長谷川きらりの知覚
通信魔方陣の運用に関してのお手伝いは、未だに続いている。
ヘンドリックさんとカレル様も、それぞれ所持して使っているらしいんだけど、私が持っているのはランフェンさんが作ってくれたものだけ。繋がる相手は固定されているので、通信相手はランフェンさんだけである。
余白に名前を入れることで、通信相手が固定されていると言っていたので、これにカレル様やヘンドリックさんの名前を加えたらいいのかと思っていたら、そういうわけでもないらしい。
色々と制約があるのだろうか?
現代日本で暮らす身としては、魔石に――魔方陣に目印でも付けておいて、該当部分を押せば、その相手に対してのみ回線がオープンになる、とか。そういう方法が取れるんじゃないかと思ってしまうんだけど。こう、短縮ダイヤルみたいな感じでさ。
でも、二人に渡しているものは、新バージョンになっている可能性はなくはない、かな。あーだこーだ話し合ってたみたいだし。
だとしたら、私の魔石が相変わらず固定回線のみなのは、キッズケータイでも持たされてる気分で、微妙な気分だ。
信用されてなかったりする? 別に他の人と内緒話とかしないよ。ヘンドリックさんとは昼間一緒だし、カレル様も周囲の目を気にして、やたら一緒にいなきゃ駄目だし。
この二人とは交互に一緒にいるので、魔石で連絡を取る必要性、皆無だね。うん、いらないわ。
ランフェンさんとは全然会えてない。
赤髪さんに扮して以来、私の居住は再び城内へ移ってしまったので、出勤退勤時に帯同することがなくなってしまったせいだ。
そのことをどこか寂しいと感じていることは、私の胸にだけこっそりと仕舞っておくべき極秘事項である。
うるさいんだもんよ、そういうの。特にカレル様が。
あの王子、
自分はどうなんだよって話なんだけど、完全部外者の私が、口出しできる話題でもない。王太子様ともなれば、やっぱりしがらみはあるだろうし、それを超えてのラブロマンスは結局、物語の中にしか、存在しないだろう。世知辛いねえ。
ふと、テーブルの上に置いてある魔石がペカペカ光っていることに気づいて、慌てて手に取る。
「はい、もしもし?」
特に口に出す必要もないのに、うっかり電話を出る感覚になる。
うっかり魔石を耳に宛がってしまったりもする。
そして、開口一番、電話っぽく応対の言葉が出てしまうのは、自分でもどうにかしたい癖である。
最初の頃は、なんだそれはと訝しげにされたものだが、相手も慣れたもので、最近はツッコミがなくなった。
流されているというか、言っても無駄だとスルーされてるだけかもしれないけど――。
『何かあったのか』
「いえ、何もないですけど、どうしてですか?」
『反応が遅かったようだから』
「あー、考えごとしてて、光ってるのに気づくの遅くなりました。音でも鳴ればいいんですけど、そうなれば隠密行動には使えませんしねぇ」
『音?』
「例えば、懐に忍ばせてたり、鞄に入れてあったりしたら、光ってても気づきませんよね。着信音があれば、わかるかな、と」
『なるほど』
「無くした時とか便利ですよ。仕事中は音鳴らせないこともあって、私はずっとバイブにしてるので、あんま意味ないですけど」
『ばいぶ、とは』
「振動です。音の代わりに端末が震えるんです。ブルブルっと。目や耳でなく、皮膚の感覚で認識するわけです」
『……君の暮らす世界はすごいな』
「そうですねー、誰が考えたのか知りませんけど」
通信魔方陣を魔石に落とし込み、携帯出来るようにする。
その際に私が「携帯電話」について話したおかげで、携帯小型化は「やれば出来るはず」という考えに移行しており、私の他愛ない――、要するに「思いつき」は、それなりにアイデアとして喜ばれている、と思う。
言ったもん勝ちっていうか、言い逃げっていうか。
結論としては、ランフェンさんすごい、である。
私だったら、物理法則からして違ってそうな異文化を理解するなんて、無理だし。
『振動によって通信の有無を知覚するというのは、取り入れる価値がありそうだな』
「そういうの、出来るんですか?」
『研究次第だが』
やっぱりこの人、研究家タイプなのでは?
