TAKE BACK THE BAG!! ~中国地方を股にかけてヤクザどもが右往左往!?~

津蔵坂あけび

其の一、大金が入った鞄を取り戻せ!!

 岡山、広島といえば、日本で最も勢力の大きい暴力団の本拠地だということは言うまでもない。かつて吉備の国と言われた土地で、“桃太郎組”はシノギをあげている。そのアジトはなんと、あの世界一長い橋としてギネス記録にも載った瀬戸大橋の橋台――橋を支える支柱の部――に埋め込まれているのだ。というのも、瀬戸大橋に瀬戸内しまなみ海道をはじめとする中国地方にある大規模な建造物は殆ど、桃太郎組の力なくしてはこの世には存在していない物なのだ。

 もし、これから中国地方に行かれる方が居たら覚えておいてほしい。


“真夜中の瀬戸大橋には近づかないほうがいい”



 午前二時十二分、瀬戸大橋――下津井瀬戸大橋――の中ほど。


 黒塗りの車がおもむろに路肩で停車した。この時刻、橋の上はほぼ無人の状態。真夜中の瀬戸大橋で停まる車とくれば、まず関わらない方が身のためであるということは常識なので、車から降りた三人の男には誰も目もくれない。


「おい! さっさと降りろ!」


 三人のうち二人の男は、この暗い中というのにサングラスをかけている。二人はのっぽとデブという具合に体格で見分けがつく。一方、二人に担ぎ込まれた男は、両手を後ろ手でくくられており、苦悶の表情で命乞いをしている。


「今更、何を言おうが手遅れじゃ。この橋ん上から瀬戸内海に落としちゃるけえな!」


 のっぽが後ろからどんっと体当たりして、男を柵に叩きつけた。目下の真っ黒な水面が男の目に入り、もがいて暴れるのを取り押さえる。


「今更あがいたとこでもう遅いわ! お前が組織の大事な大事な金を落として来たんは、その命で落とし前つけてもらわんとなあ!」

 

 のっぽが脅しているうちにデブの方が車のトランクから大きなポリバケツを持って来た。そして、二人がかりで拘束された男をその中に乱暴に押し込む。さらに、その場でセメントと水を混ぜて即席の生コンクリートを作り、それをどぼどぼとバケツの中へと流し込む。男が目から涙を流して死におののく様をあざ笑いながら。


「よし、これで終わりじゃ。あとはお前をこっから突き落として」

「兄貴……」


 生コンクリートをポリバケツに並々と注ぎ終わったところで、のっぽの方が急に弱気な声色になった。二人のうちでは、デブの方が先輩で、兄貴と呼ばれている。


「どないしたんじゃ?」

「生コン流し込んだんはええけど、これ、どうやって橋の上から落としたらええの?」


 二人はしばしの間黙って顔を見合わせた。男を押し込めて生コンで満たしたポリバケツは、柵の内側にどんっと置かれている。柵はのっぽの方の鳩尾ぐらいまでの高さがある。おまけにコンクリ詰めにされた男は、小太りときた。


「そりゃあ、柵の上に持ち上げなしゃあないじゃろ」

「しゃあないて兄貴、今わしと兄貴の二人しかおらへんねんで! おまけにわし、先週やっとぎっくり腰治ったばっかで重いもん持つのトラウマやねんけど」

「んなこと言うたらこっちは先月までヘルニアやったんじゃ!」

「腰の病気の自慢しとる場合ちゃうがな! どないしますねんこれ兄貴ぃ!」


 二人は言い争うも、埒が開くはずもない。どうあがいても、二人でコンクリ詰めにされた中年男性を柵の上まで持ち上げないといけないという現実は変わらないのだから。


「せめてコンクリ詰める前やったら、橋から突き落とすだけで良かったんやけどなあ」

「はあ、お前何言っとんのじゃ!」


 落胆して呟くのっぽに、デブがつっかかる。


「うちの組には、命を以って落とし前つけるときはコンクリ詰めいう伝統があったじゃろうが! 組の伝統守らんでどないするんじゃ!」

「コンクリ詰めの伝統てどんな伝統やねん!」

「そんなん言うても、言い争っとる間にコンクリもガチガチに固まってもうたし」

「兄貴、応援とかは呼ばれへんのかいな」

「あー、うちの組の他のもん、皆、スマホの音ゲーのイベントがあるから言うて誰も来てくれへんかったんじゃ」

「いや、どないなってんねん、うちの組」

「しゃあないじゃろ、事実は事実や。俺も参加したかったけど経験値が足らんけえのう」

「兄貴もやっとったんかい!」

「はい、もうこの話終了。誰もえへんのはしゃあない。な。二人で頑張って柵の上に持ち上げよ」


 ようやく二人は言い争いをやめて、男がコンクリ詰めにされたポリバケツに手をかけた。


「ええか、底の方持てよ。取っ手を掴んだら、取っ手が割れるだけじゃ」

「せやかて兄貴、これ、まず底が一ミリたりとも浮きまへんで」

「分かった。じゃあ、こっちに向かって倒せ。俺が持っとったるから、その間に底に手入れろ」

「兄貴、絶対放さんといてや。わし、けじめ付ける以外で指詰めるの嫌やで」

「しょうもないこと言わんでええ。支えちょるから早く手入れろ」


 傾いたポリバケツの底と地面の間に僅かな隙間ができた。そこにのっぽの方が手を入れる。


「入れたか。入れたか?」

「入れたけど兄貴、こっからどうすんの?」

「そのまま頑張って上に持ち上げて、こっちに隙間作ってくれ」

「そんなん言うたかて、こんな重いもん、一瞬しか持ち上げられへんて」

「その一瞬に賭けるんじゃ! でけへんかったら俺らも指詰めなあかんねんから!」


 デブの方が怒号を上げたところでようやく決心がついた模様。のっぽの男は深呼吸をして腰を落とし、自らを鼓舞するように大きく声を張り上げてうなり声を上げて――


「うおっしゃ、持ち上げたるわっ、あああああああああっ!」


 唸り声が途中から断末魔に変わった。男をコンクリ詰めにしたポリバケツは、ほんの一瞬だけ浮いた後、デブの方へとのしかかってそのまま押し倒した。さらにポリバケツは、デブの大きなお腹から転げ落ちて、勢いがついてしまって橋の上をごろごろと転がって行く。


