長谷川きらりの食卓


 ランフェンさんの家に保護されてから、家から一歩も出ない自堕落な生活を送っている。

 家人の二人は仕事に行って夕刻戻る、規則正しい生活を送っているというのに、私の方はといえば自宅警備員にもならない引き籠りである。

 一応、長谷川輝光対策の為、王宮に潜り込むことは決まっているんだけど、すぐさまというわけにもいかない。何事にも根回しというものが必要なのである。

 その辺りのことはヘンドリックさんに丸投げしており、返事待ち状態。なんだか、就職面接後の合否待ちみたいでそわそわする。

 気分転換にちょっと外に出てみたい気もするんだけど、絶対迷子になるしなぁ。それにここが近衛騎士の官舎だとすれば、偽聖女のことを知っている人ばかりということになる。捕まったらアウトだ。私自身は勿論のこと、ランフェンさんにも迷惑がかかってしまう。

 そう考えるとやっぱりひたすら家の中で過ごすしかないわけで――。

 他人の家を勝手に歩き回るのも失礼だと思いつつ、それでも居たたまれなくなってきた私は、家の掃除を請け負うことを提案してみた。



「君がそんなことまでする必要はない」

「いえ、そこまで大がかりな掃除をするわけじゃなくて、整理整頓程度ですけど」

「客人なのだから、気を使わないでくれ」

 何もしない方が逆に疲れるんだけどなぁ。

 でもたしかに、他人が勝手に家をうろつきまわることに抵抗はあるだろう。動かして欲しくない物だってあるに違いない。

 なので、プライベートスペースには立ち入らず、リビングとか客室とかの共用スペースを主に片付けのお手伝いが出来たらなーと思ったんだけど、嫌がってるのを強制できる立場にないよね。

 邪魔にならない程度に何が出来るだろう?

 夕食の準備をするメルエッタさんの隣に立ち、お手伝いをしながら相談してみることにした。


「フミノさんが気に病む必要はないと、私も思いますよ」

「でもですね、やっぱり居たたまれないというか、何もしないのは要するに暇っていうか」

「今こうしてお手伝いをしてくださっているだけで、私はとても助かっていますよ」

「野菜切ってるだけですけどね……」

「十分です。若い侍女の中には、果物ナイフすら持てない子が多いんですよ」

 甘やかされすぎです――と怒る姿も可愛くて私は癒される。

 しかしながら、人参を乱切りにした程度で褒められるのはどうなんだろう。キャベツの千切りはそれなりに技術がいると思うけど、乱切りはただ『切る』だけだ。子供でも出来るだろうに。

 この世界の食材はやはり見慣れない物が多いけど、外国産の野菜だと思えば、そこまで抵抗はない。なにより、メルエッタさんの作ったご飯は非常に美味しかったので、どんなにカラフルな野菜でも「食べられる物」ということが分かっている。

 肉に関しては、うん、どうなんだろうね。

 そういえばこの世界にどんな動物がいるか、聞いたことはなかった。

 空を飛んでいるので鳥類は存在していることは知っているけど、食用として飼われている家畜は果たしているのだろうか。

 牛とか豚とか羊とか。

 それに似た、全然違う動物の可能性もあるにはあるんだけど、まあ、それも美味しく食べられるのであれば、気にしない。

「フミノさん」

「はい」

「何かしたいというのであれば、お料理はどうですか?」

「料理、ですか?」

「フミノさんの世界ではどんなお食事があるのか、興味があります」

「あまり奇抜な物はないと思いますよ」

 食虫文化圏内じゃないし。子供の頃、給食でクジラのカツは食べてたけど、それぐらいかな。

 だけど、料理は悪くない考えだと思った。

 問題は、他人に食べさせられるレベルではないということなんだけど、異世界の食材と調味料で、私が知っている料理を作ることは果たして可能なのかという興味の方が強い。実験みたいな気分だ。

