第1話 平穏(仮)

 今まで人口5000人の田舎で育ってきた俺だが、高校は都会の進学校に通うことになった。

 それに応じて、ここからでは通学が困難だとわかり、高校の近くのアパートに引っ越すことになった。

 念願の一人暮らしである。


 入学式の1週間前。嘘をついても許される日で、世間が嘘をついて騒いでいる間に新居に引っ越した。

 このタイミングで「高校合格は嘘です」なんて言われたらどうしようと考えたりしていたが、もちろん憂う必要はなかった。

 新居となる家は、最寄りの駅まで徒歩5分の良い立地で、リフォームされたばかりの2LDKのアパートだった。学生の一人暮らしでここまで広い間取りを与えられるとは思っていなくて、あとで母さんに問い合わせた。

「部屋、間違えたりしてないよね?2LDKだよ?家賃高いんじゃないの?」

「実は、そこのアパートの大家さんが母さんの知り合いでね。普通よりも安く貸してくれたの」

「そうなんだ」

「……まあ、あと事故物件ってのもあるんだけど」

 今、すごいボソッと言ってて聞き取りづらかったのだが、かろうじて「事故物件」は聞き取れた。

「え?事故物件?」

「気にしないで〜。それじゃあ」

「え、ちょ……」

 プツリと途切れた。なんとなく予感はしていたが、ここは事故物件らしい。

 だって怪しいじゃん。最近リフォーム済みとか、2LDKなのにワンルームアパートの家賃と同じくらいとか。

 しかし、気にしたところで仕方がない。幽霊なんて気にしてないし、出たらそのときはそのときだ。

 俺はその日の間にダンボールを片付けて、何一つ不安に思うこともなく寝るのであった。


 ──やがて起こる怖いことなんて露知らずに。


 ※ ※ ※


 何もないまま1週間が経ち、入学式の日になった。朝のラッシュという都会の洗礼を受け、軽く酔った。これを毎日繰り返すと思うと苦痛なので、早急に対策が必要そうだった。


 地下鉄を降りた直後にトイレに寄り、顔から噴き出る脂汗を抑えてから学校に向かった。入学早々、「汗をかいて、なんか不潔そう」なんて思われるのは心外だ。

 校門をくぐり、校舎を見る。小・中学と校舎はこじんまりとしたものだったが、一転してその何十倍もありそうなほど大きかった。「さすが名門校……」

 あ、また脂汗が出てきた。


 今日から入学する高校──高峰たかみね高校は、自由な校風と難関大合格者数がかなり多いことをウリにしている偏差値が高い超進学校で、入試がかなり難しいことで知られる。大手塾が「高峰進学コース」なるコースを作って対策授業や模試などをするレベルだ。

 かたや田舎の、塾にも通ってない中学生にはかなりレベルが高かった。周りから「やめとけ。お前が行くところではない」と何十回言われたことか。

 しかし、めげずにコツコツと積み上げたお陰でしっかりと合格を掴み取った。今思い出して感激してきた。ちょっと感動。

 なんてモノローグ隙あらば自分語りにふけり、我に帰れば周りが怪訝そうな目で見ていて、とてつもなく気まずい気持ちになった。そそくさと玄関に入っていくのであった。

 靴箱を抜けると左右に廊下が広がっていて、目の前の壁には新入生の名簿とクラス割が書かれた紙が貼られていた。

 一学年8クラス編成らしく、俺は5組だった。しかし、知り合いが誰もいないため、どこに配属されても同じだなという感想を抱いて自分のクラスに向かった。


 この後、最初のホームルームと入学式があったが、特にこれといったことはなかった。プリントを配られ、担任の挨拶(若い優しそうな男の先生だった)があり、整列して体育館へ行き入学式をこなす。

