第六章 悪意ある遺物・その6

「そんな――」


 セイラが御魂斬りを構えながら飛び離れた。追おうとはせず、右手をあげる。


 オレが手にとったのは、頭頂から生えていた角だった。べきり、と音を立てて折る。


「ふん、こんなものか」


 オレは構えた。剣の代わりとしては、まあ使えるほうだろう。折った角など、またすぐ生え変わる。オレはセイラに角をむけた。


 軽く駆けただけで、セイラとの間合いはゼロに縮まった。セイラの構えた御魂斬りに廻し蹴りを入れる。さすがに堅いな。なんとか折ったが、オレの足も折れた。かまわず、セイラの腹に角を突き立てる。


「がは!」


 セイラが折れた御魂斬りから手を離し、鮮血を吐いて身体をくの字に折った。そのまま倒れこもうとするのをオレがひきずり起こす。折れたオレの足は、もう復活していた。


「ふん、大した生命力だな。おまえもなかなかじゃないか」


 オレはセイラの顔を凝視した。セイラの赤い瞳が呆然とオレを見つめている。


「なぜ、あなたのような悪意ある遺物が、ミレイユみたいな純血の魔王族のために」


 ふざけたことを言いかけたのでぶっ叩いてやった。セイラが五メートルほどすっ飛んで転げる。


「ミレイユのことなんて、オレは何も思ってねえよ。いや、どうでもよくなったって言っちまったほうが正確か」


 オレは転がったセイラに近づき、あらためてひき起こした。セイラが口元の血をぬぐい、オレをにらむ。


「では、なぜ私と敵対するの?」


「てめえから喧嘩を売っておいて何を言ってやがる? 人の腹に御魂斬りで穴をあけて、謝れば済むとでも――」


 言いかけ、オレは気づいた。この女、いい匂いがする。


「おまえ、うまそうだな」


 オレの独り言に、セイラが青ざめた。


「私たちは仲間なのよ! 同じ、悪意ある遺物なのよ。あなた、まさか、そんな」


「ミレイユの血肉を奪うなんて言っておいて、いまさらどの口が言う?」


 オレは牙を剥いた。セイラが何事か気づいた表情になる。


「ひょっとして、あなた、自分の力を制御できていないの? ただ、暴走しているだけなの?」


「だったらどうだって言うんだ?」


 セイラの力を火炎放射器にたとえるなら、オレはガス爆発だ。内在するパワーが同じでも、外部に発揮できるエネルギー量が違う。オレはセイラの首に手をかけた。ねじ切ろうとしたオレの背後に、べつの魔族の気配が出現する。


「セイラ姫様から手を離せ!!」


 金切り声はトリナのものだった。同時に、軽く背中を叩かれた感じがする。オレは振りむいた。全身の火傷から、まだ完全に復帰できていないながらも、トリナが驚愕の顔でオレを見ている。


「いまの、全力の妖掌破を受けて、それでも、何も感じないの?」


「お帰り」


 オレはニヤついた。


「おまえの技は妖掌破と言うのか」


 オレはセイラから手を離し、トリナの前で両手を広げた。


「こうか?」


 オレが両手を打ち合わせた瞬間、空間を寸断する衝撃を受け、トリナが胸から鮮血をぶちまけて倒れた。


「やるならこうやれ」


 嘲笑混じりに言い、オレはセイラのほうをむいた。その怯えた顔。これはなかなかの見ものだな。殺すのはなしだ。生きたまま食ったら、さぞいい声で鳴くだろう。


「では、いただくとするか」


「霧島!」


 オレがセイラの肩に手をかけたとき、またもやべつの声が飛んだ。どいつもこいつも、人の食事を邪魔しやがって。オレが目をむけたら、ヒジリがいた。いや、それだけではない。宮古と、ミレイユとファリーナまで。