 ここにある物は好きに使ってくださって結構ですよ――と言われたので、翌日から私は、自分の昼食を作ることにした。

 香辛料は一通りある。塩・胡椒・砂糖あたりは、国によっては貴重品だったりするので、ばかすか使うわけにもいかないだろう。

 その辺りの価値を前もって確認したところ、一般家庭にも普通に出回っているとのこと。富裕層の象徴、みたいな存在ではないことに安心し、好きに使わせてもらうことにした。


 魔法陣によって冷気を封じているという、冷蔵装置も各家庭に置いてある。

 煮炊きをする際には火を使うけど、その火起こしはどうするのかといえば、これも魔法陣だ。最近では、火災を防ぐ為に、火そのものではなく、熱をかけて煮炊きをする装置も普及しているという。火気厳禁の場所では便利らしい。

 なるほど、IHコンロってやつですね。使ったことないけど。

 ここまで来ると、食材の見た目が違うだけで、やることは同じって気がする。

 まず最初に作ったのは、卵焼きだった。

 家によって違うだろうけど、小林家の卵焼きは塩味だ。おかげで、御惣菜の甘い味付けが性に合わない。だし巻き玉子は甘くても平気なんだけどね。あれは出汁の味だから。

 そんなわけで、あっさり塩味のみで仕上げた卵焼き。何故か四角いフライパンがあったので出来たんだけど、なんでこんな形のフライパンがあるんだろう。

 その疑問はメルエッタさん曰くの、これでロールケーキを焼くんです、で氷解した。

 なるほど、道理でちょっと大きいと思った。

 卵焼きには塩の他に、醤油を垂らしたり、マヨネーズを足したりもするんだけど、さすがに無いよね。たしか酢と油があればマヨネーズは作れるはずなので、お酢が欲しいところである。

 だってほら、お酢があれば酢飯だって出来るじゃないですか。

 そういえば、お米ってあるのかな? 品種の違いはあれど、お米自体はリゾットとかパエリアとかに使われているんだから、西洋風料理が主流のこの国にも、存在する可能性はあるだろう。家畜の餌になってるかもしれないけど。


 基本パン食で、ロールパンのような物がよく食べられている。後は保存が効くように、フランスパン的な固いやつ。

 でも、あれ美味しいけど苦手なんだよね、私。突き刺さって口の中切るからさ。

 実家では、カタログ景品で貰ったホームベーカリーを駆使して、母親が一時期色んなパンを作っていた。パン種だけでも作れるので、オーブンさえあればクロワッサンとかコッペパンとか、ああいうの作れるんだよね。

 そんなことを思い出しつつ、最近どこのパン屋でも売っている塩バターパンをメルエッタさんに提案して焼いてみたんだけど、なかなか好評だった。

 パンが主食というだけあって、ご飯替わりの白パンが多く、総菜パンはあまり作られていないらしい。菓子パンも、パイに通じるデニッシュパンぐらいで、例えばジャムパンとかクリームパンとか、そういう発想はないみたい。

 随分と驚かれたけど、メルエッタさんが作ってくれたお菓子シリーズの中に、シュークリーム的な物があったのを思い出し、あれと同じですと言えば、納得してくれた。

 そんな感じで、地球の料理は意外と珍しいらしく、メルエッタさんが嬉しそうに聞いてくれたのが嬉しかった。

 話した後は、実際に作って出してくれる。まったく同じではないけれど、それはそれですごく美味しい。

 これでプロの料理人じゃないんだもんなぁ。

 でも、スーパー家政婦みたいなものだと思えば、納得も出来てしまう。


 異文化交流をしているうちに、私が王宮に上がる算段がついた。

 何故か金髪の鬘を被ることになり、あまりにも見慣れなさすぎて、自分という気がまるでしない。

 メルエッタさんの髪色よりも少し濃い色をした金髪で、プラチナブロンドとはこういう色をいうのかもしれない。

 自分だと思わなければ、メルエッタさんと一緒に並んでも違和感のない仕上がりだった。

「フミノさんは私達の遠縁ということになっております」

「ご迷惑にはなりませんか?」

「構いません。実際、王都から離れた場所に住まいを移した縁者もおりますし、そこに根付いてもう何代かにもなります。一時でも王宮で働いたという箔付の為に、遠い縁を辿って来る者は、意外と多いんですよ」

