か、勘違いしないで! トリックよ

小石原淳

第1話 か、勘違いしないで! トリックよ

 私立出世学園には、変わった部活動がいくつもある。そして探偵部も、もちろんその中の一つに数えられる。


 物語に入る前に、無用の混乱を避けるため、学校名について説明しておく。

 “出世”とは人名であり、創立者の出世起一郎しゅっせきいちろうから取られている。というか、創立者が自ら命名したに違いないのだが。


 さて。

 数ある変わった部の中でも探偵部は特に変わっており、したがって部員数も多くはない。

 出世学園では、生徒三人と顧問になってくれる先生さえ確保できれば、部として最低条件を満たす。では探偵部も三人なのだろうと思うかもしれないが、今、実質的に動けるのは二人。僕、宝生犀星ほうしょうさいせいと部長の横川史歩よこかわしほだけだ。

 三人目の有瀬流帆あるせるほは、先月の事件捜査で肉体労働に精を出した結果、足の骨折で入院している。

 うん? その通り。探偵部の活動では、実際に事件解決に乗り出すこともある。尤も、こうして偉そうに講釈を垂れている僕は当初、探偵部を推理小説研究会だと誤解して入部のドアを叩いてしまったんだけど。

 部長に、「ちょうどよかったわ。ワトソン役が不在だから記述者になりなさい」と言われ、渋々、正式入部することになった。横川部長が美人だというのも大きな要因であると、素直に認める。

 横川部長がどのような顔立ちの女性なのか、その美しさを形容することはここではしない。筆力云々以前に、部長に禁じられているから。

 名探偵を目指し、実績もそれなりに上げている部長は、己の姿形を詳しく描写されると、将来犯罪者らから特定され、狙われるかもしれないと考えているのだ、大真面目に。僕がこの記録を公表しなければ済むんだけど、名探偵の条件の一つに、有名でなければならないという項目を掲げる部長からすれば、事件簿の発表は欠かせないらしい。

 とまあこんな具合に、怪我人が出ることはあっても死人は出ていないし、解決実績はそこそこ重ねてきているってことで、まずはうまく行っている部活だと思う。ただ、部長の癖が……。


 今回はこの人が連絡係を押し付けられたのか。僕はそう思いながら、スーツ姿の刑事をちらと見やった。

「このような推理小説めいた事件には、あなたのような若い頭脳の方が向いているのではないかという推薦がありましたので」

 茶谷ちゃたにと名乗った刑事さんは、張りのある若い肌をしている割に、白髪の目立つ人だった。口ぶりは淡々として単調そのもの。言外に、何で子供に協力を求めなきゃいけないんだという空気を漂わせている。お気持ち、よく分かります。

 実際、入部当初は僕も不思議だった。一介の学校の部活に、刑事事件の捜査協力依頼が来るなんてどういうこと?

 これは創立者・出世起一郎がその人脈を活かして、警察OBや関係する政治家に飴と鞭による働きかけを行った成果と言われている。実態は知らない。怖くて知ろうとも思わない。とにかく、推理小説っぽい、本格ミステリっぽい事件が起きたらという条件付きで、協力依頼を出してもらえる運びとなった。そして幸か不幸か、横川部長の代になって、けったいな事件が頻発する。警察も意外と律儀なのか、それとも圧力故か、隠すことなく依頼を寄越してくれる。

 結果、出世学園探偵部は、今日もアクティブに活動しているのである。


「前置きはいいですから、どんな事件ですの」

 気取った口調で部長が応じる。あ、ちなみに今いる場所は、出世学園の探偵部部室だ。おそれ多くも、忙しいであろう刑事にご足労願っている。もう一つちなみに、相手は職務中だから&賄賂になりかねないからという理由を盾に、刑事にお茶を出すことは決してない。

「それが俗にいうところの~密室殺人~てなあれみたいでして」

 密室殺人という言葉を口にしたくないのか、その箇所だけ小声になった茶谷刑事。

 そんな嫌々ながらも職務をこなす相手に対し、横川部長は眉根を寄せた。

「密室ぅ? またですか! もう、密室密室密室。密室ばかりで飽き飽きしているというのに、またもや密室。世の中の犯罪者って、創造力を欠いた人ばかりになってしまったようで、悲しいことです」

 ……始まっちゃったよ。

 多分、茶谷刑事も事前に聞かされているだろうし、ここは華麗なるスルーに徹しよう。

「まあ密室殺人がいくら多くても、トリックに工夫があればまだ許せます。ところが最近はハイテクなキーの抜け穴を突いたようなトリックか、そうでなければ大昔に逆戻りしたかのような針と糸のからくりで施錠するようなトリックばかりが目立つ有様。そりゃあね、推理小説の中のトリックじゃないんだから、先に使われているトリックを再利用しようがぱくろうが、犯人あなたの勝手です。けれども、志の低い者に未来はないという厳然たる事実を理解した上で、クリエイティブな仕事をこなすことが密室のみならずトリシャン全ての本懐であるはず」

