近衛騎士団の戯言

 近衛騎士第四師団の中で、今もっとも関心を集めているのは、自分達の隊長が時折連れて歩いている女性のことだった。

 彼らの長であるところのア・ランフェンは、鉄仮面、もしくは鋼鉄の男と呼ばれている。

 態度も表情も硬く、一見すると近寄りがたい存在だ。話をすると決して冷徹ではないのだが、どうしても緊張してしまう。

 無論、上司として尊敬はしているが、親しみという点では副隊長のセド・ルケアに軍配が上がるだろう。

 顔は整っているので女性人気はあるのだけれど、あくまでも遠くに有りて愛でる存在。特定の親しい女性の話は、誰も聞いたことがない――、浮いた話のひとつも出ない、硬派な孤高の騎士なのである。

 一部の界隈では、カレル殿下とあれなのではないかという噂があったりなかったりもするのだが、それは本人のあずかり知らぬところだ。本人の耳に入ることほど恐ろしいものはない為、その情報はひた隠しにされている。誰も猛獣の尾は踏みたくないだろう。


 そんな風に徹底して女っ気のない隊長が、幾度となく同じ女性と共にいるのだ。噂にならないはずがない。

 朝の出勤時、場合によっては夕刻の退勤時間。寄り添い、会話をしながら歩いているのである。

 その現場を初めて目撃した第四師団の一人は、顎が外れるほど驚き、またある者は、衝撃のあまり持っていた弁当を落として泣きを見た。

 被害は第四師団だけにとどまらない。

 他の騎士達の間でも幾度となく目撃され、第四師団へ聞き込み調査が行われるほどだった。

 それでいて本人に直撃する者がいないところが、鋼鉄の男たる所以だろう。何の躊躇いもなく「彼女か!」などと聞けるのは、第三師団の隊長ダ・デックスぐらいなものである。

 彼の雄姿により、くだんの女性が遠縁の親族であり、ア・ヘンドリック総合統括長の下にいると知られ、高揚した空気は下火となっていった。

 ヘンドリック統括長だけではなく、彼の妹であるというメルエッタ侍女頭もまた共に居る場面が目撃されている為、「なんだ、ただの親戚か」と納得したのだ。

 だが、それとこれとは話が別なのではないかという一部の者が声を上げ、近衛騎士団内では「ラン隊長の春を見守る会」がひそかに設立され、心の中で声援を送っていた。


 お相手の女性は、華奢きゃしゃである。

 もっとも、ランフェン隊長の隣に居るからこそ、余計にそう見えるのかもしれない。

 だが、隊長の身体にすっぽり隠れてしまうほどの体格差と、頭二つ分は違う身長差。色合いの似た金色の髪。肩にかかる程度の髪を男は一つに縛り、腰まで伸びる長い髪を、女はそのまま背中へ流している。

 まるでどこぞの恋愛劇のような佇まいを傍から眺めるのは、なかなか麗しいものがある。

 相手が相手なだけに、絵空事のような感覚があり、ひそかに見守る会の中には、想いが成就するか否かを賭ける者まで現れる始末だ。

 まあ要するに、彼らは娯楽に飢えており、暇だったのである。




 それから間もなくして王宮中を震撼させた次の話題は、カレル王子の傍に現れた赤髪の女性だった。

 王太子であるカレルは、銀髪の見目麗しい青年だ。穏やかそうに見えて、それでいて外交面では決して引かない為、見た目で騙されてしまう。騎士連中の間では「顔面詐欺」と呼ばれている男である。

 ランフェン隊長が金髪である為、二人が並ぶ姿は非常に絵になり、目撃したら幸せになれると、侍女達の間では評判であった。

 そんな王子の傍に女性が出現したのだ。噂にならないはずがない。

 当然、名前が漏れてくるわけもない。ひとまず「赤の姫君」と渾名を付け、あれやこれやと想像するのが、今の主流である。

 赤の姫は小柄であり、髪を結いあげている。王子の髪に合わせた髪飾りを付けており、仲睦まじい様子が窺えた。

 姫は主に王宮の貴人階層にしか居ない為、近衛騎士達は滅多にその姿を拝むことは出来ない。警邏の最中に、運が良ければちらりと姿を見る事が出来る程度で、一番近くで拝んでいるのは侍従連中だろう。