 問題ありません。

 そう言い切って、ニコニコ嬉しそうに笑っている。

「次にお顔の方を整えましょうか」

「……お任せします」



  □



「女ってーのは恐ろしいな」

「ですよねー。私も自分で恐いと思いました」

 王宮に上がり、ヘンドリックさんが普段仕事をしているという執務室へ訪れると、ヘンドリックさんはそう言って感心し、私もまたそれに同意した。

 メルエッタさんの化粧技術は素晴らしかった。

 整形レベルで別人になっているほどではないけど、印象はガラリと変わっている。

 自分で出来る気はしないけど、やろうと思えばここまで出来る土台が自分に備わっているというのは、ひとつの自信に繋がった気がする。

「ランフェンは何か言ってたか?」

「絶句してました」

 そう。凝固してましたとも。そこまで驚愕されると、普段の私はどこまで地味子なんだと哀しくなってくるレベルで。

「まあ、本人が驚くぐらい変わりましたから、男性にとっては尚更ですよね」

 私が結論づけると、ヘンドリックさんは可笑しそうに笑っていた。

 普段は恐いけど、笑うと案外人懐っこい顔になる。なかなか素敵なギャップである。

 ひとしきり笑った後は、部屋の説明をされて、机をあてがわれた。木製のがっしりとした机で、業務用のスチール製に慣れている身にはやや大仰に感じてしまう。

 大部屋の片隅には衝立に隠れるようにして棚が有り、ティーカップやポットが置いてある。訊いてみると、お湯は貰ってこないといけないけど、簡単な飲食は自由らしい。手洗いを兼ねているであろう簡単な水場もあるので、カップはここで洗っていいのだろう。

 となると、飲み物を入れるための湯だけを受け取りに行くようだけど、メルエッタさんが言っていたようなIHコンロがあれば、ここで湧かすことだって可能なんじゃないだろうか。湯を貰いに行くのが面倒とか、そういうわけでは決してないですよ、ええ。

 ぽろっとそんなことを言うと、ヘンドリックさんも同意してくれた。小型の熱調理器を用意してくれるそうだ。

 どうせなら、電気ポットみたいなものが出来れば言うことないと思うんだけど、素人の私にはそれが実現可能な技術なのか判断がつかない。


 翌日からは、執務室の中でお湯を湧かして自由に飲める環境となり、私はここでも引き籠りライフを継続する結果となった。加えて、私は使用人達が使う食堂に赴くわけにもいかない為、お弁当を持参することとなり、ますます引き籠ることとなった。

 おかしいな、そんなつもりじゃなかったのに――。

 私が持参しているのは、要するにサンドイッチだ。四角い食パンではなく、ロールパンの横に切り目を入れて挟む形のやつ。細長いコッペパン的なパンには縦に切り目をいれて、長いソーセージを挟んでホットドックを作ったりもしている。毎日同じだと流石に飽きるからだ。

 そんな風にして、日替わりサンドイッチを楽しんでいると、ヘンドリックさんが興味を持った。男の人はやきそばパンとか好きそうだよなーと思いつつ、ホットドックを半分に切って進呈したところ、予想外に喜ばれてしまった。

 ならばと翌日は、メルエッタさんにお願いして、夕食に出た煮込み肉を取り分けておいてもらい、それを具材にサラダ菜と一緒に挟んだサンドイッチを作って持って行った。ゆで卵を作って輪切りにして、塩胡椒とドレッシングをかけたバージョンも有りだ。