 補足です。トリシャンとは横川史歩の造語で、マジックをやる人をマジシャンというのに倣って、トリックを使う人のことをトリシャンと呼んでいます。ぜーったいに定着しませんから使うのはよした方がいいですよと折を見て注意しているんですが、聞いてくれやしない。

 こんな調子で3~5分に及ぶ演説が終了。ようやく茶谷刑事にお鉢が回って、事件の説明が始まる。

「そちらのお眼鏡に適うかどうかは知りませんが、少なくともハイテクキーの密室じゃないし、針と糸が使われたとも思えない状況ですよ」

 所々に、はあぁ……と大きなため息を挟んでくる茶谷刑事。

「えー、事件はある家電メーカーの社長Aの自宅で起きた。プライバシー云々の関係で、とりあえず現時点では名前を伏せますよと。人物はイニシャルに置き換えます」

「いつものことなので承知しております。進めてください」

「……」

 茶谷刑事は腹を立てる元気もないようだ。無駄なことにエネルギーを使わず、さっさと役目を済ませようというつもりらしい。

「事件当日、そこの一人息子Bが製菓会社の社長令嬢Xを婚約者として迎えるとかで、祝いのパーティが開かれていた。そんなめでたい席なのに、亡くなったのはXで、最有力容疑者はBの姉Cと目されている。CはXと折り合いが悪く、婚約にも反対。パーティには冒頭に顔を出しただけで、すぐに自室に引っ込んでしまったとのこと。

 事件の流れを大まかに追うと、パーティ開始から約二時間後の夜九時過ぎ、余興として、会場に氷のダビデ像――ミケランジェロのダビデ像を縮小コピーした氷像が運び込まれた。高さ二メートルのなかなか凝った代物で、簡単には溶けぬよう、室温を冷房でわざわざ下げた。余興というのはその像の左手にはワイングラスが握らされており」

「待ってください。縮小コピーと言われたはずですが、ミケランジェロのダビデ像は、左手にグラスを持っていましたかしら?」

「……すみません、縮小コピーは方便で、サイズを小さくした上に、左手の岩石をワイングラスに換えたということです」

「理解しました。どうぞ続けてください」

「あー、ワイングラスは氷ではなく本物のガラスで、中にはその夜、Xが寝泊まりする部屋の鍵が入れられ、さらに水を満たして凍らせていたと。Bに対して、今晩Xとともに過ごしたければ、この像のデザインを崩し、溶けるのをじっと待つしかないぞという一種のいたずら、からかいですね。何が面白いんだか――んん、失礼。それで、Bは自分は紳士だから正式に結婚しない内は指一本触れませんよとか何とか宣言したらしい。実際、少なくともその晩は指一本触れないつもりだったようですが、夜遅くになって、社長の屋敷に悲鳴が轟いた。何事かと悲鳴の源であるXの部屋に大勢が駆け付けたが、鍵が掛かって入れない。ノックしても応答なし。そのまま解散するわけにもいかず、Bと屋敷の使用人P、Xの世話係として同行していたメイドQの三人がダビデ像へと、鍵を取りに行った。このとき、ダビデ像の左手のワイングラスはまだかちこちで、中には鍵があった。使用人Pが霜の付着したワイングラスを持ち、三人はXの部屋の前に戻る。鍵はすぐには取り出せず、大勢がいる前でまずグラスを割り、さらに氷を何度か床にたたき付けて、やっと取れた。そうして鍵で解錠し、ドアを開けると、中でXが硬質ガラスの花瓶で殴られ、死んでいたという経緯です。凶器の花瓶は元から部屋にあった物。現場となった部屋の窓は三つあり、いずれも二重ロック式のクレセント錠。説明不要でしょうが、小さなポッチを押しながらでないと回らない三日月型の錠ですね。全て内側よりロックされ、外からの開錠は不可能。ドアの方は合鍵なし。氷に埋もれていた鍵を使う以外、犯行現場に入れないし、施錠することもできなかったはず。

 事件のあらましはこれで終わりだが、付け加えるべきことが一つ。Xは亡くなってから間もない状態で、問題のグラスの氷を溶かして鍵を取り出し、犯行後に再び凍らせる時間はなかっただろうというのが検証結果として出ている」

「分かりました。――茶谷刑事はあとどのくらいおられます?」

 部長の問い掛けに、刑事は片目だけ見開き、腕時計を一瞥した。

「そうだな、あと一時間ですかね。そのくらいは付き合ってこいと言われたもので」

 無理矢理付き合ってやっているんだぞと匂わせる刑事だが、部長には通じない。多分、部長は気付いているのだろうけど、意に介さないのだ。

「それはよかった」

 花の咲いたような笑顔をなす横川部長。こうしているのを見るだけなら、かわいらしくすらある高校生美女なんだけどなあ。

「二度手間にならぬよう、急いで検討してみますわ。ですから、一時間はお待ちになってくださいませ」

「わっかりました。どこで時間を潰せばいいですかね」

「我が学園のカフェは美味しい飲み物が揃っています」

 にっこりと微笑み、横川部長は僕に合図を送った。僕は予め用意してあった学内の地図を刑事に見せ、カフェまでのルートを覚えてもらった。


 茶谷刑事が退出したあと、僕は部室のドアを内側からしっかり掛けた。

「部長、ロック完了です。これで邪魔は入りませんよ」

「……ふふふ」

 横川部長が、やや不気味だが、軽快なリズムで笑い声を立てる。両の手で拳を握り、胸元に引き寄せると、上体を反らし気味にした。天井を仰ぐようなポーズになって、「うふふふ」と続けている。