なんで「騎士」なんていう、超体育会系の世界に居るんだろうか。
現役を退いたら、趣味の世界に没頭するタイプに違いない。部屋にこもって、好きな研究に勤しむのだ。
なんかいいなー、そういうの。想像出来て、面白い。
私はその時、ここには――彼の傍には居ないのだろうけれど。
ずんと胸が重たくなる。
つまらない感傷だ。
ここは私の世界ではないし、私の暮らすべき世界でもない。
私の世界は別にあって、きっと、おそらく、そう簡単には交わらないし、交わるべきではないのだ。
その為に、私達は先へ進んでいる。
世界の壁は簡単に超えるべきではないだろう。
違う世界の物を持ち込んで無双するなんて恐ろしいこと、私は出来ないし、するべきではないと思っている。
だってそれは、国や世界を崩壊させるかもしれないことだ。急激な文化の流入は、人々を良くも悪くも狂わせるはず。
悪い方向に進むとは限らないだろうけど、用心は必要でしょうよ。
単に私の読書傾向が、「悪い方向に進んだ物語」に傾いていただけかもしれないけどさ。
でも、全て上手くいってウハウハなんて、有り得ないと思う。かけっこで手をつないでゴールするとか、全員が桃太郎のお遊戯会みたいな気持ち悪さがあって、私は好きじゃないんだよね。
現実は常に理不尽に満ちているものだというのが、私の感覚なのだ。
三十路も数年歩けば、明るい未来を夢見ることもないってもんでしょ。
安定が一番ですよ、安定が。会社生活、定年まで働くことが、一番の課題です。
『――ミノ』
「は、はい、なんでしょう」
『……いや、別に質問したわけではない』
反応が鈍いから、声をかけただけだと言う声は、どこか笑いを含んでいる気がする。
私の思考があっちこっちに向いたり、暴走したりすることを知っているからだろうか。ランフェンさんはよくこうして、私の動向を伺っているところがある。完全に子供扱いされてね? ほら、今だってなんか笑うのこらえてるような気がするし。
鉄仮面だのなんだのと言われているらしいけれど、ランフェンさんはとても情感豊かな人だと私は思っている。
とてつもなく、優しい人だと、思っている。
ガタン。
ふと、隣の部屋から大きな音がした。
お隣――、つまり、カレル様の部屋だ。
『どうした』
「あ、いえ。カレル様の部屋から、何かが倒れたような、音が……」
そう、倒れたような音だ。
人か、物か。
『何かあれば、人が駆け付けるはずだ』
「そうなんですか?」
『貴賓室は基本的に監視され、記録されているからな』
「監視カメラ付きだと?」
『監視かめら、とは』
「その場の様子をリアルタイムで――、えっと、現在進行形で映し出して記録する媒体です」
『なら、同じような機能だな。もともとは、聖女が使っていた技術の転用だ』
「長谷川
『先日も、使っていただろう。オーロラビジョンというやつだ』
「その名称はあるんだ」
あの子が持ち込んだというのであれば、同じ名称でもおかしくはないんだけど、つまり、あの、空中に映像を映し出したアレを見た魔法管理局の人達が、開発したんだろう。
ランフェンさんの話を聞くかぎりでは、レンズは固定されており、左右に動いているわけではない、ただの定点カメラであるらしい。
その場の様子を転写して、さらにその映像を記録保管するというのは、結構な力を使うのだろう。そこに動きを加えるとなれば、魔方陣も大きくなるし、術式も複雑化してしまう。その力をどこから持ってくるのかという問題もあり、固定式に決めたのだという。
記述を削り、どこまで簡素化出来るのかという試みは続いており、少なくとも城内の王族エリアに関しては、レベルの高い監視カメラが付いている。
つまり、カレル様の部屋にも、そんなカメラが付いているということだ。
あれ? ってことは、ここにもあるんじゃないの?