 ナプキンを敷いたバスケットの中に、大量のサンドイッチ。圧巻である。


「旨いな。どっちも旨い。こっちの肉を挟んだやつが面白い」

「私の住む世界では、こんな風に好きな具材をパンに挟んで食べるんですよ」

「野菜も一緒ってのが変わってるな」

「普段の食事でも、付け合わせにサラダが付いてますよね。それを全部一緒にしちゃった感じ、ですかね」

 もともとサンドイッチは、忙しい人でも片手で食べられるということが発端だっていうし。勿論、具材のソース類がパンに染み込みすぎるのを防ぐ意味もあるとは思うけど。

「たしかに、仕事しながら食べられるのは便利だな」

「ナイフやフォークがいらないので、外で食べる簡易的な食事にも向いてると思います」

「荷物にならんのは、いいな」

 近衛騎士は遠征するようなことは少ないし、以前ならばともかく、今は野営が必要な戦闘もない。

 それでも、鍛錬の一環としての野営は存在し、かさばる食器をいかに減らすかは難しい問題であるらしい。

 他に何か案はあるか――と求められたけど、基本的に私はインドアな人間なので、キャンプには明るくない。飯盒炊爨なんて学校行事以外でやったことがないのだ。一番近いのは自衛隊の訓練だと思うけど、生憎とどんな事をしているのか知らない。なんか、本当に無知だと実感する。

 恥じ入る私の頭に手を乗せ、優しく叩く。

「悪い。俺だって、自分の領分以外のことは知らないものばかりだ。それで当然だ」

「ほんと、すみません……」

「旨い物を喰わせてもらったんだ。それで十分だ」

「お口に合ってなによりです」



 昼食を持参する替わりに、ヘンドリックさんは食堂からスープを調達してくれるようになった。

 温めた陶器の入れ物に二人分のスープが注がれている。

 最初は恐縮していたが、人によっては職場に持ち帰る場合もあるらしく、食堂側としても慣れたものらしい。

 昼食時間が近くなるとスープカップを湯で温めておき、私がバスケットの中を取り出している間に、ヘンドリックさんがスープを取りに行くのが定番となっていった。

 お弁当の主食は相変わらずサンドイッチではあるのだが、フランスパン的なやつを斜めにカットしてバタートーストを作ったり、ダイス状にカットしてクルトンを作ってスープに浮かべたり。ロールパンも焼き目を入れてホットサンドのようにしてみたりもした。保温容器も貸してもらったので、温かいまま食べられるのも嬉しい。

 マッシュポテトを作って付け合わせにしたりと、おかずも増えて行く。こちらにはあまりなかったらしい鶏のからあげも、ヘンドリックさんには好評だった。味付けはメルエッタさんだから、これは私一人の功績じゃないけど。



