終章  魔王族と血の儀式・その1

「あ、目が覚めた?」


 目をあけたら、ヒジリのオートマトンが俺をのぞきこんでいた。


「あぶなかったねー」


「俺もそう思う。つか、よく生きて帰ってこられたな。あれからどれくらい経った?」


「霧島が部屋をでてから、だったら、だいたい二時間」


「そうか」


 言いながら、俺は身体を起こした。寝ていたのは布団のなかである。軽く見まわしてみたが、ここは俺の部屋だ。宮古と、ミレイユと、ファリーナと、それから沢田先生もいる。その沢田先生が俺を見てため息をついた。


「何があったのか、説明してくれる?」


「ひい爺さんの聖遺物の御魂斬りで切りつけられて、俺の心の封印がぶっ壊れました。それで、俺のなかのゴールデンホーンの血をひく魔力がでて、そのまま暴走しかけたんだけど、今度はミレイユが御魂斬りで切りつけてくれて、それでゴールデンホーンの血をひく魔力がおとなしくなりました。少なくとも、俺の記憶ではそういうことになってます」


 簡単に言ってから、俺は布団の隣に、へし折れた御魂斬りと、俺の長剣が転がってることに気づいた。


「夢じゃなかったんだな。セイラは?」


「その聖剣で斬りつけられて、大怪我をしましたが、滅びてはおりません。トリナという魔族がつれ帰りました。当分はこないと思いますが、覚えておけと言っておりました」


「あそ」


 ミレイユの説明に返事をし、それから俺は周囲の視線に気づいた。事情を知っているヒジリと沢田先生以外の目が俺を凝視している。


「説明が必要か?」


 俺が聞いたら、宮古もミレイユも無言でうなずいた。


「二〇年くらい前、ゴールデンホーンが人間に擬態して日本にきたんだ。どうも、アメシストアイズに頼まれて、勇者の一族にちょっかいをかけたかったらしい。アメシストアイズも“見込まれた”とか言ってたからな。――いま考えると、自分も休戦協定に調印して、大っぴらに敵対行動をとれないから、こういう手できたんだろう。で、身分を偽って、勇者の子孫だった俺のお袋と一緒になった。俺が五歳のときに、ゴールデンホーンは自分の正体を明かして、笑って魔界に帰っていったよ」


 ミレイユと宮古は、黙って俺の話を聞いていた。


「そのすぐあと、お袋も俺を施設に預けて行方をくらました。別れの言葉が想像できるか? 『おまえたち魔王族に騙された。おまえのおかげで勇者の血筋は汚れた。おまえなんか生まなきゃよかった』だとさ。泣きながら怒鳴りつけられたよ。被害者なのは俺も同じだってのに。子供心に、恋愛っていうのはつくづく恐ろしいもんだって思い知った」


 いったん話を区切って、俺は宮古とミレイユを見た。


「で、そのとき、まだ大学生だった沢田先生に拾われるみたいになって、俺は『レギオン』で訓練を受けてソードファイターになった。俺が勇者申請をしないで、ソードファイターで落ち着いてるのはそれが理由だよ」


「――それで、霧島くんは恋愛が嫌いだったんだね」


 宮古が小さく言った。


「そして、だから、あたしは霧島くんが好きだったんだね。どこかで、霧島くんが、とっても強くって、普通じゃないくらいワイルドなんだって、わかってたんだね」


「魔王族って、どいつもこいつも暴力的で口が悪くて無茶苦茶なことをやる連中だと思っていた。――以前、このようなことをおっしゃっておりましたわね」


 これはミレイユの言葉だった。


「あのとき、わたくしは誤解しておりました。あれは魔王族を愚弄していたのではなく、自分自身を卑下していたのですね」


「その辺の判断は任せるよ」


「ですが、それは間違っていると思います。魔王の血をひく勇者がいてもいいではありませんか」


 ミレイユはさらに言葉をつづけた。


「先祖の素性など、霧島さんとは無関係でしょう。霧島さんは霧島さんです。むしろ、それほどの力を持つ勇者がいれば、『レギオン』も心強いかと思いますが」


 やっぱり誤解しているらしい。言いたくはないが、俺は最後まで説明することにした。


「これは、秘められた力が覚醒したとか、そんな格好のいい話でもなんでもないんだよ。魔王族と人間の混血は魔力を制御できないし、暴走すれば基本的に七二時間で死ぬ。簡単に言うなら、メルトダウンを起こした原子炉と同じだな。ゴールデンホーンは人間界に爆弾を置いて行ったんだ」


 俺の説明に、ミレイユも宮古も表情を変えた。


「え、それじゃ」


「まさか、霧島さんも――」


「俺は御魂斬りのおかげで、暴走してる心まで折れた。おかげで帰ってこられたんだ。ま、これは珍しいケースだろうけど。そうじゃなかったら、いまごろ関東地方くらいは蒸発してる」


「珍しいも何も、魔王族と人間の混血が暴走して帰ってきたなんて、私が知る限り、はじめてのケースよ」


 沢田先生が言う。俺はよっぽど運がよかったらしい。俺はミレイユと宮古を交互に見た。


「これは俺の個人的な意見なんだけど、魔王族の力は、人間の手では扱えないものなんじゃないかって思う。そもそも、第一次異世界大戦も、米軍が魔界の扉をあけようとして失敗したのが幕開けだったし」


 あらためて、俺はミレイユにむきなおった。


「魔王族は、身体の内に魔界との門がある。ほかの魔族とは違い、常に魔界からの魔力が供給される。――前に言ってたよな?」


「はい」


「それと同じ門は俺の身体のなかでも眠っている。ただ、一度暴走すると、とにかくとめられないんだ。俺の身体を通路にして、魔力が無限に放出されちまう。悪意ある遺物は俺だけじゃない。そういう魔王族と人間の混血が魔力開放をすれば、天変地異並みの大騒ぎになるんだ。無理に扱おうとして失敗した例もあるしな」

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