 初日はこんなもんか、と妥協して帰ることにした。SAOのアスナのキーホルダーがついたスクールバッグを肩にかけたその時だった。


「君! ちょっと待って!」

 突如、横の席に座っていた男子が声をかけてきた。

「え?はい。なんでしょうか」

「それってアスナだよね?」

「……知ってるんですか?」

「もちろん。僕もSAOは観てるからね」

「……」

「このあと何人かでランチに行こうと思っていたんだ。君も、良ければ是非──」

「はーい! 行きます! 行かせてくださーい!」


 俺は猛烈に感動していた。

 中学の頃、教室でライトノベルを読んでた時にクラスメイトが「え、オタクなの?キモッ」と言い放ち、そこからクラスの大半が俺と距離を置いた。

 高校ではオタクを隠そうかどうか迷ったのだが、アスナのキーホルダーを一つだけつけて周りの反応を見ることにした。

 その結果、それを見た隣の席の男子生徒──小宮亮こみやりょうは俺に話しかけてきた。


「……ということだ。だから、嬉しい一方、ちょっと反応に困っちまった」

「気にしなくていいよ。そっか……。オタクをさらけ出してボッチは辛かったね。僕なら不登校になってたかも」

「いや、意外と耐えられるもんだぞ。それにハブられたお陰で勉強時間が増えて、結果ここに入学できたんだから。結果オーライだな」

柳田やなぎだくんにそんな過去があったとは……」

はやてでいいぞ。俺は亮って呼ぶつもりだし」

「そっか。わかったよ、颯。……っと、話しているうちに着いたよ」

 目の前には、レンガ造りのレトロな建物があった。ドアの横には「カフェ コミヤ」と書かれた木のプレートが掛かっていた。

「コミヤってことは、ここは亮の家の店か?」

「そうだよ。うちの両親が経営してるんだ。今日は他に3人くらいくる予定だから、ボックス席予約してある」

「便利なもんだな」


 亮の後ろについて行き、目的の席にたどり着いた。

 そこには、先客が3名。どうやら俺が最後らしかった。

「やほー、亮。お先に失礼してたよ」

 ……って女子もいるのかよ。5分の2は女子って、こりゃ迂闊な発言はできないな。ましてオタクなんて宣言できなさそう。

「ほら、颯も座って」

「し、失礼します」

 ガッチガチに緊張していた。


 ソファ席で、男子3人と女子2人が対面する形で座った。

 え、これから何が始まるの。田舎者だから、ワカンカイ。

 同じことを思ったらしく(田舎者ではないが)、ちょうど俺の前に座っていた、赤髪ロングヘアの女子が亮に質問を投げた。

「ところで、これって何の集まりなの?一見、どこにも共通点がないように見えるけど」


 男子、窓側から順に茶髪ツンツンヘアーの爽やかイケメン、冴えない顔と普通の髪(俺)、整った黒髪にメガネのガリ勉(?)。

 女子、窓側から順にダークブラウンっぽい髪色でポニーテールの委員長っぽい清楚系、赤髪ロングのイケイケパーリーピーポー。

 ごった煮状態で、共通点なんて何もない。いや、状況的に亮と赤髪の女子は同じ中学っぽいけど。


「そうだね。見たところ全員タイプも違うし、共通点は見当たらないと思う。でも、しっかりとあるんだよ」

「「「「…………」」」」

 俺も含め4人は真剣に考える。しかし、皆目見当もつかない。

「だめだ、わからん」

「あれ、颯ならわかると思ったんだけどね」

「私もわからない」

「ウチもー」

「……わからん」

「おっと、全員わからなかったか。そうだな……じゃあ、質問するよ?」

 亮はにやけながら全員に聞いた。


「今季の深夜アニメ、何本観てる?」


 全員に激震が走った。例外なく、全員が体をビクつかせた。

「つまり、ここにいるのって、全員オタクなのか?」

「その通り」

「なんでウチらがオタクだってわかったの?」

「みんな、スクールバッグに推しキャラのキーホルダーが付いていたから、それで判断した」

 観察力が凄いと素直に感心した。発揮するところが違うような気もしたが、まあ、良しとしよう。


 この後、自己紹介を交わしてすぐに、中学生の頃は出来なかったオタク談義で盛り上がった。全員、タイプが違うオタクだったけど、それがまた楽しかったのだ。


 ※ ※ ※


 この時はまだ思いもしなかった。


 ──この中に幽霊がいるとは。

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