 そんな日々が二週間ほど続いたある日、私は初めての休暇をもらった。うっかり寝過ごしてしまって慌てて部屋を出ると、居間にはランフェンさんが座っている。

「おはようございます。すみません、すっかり寝過ごしてしまって……」

「気にしなくていい。休みなのだから、ゆっくりしててくれ」

「ランフェンさんは今日は……」

「夜勤だ。夕方には出る」

 台所にはメルエッタさんが朝食を準備してくれており、私がそれをありがたく頂いている様子を、ランフェンさんが眺めている。

 見られると居心地悪いんですけど――とは、なんだか言いづらい。

「君は料理が得意なのか?」

「はい?」

 唐突にそんなことを言われて、怪訝な声を上げてしまう。

 ランフェンさんはどこか不機嫌そうな顔つきのまま、言葉を続ける。

「母がよく言っている。共に台所に立つのだ、と」

「そうですね。お手伝いさせてもらってます。でも、別に得意というわけでは……」

「だが、母は褒めていたぞ。それに――」

「それに……?」

 一旦言葉を途切れさせたランフェンさんは、言うか言うまいか迷ったような逡巡の後、視線を逸らせて呟いた。

「伯父もそう言っている」

「ヘンドリックさんが、ですか?」

「君が昼食を作っているんだろう? それを二人で食べていると聞いた」

「そうですね。私が人目に付く場所に行けないせいで、ヘンドリックさんも付き合ってくれてるんですよ」

「無理をしているわけじゃないだろう。むしろあれは喜んでいる」

「なら、光栄ですね」

「非常に楽しみにしていると、言っていた」

「恐縮です」

「旨いと、これでもかと自慢された」

「……はあ」

 憎々しげに呟かれて、私はそう言葉を漏らした。

 ヘンドリックさん、煽り過ぎです。甥っ子さんに何を吹き込んでるんですか。

 おそらくは、ランフェンさんをからかっているんだろう。あのおじさんは、そういう傾向が強い。メルエッタさんも若干そういうところがあるので、あれはもう家系だろう。

 となると、ランフェンさんの気質はテオルドさんに似ているのかもしれない。真面目だしなぁ。

 ぼんやり考えていると、ランフェンさんと視線が合った。

 拗ねてるのかな。

 ふと、そんな失礼な感情が私の胸に湧き起こる。

 考えてみれば、私が何かを作って、それを食しているのは、メルエッタさんとヘンドリックさんだけだ。幸か不幸か、ランフェンさんに振る舞う機会は今まで一度もなかった。理由もなければ、タイミングも合わないからだ。

 あと、私側の気持ちとしても、なんだか気恥ずかしい思いがあったりもする。

 メルエッタさんは師匠であり、お母さんみたいなポジションだから何の違和感もない。ヘンドリックさんに至っては偶然の流れから始まっているし、こちらも親戚のおじさんポジションだ。年上の親族が必要以上にヨイショするのは社交辞令の一環みたいなものなので、あまり気にしてない。

 だけど、相手がランフェンさんとなると話が違ってくる。

 年の近い異性の他人に手料理を振る舞う。

 言葉だけで聞くと、なんというかアレだ。アレなのだ。アレなのである。

 自意識過剰と言うなかれ。わかっていても、年食っててても、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。

「……えっと、近衛騎士の皆さんは、食堂に行かれるんですか?」

「そうだな。持参してくる者もいるが、大半は食堂だ」

 行ったことがないので食堂のシステムは知らなかったけど、現金払いなんだそうだ。注文して、料理を受け取って席に着き、食器を返却して出て行く。セルフサービスらしい。

 なるほど。そういう方式なら、上流階級の方々は各自のお部屋で頂くことになるだろう。

 私は夕刻には帰宅するんだけど、ヘンドリックさんは遅くまで残ることも多い。一般的な夕飯時刻までは食堂が解放されており、料理も提供されているので、ヘンドリックさんは夕食はそっちで取っている。ランフェンさんはその時間帯に一緒になるそうだ。

「言っときますけど、そんな大層なもんじゃないですよ。基本、パンに食材を挟んで終わりなんですから」

 こちらの国ではあまり見ない食べ方だったから、珍しがってるだけだと思うし。

 無言の圧力を感じ、私はおそるおそる問いかける。

「……昼食、私が作った物でよければ食べます?」

「いいのか?」

「昨日のうちに用意してたものがあって。試してみて、美味しかったら、メルエッタさんにもあげようかなーって思ってるんで、まだ誰にも見せてないんですけど――、大丈夫ですかね」

「構わない」

「じゃあ、味見に付き合ってください」



 用意していたのは、フレンチトーストだ。例の固いパンが水分が飛んでパッサパサになりつつあったので、それをなんとか食べられるようにしようと思って、そうして思い出したのがフレンチトーストだった。昨夜のうちに液に浸して冷蔵装置に入れてある。

 フライパンにバターをひいて、斜め切りにしたパンを並べられるだけ並べていく。

 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。しばらくしたら裏返して、両面を焼いていく。ついでに砂糖をパラパラ振りかけて再度裏返して焦げ目をつける。

