。そんな、騎士だなんて」


 あわてて宮古が言ってきたが、ミレイユの表情は変わらなかった。


「盟約を交わした以上、もう後戻りはできません。霧島さんが断るようなら、私の国の魔族が霧島さんを制裁しにかかりますが」


 とんでもないことを言ってきやがる。ファリーナが渋々という顔でうなずいた。


「ミレイユ姫様がおっしゃるなら、仕方がありません」


「仕方がないじゃないです!」


 宮古が仁王立ちになった。その気配が見る見るうちに竜人族のそれに変化していく。同じくミレイユも立ちあがった。


「霧島さんは、もうわたくしのものですが?」


「勝手にあんなことやって、自分勝手すぎます! だったら、あたしも自分勝手に霧島くんをとっちゃいます!!」


 ミレイユの全身から紫色の光が生まれだした。あの結界術だ。同時に宮古の口から紅蓮の炎が生まれはじめる。くそ、悪意ある異物を追っ払って清々したと思ったら、今度はこのふたりが喧嘩かよ。


「こんな家のなかでやめろ。つか、沢田先生――」


 止めてもらおうと沢田先生の方をむいたら、白い霧が立ち込め、一瞬にして晴れていった。すでに沢田先生の姿はない。面倒になると思って逃げやがったな!


 轟!! と音を立てて宮古が紅蓮の炎を吐きだした。ミレイユの結界術に弾かれて方向を変えた炎が天井を丸焦げにする。


「やめろー!!」


「霧島さんは、わたくしのための魔王族として、騎士として行動してもらいます!!」


「そんなの駄目よ! 霧島くんは勇者なんだから! あなたのものじゃないんだから!!」


「どっちも冗談じゃねえよ!!」


 俺は絶叫した。


「俺は『レギオン』の、ただのソードファイターだ!!」

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勇者レギオン 渡邊裕多郎 @yutarowatanabe

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