 ヒジリ以外の、皆がオレを見て怯えた顔をした。


「何をしにきた?」


 オレが訊いた瞬間、地面が揺れ、宮古とファリーナが耳を押さえてヘタリこんだ。ヒジリはオートマトンだから平気な顔をしている。ミレイユは驚愕の表情だった。


「わたくしは、ファリーナが帰ってきて、霧島さんが学校で戦っていると聞かされたのです。それよりも霧島さん、その角は」


「なぜとめなかった?」


 オレがヒジリに訊いたら、ヒジリが苦笑した。


「霧島の剣が折れたのがわかったんでね。僕もきちゃったんだ」


 アパートで静かに待ってろと言ったのに、持ち主の命令を聞かないとはな。気に入らんAIジュエルだ。やはり、あとで叩き割るか。


「まあいい。そこで待っていろ」


「なりません!」


 オレがセイラのほうをむいた瞬間、ミレイユが静止の声をあげた。


「もう決着はついているのでしょう! ファリーナも帰ってきました。これ以上、セイラさんを傷つけては」


「傷つけるんじゃない。食うんだ」


 オレは短く返事をし、ミレイユから背をむけた。動くこともできないセイラが、蒼白の顔でオレを見あげている。オレはセイラの両肩に手をかけた。セイラの美貌が苦痛に歪む。


「い、痛!」


 軽く力を入れただけで、セイラの鎖骨が折れた。これで、もう抗うこともできないだろう。オレは口をあけた。まずは手から行くか。


「ひ! や、やめ――」


 恐怖のひきつるセイラの顔を堪能しながら、オレはその手に食らいつこうとした。


 次の瞬間、オレは背中に熱い衝撃を感じた。なんだ? 振りむくと、ミレイユが青い顔で立っている。オレに剣をむけていた。


 オレが、さっき蹴り折った、御魂斬りだった。


「霧島さん! 目を覚ましてください!」


 まるで泣き叫ぶように言いながら、ミレイユがオレに飛びかかってきた。折れた御魂斬りの先がオレの胸に突き刺さる。御魂斬りの能力が、オレの身体に巣食う魔王ゴールデンホーンの精神思念体を滅しにかかった。


 見えている世界が、全て黒く塗り変わっていった。




「――あ?」


 少しして、俺は呆然とミレイユの顔を見た。俺の額からボロボロと角が折れて地面に落下する。音を立てて地面に転がり、少しして白煙となって消えていった。それだけではない。俺の体内の封印を破壊して暴走していた凶悪で強大な魔力も、御魂斬りのおかげで再封印されていく。


 俺は、帰ってきたのだ。


「霧島さん!」


 俺の胸に御魂斬りを突き刺したまま、ミレイユがうれしそうに笑いかけた。もう大丈夫と判断したのか、御魂斬りを抜く。


「馬鹿、いま抜いたら――」


 俺が言うより早く、胸から鮮血が噴きでた。念気功――いや、間に合わない。大量の出血に耐え切れず、俺は膝をついた。慌てた顔でミレイユが御魂斬りを手放し、俺の前でひざまずく。


「待っていてください。わたくしも、止血くらいなら可能ですので」


「おまえの血肉さえあれば――」


 背後から、怨嗟に満ちた声がした。痛みを押し殺しながら振りむくと、真紅の獣毛に覆われた、巨大なヘルハウンドが後ろ足で立っている。


 もう、なりふり構っていられなくなったセイラの姿だった。


「おまえの血肉さえあれば、私は!!」


 咆哮とともに叫び、ヘルハウンドが俺にむかって飛びかかってきた。いや、俺ではない。ミレイユにむかってだ。ミレイユの悲鳴が俺の耳元を駆ける。くそ、行けるか? 俺は足元に転がった御魂斬りに手をかけた。止まりかけた心臓のことなど考えず、ヘルハウンドにむかって御魂斬りを振る。


“忘却の時刻”の、白い霧のなかを絶叫が駆け抜けた。

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