貴賓室は監視されてるって言ったよね。
おまけにここは、カレル様の部屋と続いているわけで。
あっちに監視カメラが付いてるなら、こっちにだって付いてるよね。
だらりと汗が背中を伝う。
ちょっと待ってください。
ってことは、あれですか。色々見られてるってことですか。
赤髪と黒髪、金髪と黒髪。カツラを付けたり外したりして、2Pカラーの差分みたいなことしてポーズ取って遊んでた様子とか、やたら豪華なドレープたっぷりのドレスのスカートにちょっとテンション上がって、くるくる舞ってみたりしたのもバレバレってことですか。
なにそれ、恥ずい。馬鹿丸出しやんけ私。
ぐあああああ。
ハセガワキラリの名において、記録を全消去する魔法を発動したい。
『――何を心配しているのかは知らないが、君の部屋は対象外だから、安心していい』
「え? そうなんですか? でも私なんて、ある意味、一番見張ってなくちゃいけない人物なのでは」
『その部屋は、カレルの部屋を介してしか、入室は出来ないだろう。あちらが監視されていれば、問題はない』
魔法で壁をすり抜ける、とか、ありそうなんですが。
少なくとも、私が牢屋から脱獄したのは、そんな魔法だった気がするんですが。
『貴賓室の壁は、障壁魔法がかかっている。破ることは不可能だ』
あ、そうですか。
私の疑問に先回りしてランフェンさんが答える。その後で小さく「普通はな」と呟いたのは、聞かなかったことにしておきますね。どんなに強固なセキュリティーでも、それを突破する天才ハッカーがいるってことですね、わかります。
『それに、君のことは俺が守る。だから、魔石は必ず持っていてくれ。何かあれば、すぐに伝わるように』
「……は、い」
ジゴロ? タラシ?
この人は、自分の破壊力を自覚した方がいいと思うんだけど。
目の前に居なくてよかった。
声だけでこれだ。あの顔で、あの瞳で見据えられて言われたら、真顔でいられる自信がまるでない。今だって私の顔は赤いはずだ。誰かー、冷やしたタオルをー。私は今、猛烈におしぼりを所望する。昭和のおじさんみたく、顔を拭かせろ。
『すまない、呼び出しだ』
「お仕事、お疲れ様ですっ」
『なにかあれば、すぐに言ってくれ。本当に、遠慮はせずに』
「わかってますって。大丈夫ですよ」
『君の大丈夫はあてにならないから心配なんだ』
「ちゃんと、持ってますから。寝る時だって、枕元に置いておきますから」
『……そうか』
「はい、それはもう」
『…………』
ふと、沈黙が訪れた。私はまた、地雷を踏んだのだろうか。
たまに黙るんだよね、ランフェンさん。たぶん、また、こちらの世界の常識を覆す発言をしてしまったんだろうと思うんだけどさ。
でも仕方なくないかな。常識は国によって違うし、まして世界そのものが違っていたら、善悪の判断だって違うかもしれないわけで。
つらつら考えていると、ランフェンさんが小さく低く呟いた。
『……カレルから受け取った物は、きちんと外しておくように』
「ああ、あのアクセサリーですか。さすがに寝る時まで付けませんよ。痕が付きそうだし」
そもそも、アクセサリーの類は苦手だから、指輪もイヤリングも私はしない。女子として非常に残念を通り越した存在、それが私、小林文乃である。
ランフェンさんから渡された魔石は、なんだか安心するので、たまに寝ながら手に持っていたりもする。
ぎゅっと握っていると、この石から伸びた見えない何かがランフェンさんに繋がっているような気がして、安心するのだ。
――なんてことは、口が裂けても言えないけど。
「じゃあ、お仕事頑張ってください」
『ああ、ありがとう』
通信を終えた魔石からは、温もりが消失する。
つるりとした、ただの石ころに走る、不思議な文様。
本当、何度見ても、不思議というか、ファンタジーだなーと思う。
そう遠くない未来に終わりを告げる幻想を名残り惜しく感じながら、私はまだ火照ったままの頬に、冷たい魔石を押し当てた。
長谷川きらりの冒険 彩瀬あいり @ayase24
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