 ああ、砂糖が焦げるカラメルの匂い。プリン食べたくなるなこれ。

 匂いに釣られたのか、ランフェンさんがやってきて、フライパンを覗きこんだ。


「作っておいて今更なんですが、甘い物平気ですか?」

「ああ。そればかり続くと困るが、嫌いではない。好きな方だとは思うぞ」

「なら良かったです。まあ、そこまで甘ったるくはないと思うんですけどね」

 そこで一旦火から下ろして、一番小さい欠片――端っこの小さいやつを摘んで口に入れる。

 うん。昨日から漬け込んでるだけあって、しっとり仕上がっていて、外側の固い部分も柔らかくなっている。

 もうちょっと甘みがあっても良かったかなぁ。メープルシロップとか掛けたら、たまらん美味しい気がする。

「旨そうだな」

「どうぞ。味見をお願いします」

 場所を譲って手の平で示すと、ランフェンさんがひとつ取り上げて口に運ぶ。

 その様子を緊張しながら見守っていると、口に含んだ途端わずかに目を見開いて、ゆっくりと咀嚼した。喉仏が動き、ごくりと呑み込んだ後、ランフェンさんが私に視線を向けた。

「驚いた。すごく旨い。これは何だ?」

「フレンチトーストっていいます。玉子と牛乳を混ぜた液に浸して焼くんです。液の味付けは人それぞれですね、砂糖だけの場合もあれば、先にシロップを混ぜたりもしますし」

「不思議な食感だ。すごく甘いわけでもないから、食べやすいと思う」

「なら良かったです。私はもうちょっと甘い方が好みですねぇ」

「ケーキのようだな」

「そうですね。パン自体に小麦粉が入ってるでしょうから、原料だけで考えると同じような成分かもしれません」

「随分と詳しいな。料理が得意なわけじゃないと言っていたが」

「一人暮らしですからね。外で食べることもないわけじゃないけど、基本は自炊です。安上がりだし。私の知ってる冷蔵装置は、冷やすだけじゃなくて、凍らせる機能も一緒についてるんですよ。凍らせておけば腐りませんから、多めに作って冷凍しておいて、必要な時に解凍するんです」

 冷蔵庫の構造はわからないので説明のしようもないけど。

 残ったパンを全部焼いていく。

 サラダ菜を千切って水でさらし、網籠に入れて水を切る。続いてソーセージに切り目を入れて、こちらはボイル。

 フレンチトーストが全部焼きあがると、ざっと水洗いした後で再び火にかけて、スクランブルエッグを作った。卵尽くしになってるけど、まあ良しとしよう。

 大きな皿にひとまとめにして盛り付ければ、洋風ランチプレートの完成だ。私は一回り小さい皿を使って、同じ物を盛り付ける。彩り的に考えるとプチトマトが欲しいところだけど、残っていた人参のグラッセで我慢しておこう。

 自分一人じゃなくて、誰かに提供するとなると、心構えが変わってくる。

 普段ならここまでしない。もっと適当に盛り付けるし、なんだったらフレンチトーストはフライパンのままだろう。お皿が増えると洗うの面倒だし。

 テーブルに並べた昼食を、ランフェンさんは優雅な手付きで完食してくれた。非常に満足そうな顔をしていて、こちらも嬉しくなる。

 今日の出勤時間は夕飯前だというので、ヘンドリックさんにも好評だったホットドックとか、ゆで卵とドレッシングのサンドイッチとか、作れるだけ作ってバスケットに詰め込み、手渡した。

 いつもながら表情が硬いランフェンさんだが、口元が緩んでいたので喜んでくれたんだと勝手に解釈しておく。

 結果、翌日以降、時々お弁当の数が増えることになった。



 その後、私は赤い鬘を付けて王宮に滞在することになり、その際カレル様に「サンドイッチ」を所望されることになるのだが、それはまた別の話である。




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