第六章 悪意ある遺物・その5

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「悪意ある遺物が聖遺物を使うとはな」


 俺は半ばからへし折れた剣を構えながらつぶやいた。くそ、普段と長さが違うから、間合いがつかみにくい。いや、そもそも、この状態で戦えるのか? いや、できなくてもやるしかない。覚悟を決めた俺の前で、セイラが眉をひそめた。


「常軌を逸した強固な精神力と、限界まで練りあげた念気功。ソードファイター霧島光一の強さの秘密がわかったわ。さすがは魔王アメシストアイズを滅ぼした勇者、権俵寅吉の子孫といったところかしら」


「そんなんじゃねえよ」


 俺の言葉を無視し、セイラが御魂斬りをむけた。ヤバい。嫌な予感がする俺を見ながら、セイラが目を細めた。


「だったら、その心を折ることからはじめないとね。ちょうどいいことに、この聖遺物は精神思念体をも斬れると聞いているわ。ここは実験体になってもらうから」


「やめろ。そんなことしたら死んじまうぞ」


 言いながら俺は剣を振った。駄目だ、スピードがでない。さっき、ドゾに腹を射抜かれて、まただからな。蓄積したダメージが足を引っ張っている。俺の剣をやすやすと避けた――いや、届かなかったのか――セイラが、すいと音もなく接近した。ここまできて西江水だと!? 反応できない俺の前に御魂斬りが迫る。


 俺の胸を御魂斬りが貫いたのは、次の瞬間だった。


「馬鹿野郎――」


 笑みを浮かべるセイラを見ながら、俺は膝をついた。ひい爺さんの御魂斬りが、肉体だけではなく、俺の心までも蝕んでいく。『レギオン』で培ってきた精神力が、念気功が、幻聴とともに崩れ落ちていく。




 俺のなかの、封印までもが、破 壊  さ  れ   て   い    く




「なるほど、凄まじい効果ね。これが聖遺物の力か。魔王アメシストアイズが滅ぼされた理由もわかった気がするわ」


 何が起こっているのかわかっていないセイラが言い、オレから御魂斬りをひき抜いた。


「ミレイユを拉致するときも、暴れるようだったら、これで少し傷つけるとおとなしくなるかもね――」


 ここまで言い、セイラの気配が一変した。突っ伏しているオレにもわかる。セイラが不気味なものを前にしたような顔でオレを見下ろした。


「あなた、心臓を貫かれて、どうして、まだ死なないの?」


「そっちの小剣で貫かれたら死んでいただろうよ」


 オレの返事に、セイラが眉をひそめた。


「何を言っているの? 御魂斬りで貫いたのよ。肉体だけではなく、精神思念体まで破壊されて死ぬはずだわ」


「それで、おまえは『俺』の封印をぶっ壊しちまったんだ」


 オレは顔をあげた。セイラの表情が変わる。


「あなた、何よ、その角」


「だから言ったんだ。自分だけが悲劇のヒロインだとは思わないほうがいいって。悪意ある遺物なんて、それほど珍しいもんでもないって。そんなことしたら死んじまうぞって」


 オレは立ちあがった。セイラが怯えた顔で後ずさる。何を見ているのかはわかった。オレの両眉の上から、左右のこめかみから、耳の後ろから、そして頭頂部から。あるいはねじ曲がり、あるいは天にむかってそりかえった七本の、黄金色に輝く角。


「オレも、悪意ある遺物だったんだよ」


 セイラの、紅蓮に燃える瞳がオレを凝視した。その美貌には恐怖が宿っている。


「まさか、ゴールデンホーン――」


「それは親父の名前だ」


 オレが言うと同時に、大地が音を立てて震撼した。

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