「部長、時間があまりないんですから、解けようが解けまいが、頑張って考えましょうよ」

「――宝生犀星、お黙りなさい。私は今、感慨と感動に浸っているのですからね!」

 はいはい。これまたいつものことなので、僕は口を閉ざして待つ。

「ああ、また密室! ありがとう、トリックの神様! 私にまたこんな機会を与えてくださって、いくら感謝してもしきれません!」

 恐らく、彼女が何を言っているか分からない人がほとんどでしょう。僕も前は(今も?)同じ感想を持ちましたから、ご安心ください。

 探偵部部長の横川史歩は面倒くさいことに、ツンデレなのである。何に対してツンデレなのかというと、トリックに対してなのだから変わっている。変人と言って差し支えあるまい。

 他人の目がある場では、「密室トリックなんて飽き飽きした」「アリバイトリックなんて時刻表の紙魚よ」「一人二役なんてそんなにうまく行くわけねえっ」「ダイイングメッセージらしき物を見付けたなら、犯人はとりあえず消せよ!」と罵倒の限りを尽くすのに、いざ、一人だけ、もしくは彼女の本性を知る者だけになると、「ああ、待っていたわトリック様、お慕い申し上げます、どうか私を見捨てないで」とばかりにトリック愛を語るのだ。あー、面倒くさい。

 僕は部長の独演会が終わるのを待って、「で、今回のトリックはどうですか」と水を向けた。

「素晴らしいわ。独創性は、十点満点で九点をあげてもいい。鍵が使用不可能であったがために密室殺人が成立するというパターンは意外と少なくて、これからも開拓の余地があると思うの。今回、茶谷刑事が持ち込んできた事件のトリックは、まさにそれに当てはまる。少なくとも私は知らない」

 そう、よかったですね。

 僕の感想は顔に出ていたようで、部長はこっちを見て、右手人差し指をちっちっちと横に振った。

「だからといって高く評価してはだめよ。いい線行っているのは認める。惜しむらくは、分かり易すぎるってこと」

「え?」

 まじで驚きの声を上げてしまった。

「まさか、もう解いたんですか?」

「当たりか外れかは分からない。こうすれば同じことができるっていう仮説はとっくに浮かんでいたわ」

 あっさりと言い放つ横川部長。ま、まあ、さすが探偵部部長、さすが名探偵ってことになるのかな。お説拝聴タイムと行きましょう。

「まず、最初の時点でグラスの氷に閉じ込められていた鍵が、本当にX嬢の部屋の鍵だったのか。はっきりしてないでしょ」

「ええ。刑事さんの話だけでは、無理ですね。最低限、誰がダビデ像を用意したのかとか、像の制作者に鍵を渡したのは誰かとかを明らかにしないと」

 僕は事件のあらましを思い起こし、同意した。

「だから、氷結されていたのは別の鍵で、本物の鍵は犯人が隠し持っていた可能性はある、と見なすべきなの。尤も、たとえ氷の中にあったのが本物だとしても、パーティ終了から事件発生までの時間によっては、全く問題ないけどね。グラスごと持ち出してお湯でも使って氷を溶かせば済む。焦点を絞るべきは、どうやれば鍵を氷の中に短時間で戻せたか。これだけ」

「確かにそうですが、その短時間というのがハードルなわけで」

「そうでもないんじゃない? 家電メーカーの社長宅なら、あれがあってもおかしくはないでしょ」

「……」

「ちょっと、宝生犀星君。ここは『あれって何です?』と返すところでしょうが」

 それ、あんまりやりたくないんですけど。馬鹿っぽく見える場合があるから。

 しかし部長にじと目で見つめられ、僕は折れた。

「『あれって何です?』」

「過冷却機能付きの冷蔵庫よ」

「――あ。そうですね。過冷却水を前もって準備しておけばいいんだ。使った鍵をグラスに入れて、過冷却水を注ぎ入れることであっという間に固まる」

「……ワトソン役が全部言うなっ」

「え、あ、すみません。どうぞ、なかったことにしてもう一度」

「もういいわ。これで密室の謎は解ける。犯人が同じ手を使ったかどうかは分からない」

 横川部長は突然気怠げになって、椅子に座り、机に肘をついた。左手首から先をぷらんぷらんと振って、僕を追い払う動作を繰り返す。

「あの、刑事さんに早く伝えなくていいんですか」

「だから~、あなた、行ってきなさい」

 一層激しく手を振られ、僕は部室を出ざるを得なかった。


 ……ん? 犯人が誰かは分からないままか!


 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

か、勘違いしないで! トリックよ 小石原淳 @koIshiara-Jun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画