「痛っ、何さらしとんじゃぁああああっ! うがっ」


 怒りのままに声を上げたデブ。しかし、途中からこちらも断末魔になった。


「あかん、先月痛めた腰が」

「兄貴、こっちも先週いわした腰が疼いて立てまへん」


 地面に這いつくばることしかできなくなった二人は、下津井瀬戸大橋の上を倉敷の方へと転がっていくバケツを見送りながら不貞腐れた笑みを互いに浮かべた。


「もう、諦めて指詰めようか」

「はい、兄貴……」


 ――とここまでがモニターに映された映像の一部始終である。リモコンの停止ボタンが押されて、モニターは何も映っていない真っ黒な状態に戻った。

 リモコンを持っていた禿げ頭の厳つい男は、顔をくしゃりと歪めて頭をぽりぽりと掻いている。その禿の男の前には、舎弟と思われる三人の男が跪いている。


「そういうわけで、うちの不動産取引に使う予定やった頭金の五千万円が行方不明になりおった。やらかしたうちの組の鬼塚十郎おにづか じゅうろうは、このあとなんやかんやあってコンクリ詰めにされて海ん中に沈んだ」


“いや、絶対違うだろ”


 舎弟の三人は心の中で呟いた。誤魔化しているだけで、『鬼塚はあのまま海に突き落とされることなく放って置かれたまんまだ』と読み取った。禿げ頭にきらりと光る冷や汗が何よりもの証拠だ。


「せやからお前ら三人で協力して、必ず頭金五千万が入った黒いボストンバッグを見つけて来てほしいんや。タイムリミットは三日後。それを過ぎたら、こっちの取引がパーになる。もし、そうなった場合は、お前ら三人も瀬戸内海の海の底に沈めちゃるからな」


 どすを効かして言っているが、なんとも締まりはないな、と三人は思った。その心中が悟られたようで、すぐ様「分かっとんのかっ!」と怒号が飛んで来た。三人の背筋が一瞬にしてピンと伸びた。


「三日後までに、必ずや! 何としてでも、どんな犠牲を払ってでも持ってこい。お前ら三人の命合わせたよりも重い金や! ――犬養いぬかいっ!」

「はいっ」


 舎弟の三人のうち、真ん中に座っていたリーゼントヘアーの男が返事をした。残りの二人も一人ずつ名前を呼ばれる。


「猿飛っ!」

「はい」

「鳩山っ!」

「はい」


 舎弟の三人の名前は、犬養康いぬかい やすし猿飛小次郎さるとび こじろう鳩山洋輔はとやま ようすけである。

 と、ここで禿げ頭の男の顔が歪んだ。


「なんかしっくり来んなあ。鳩山、お前の名前、もっと何とかならんかったんか。犬、猿と来て、なんで鳩やねん」

「苗字を言われても仕方がないです」


 鳩山にしてみれば、どうしようもない上にどうでもいいことだったが、相手の方が上のため、真面目に答えた。


「まあ、そやな。件の鞄は、JR山陽本線倉敷―岡山間で紛失したらしい。網棚に上げたままで居眠りこいとったらしいわ。ちなみに、そのときにスマートフォンを件の鞄に入れとったらしいわ。そのおかげで鞄の所在地がGPSで割れとる」


 もう一度モニターの電源が入り、日中国地方の地図が映る。件の鞄の所在地を示す赤いポイントは、広島県の大久野島を指していた。俗に、“うさぎ島”と呼ばれている竹原市の離島だ。

 島の名前が禿げ頭の男の口から出たときに、三人の中で一番強面の猿飛が不意にほくそ笑んだのが、犬養の目に入る。猿飛の頬がいつもよりも血色が良い、いや、上気しているように犬養には見えた。


「おい、犬養、分かっとんか! 鞄の所在地は現在、大久野島や。至急、三原まで車を走らせてそっからフェリーで向え!」


 かくして、岡山、広島中国地方を股にかける、極道の男三人の珍道中が幕を開けた。犬養と鳩山は、自分どころか三人まとめての命がかかっているという重たい任務に神妙な面持ちだったが、ただひとり、猿飛だけは浮かれていた。下津井瀬戸大橋の橋台にひっそりとある事務所から、三原へと向かう車に乗り込む頃には、鼻歌まで口ずさむ始末。


「猿飛、お前なんでそんな機嫌ええねん? 俺ら三人の命がかかっとるんやで。分かっとるんか?」


 運転席に座るや否や、犬養は、もはや不謹慎にさえ聞こえる猿飛の鼻歌に食ってかかった。後部座席で「そうやそうや」と言わんばかりに鳩山が頷いている。切羽詰まった声色で問いかけたつもりだったが、猿飛から返ってきた言葉はなんとも拍子抜けのする物だった。


「だって、大久野島いうたら、うさぎ島やで! 可愛い可愛い“うさぎちゃん”がいっぱいおるところやんか! めっちゃ、もふもふできるやん!」


 しばし硬直する車内。数秒後、ポマードでかっちかちに固めて凶器と化した犬養の文字通り鋼鉄のアイロンパーマのリーゼントが、猿飛の鳩尾に突き刺さった。

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