第六章 悪意ある遺物・その4

“忘却の時刻”のなかは、魔法陣の描かれた、広大な空間になっていた。その中央にセイラがいる。ファリーナは、光り輝く縄のようなもので縛られていた。昨日までは胸の位置で両断されていたのに、もう普段の姿になっている。


「大した回復力だな」


「ドゾはどうしたの?」


 俺の独り言を無視してセイラが訊いてきた。小剣を左手に持っている。俺とやりあう用意はしていたらしい。


「しくじったよ。いまごろ魔界でのたうちまわってるだろう」


「そう。滅ぼさないでくれたのね。礼を言っておくわ」


「礼なんかいらないから、ファリーナを開放してやってくれ」


「――そうね」


 俺の申し出に、セイラが少し考えた。


「ま、いいでしょう。そういう交換条件であなたを呼びだしたんだし」


 言い、セイラがファリーナに手をむけた。


 音もなく、光の縄が消滅した。ファリーナが立ちあがる。


「もう行っていいわよ」


 セイラの言葉を聞き、無言でファリーナが俺の前まで駆けてきた。何か言いたげに俺を見あげる。


「あ、あの」


「まっすぐ家に戻りな。ミレイユは俺の部屋で寝てる」


「あなたの部屋ですって!? あなた、ミレイユ姫様に何をしたの!?」


「鍵がないから泊めただけだ。いいから家に帰れ。いま俺は忙しいんだよ」


「だからって」


「巻き添え食って死にたいのか?」


 声に重圧を込めたら、ファリーナがおとなしくなった。これからガチでやばいことになると察したらしい。


「わかりました。帰ります」


「あばよ」


 ファリーナが俺に頭を下げ、背をむけて走っていった。“忘却の時刻”から完全に気配が消えたのを確認してから、セイラのほうをむく。


「無理だとは思うけど、とりあえず説得はしておく。つか、聞いてくれるか?」


「言ってみなさい」


「俺は『レギオン』のソードファイターだ。依頼されている仕事はミレイユの護衛だけ。それから、ミレイユにファリーナの奪還を頼まれた。で、それもいまさっき、はたした。おまえを滅ぼせっていう話はどこからも受けてない。ぶっちゃけ、女とはやりたくないしな」


 俺の説明を聞いても、セイラの表情は変わらなかった。


「おまえにはドゾとトリナって舎弟がいる。それでいいだろうが。黙って魔界に帰ってくれないか?」


「いままでの、私の屈辱を知らない人間は気楽に言うものね」


 セイラの声は冷え切っていた。


「魔界で、悪意ある遺物がどういう目で見られてきたのか、あなたにわかる? あんな思いを、私は二度としたくないのよ」


「ま、正直わからないけどな。ただ、異世界大戦で残された悪意ある遺物なんて、それほど珍しいもんでもないぞ。自分だけが悲劇のヒロインだとは思うもんじゃない」


 セイラは無言だったが、その柳眉が寄った。不愉快に聞こえたのかもしれない。それでも、俺の言葉は止まらなかった。


「それに、おまえは魔王族と下級魔族との混血だろうが。実力も相当なもんだし、身体のなかにある、魔界とつながる門も普通に制御できるはずだ。暴走しないだけ、まだマシなんだよ」


「――何を言っているの?」


「べつに。少し愚痴っぽくなっただけだ」


 俺はセイラを見据えた。その髪が、瞳が紅蓮に輝いていく。予想していたことだが、俺の言葉で考えを変える気はないらしい。


「やっぱり、やるしかないか?」


「いまから、あなたをたおして、すぐにミレイユをさらうわ。それで、私は純粋な魔王族として君臨できる」


 言いながらセイラが小剣を抜いた。しょうがない。俺も剣を抜く。


 距離を図りながら構えて、俺は首をひねった。


「本気でやるんだよな?」


「そのつもりだけど?」


 セイラは左手のみで小剣を構えていた。俺の知っているセオリーじゃない。ま、油断はしないことだな。


「行くぞ」


 俺は念を剣に込めた。全力で駆け、セイラにむけて斬りかかる。前にやった試合のときとは違い、今回は加減ゼロの本気だった。合わせるようにセイラが手をあげる。小剣を持っていない右手を。どういうことだ? 訳がわからず、それでも俺は剣を振り降ろした。同時にセイラの右手に見知らぬ長剣が姿を現す。どこからか召喚したらしい。剣同士のぶつかる、派手な音が響いた。


「な!?」


 俺の口から漏れたのは驚愕の声だった。手の感覚がおかしい。俺の持っている剣の重さが、いままでのものとは違っているのだ。乾いた音を立てて、俺の視界の隅に金属の塊が落下する。


 へし折れた、俺の剣だった。


「なんだと――」


 慌てて飛び離れようとした俺に、セイラが間合いを詰めた。左手の小剣を俺に腹部に突き立てる。バランスを崩して仰向けに倒れる俺の前にセイラが立った。


「前に言ったはずよ。いざというときは、長い剣も使えるって」


 セイラは右手に長剣を、左手に小剣を持っていた。


「二刀流とは恐れ入ったな――」


 口から溢れでる血をぬぐいながら俺は身体を起こした。セイラが妙な顔をする。


「これでも動けるとはね。ドゾが不覚をとったのは、そういうことか」


「不覚をとったのは、俺も同じだったよ」


 まさか、オリハルコンベースの極超過鋼合金で製作した俺の剣がへし折れるとは。そういえば、セイラは『レギオン』のアメリカ本部からきたと言っていたっけ。


 俺のひい爺さんが使っていた聖剣を保管している、アメリカ本部から。


「昔の聖遺物はパーソナルデータを入力しなくても使えるから、盗みだすのは難しかったけど、扱うのは楽だったわ」


 セイラがせせら笑った。


 セイラが持っていたのは、俺のひい爺さんが使っていた聖剣、御魂斬りだったのだ。

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