 そこに知人が勤めている騎士が言うには、とても控えめで内気らしく、声を聞いたことはないらしい。けれど、王子とはよく言葉を交わしており、何よりも王子自身が傍から離れない。

 あんなカレル様は初めて見た。よっぽど気に入ってるんだろうな。

 とのことである。

 王子の私室に繋がる部屋に泊まっており、滅多に姿を現さない謎の姫。

 秘密にされると余計に想像力が掻き立てられ、次第に噂の内容は下世話な方向へと変わっていく。

 高嶺の花を汚すというのは、ある種の高揚感があるのだろう。

 そんな不敬を働いたせいなのかはわからないが、赤の姫君はいつの間にか姿を見せなくなっていた。

 侍従連中も所在は分からないらしく、あれは一体なんだったのか、実は幻だったんじゃないか、集団催眠かと騒然となった。

 時を同じくして、ランフェン隊長の意中の女性――勝手に認定しているだけだが――、その姿もまた見なくなっていた。

 これまた豪胆なダ・デックス隊長が「ついに振られたのか」と堂々と質問したところ、一瞬顔を強張らせた後「故郷へ帰った」と告げたのである。

 なんと、麗しの君とは離れ離れになってしまったのか――。

 それはそれで想像を掻き立てられ、ますます悲恋を主題とした戯曲のようで、彼らは赤の姫君のことなど放り出して、そちらに夢中になった。

 カレル王子よりも、ランフェン隊長の方が、身近な存在だからである。




 聖女・ハセガワキラリと、それを騙ったという偽聖女の騒動は、いつの間にか収束していた。

 隠れていたという偽聖女が出頭し、聖女と話し合いを行ったのである。

 偽聖女と直接会話をしたことがある、第四師団のセド・ルケア副隊長は、「あの方は私にとっては聖女様ですよ。それでいいじゃないですか」と発言。

 あのルケア副隊長が女性を庇った、と別に意味で話題にもなった。

 偽聖女騒動は、近衛騎士団にも大きな変化をもたらした。

 聖女に盲信していた者の一部は近衛騎士を去り、数名が新しく登用された。

 半ば操られるようにキラリ様の名を呼んでいた者は、聖女が去った後は憑き物が落ちたように元の思考を取り戻し、「あれは何だったんだろう」と頭をひねっている。

 偽聖女と言われた女性だけでなく、本物と称していた聖女すら、実は五年前の人物とは別人なのではないかというのが、王宮で働く者の見解だ。

 何が正しくて何が間違っているのか。

 あらゆる情報が錯綜する中、国が公式に発表した内容は、「すべては聖女様が我々の為になさったことである」という驚くべきものだった。

 けれど国王が通達した通り、「聖女という存在にただ頼るのではなく、自分達で未来を切り開くことが、聖女への恩返しとなる」を指針に国が動き始め、騎士達の意識も向上した。頼られる、任せられるというのは、彼らの自尊心をくすぐったのである。

 魔力の豊富さで名高いティアドールであるが、それだけに頼っていてはいけないとばかりに、他国の騎士と交流するようにもなった。また、新しい魔法を諸外国へ広めることも始めた。

 今までと違った外交が開始され、ティアドールへ訪れる者も増えたことから、町の治安維持が強化されることとなる。

 近衛騎士と自警団も、それまであった垣根を越えて交流が深まった。

 就労場所を違えたとはいえ、騎士として共に学んだ同士だ。懐かしい知人との再会もあり、むしろ歓迎された風潮である。


 諸外国にも異界の人間が居るらしく、聖女の噂を聞いてティアドールへと訪れる者が増えた。

 彼らの多くは、郷里に戻る術を探しているというよりは、同朋を求めてやって来たという意味合いの方が強く、ティアドールにはいつしか、異界人が集まるようになっていった。

 かつては珍しかった黒髪も、さほど特別な物ではなくなっている。

 こちらの世界のように、異界にも沢山の国が存在しているらしく、異界人の中にはティアドール人と変わらない見た目をした者も幾人か存在した。

 そのことから、潜在的な異界人はもっと沢山いるのではないかという研究が、諸外国にも広がっている。


 そんな風に様々な変化が根付いて違和感がなくなった頃、またもア・ランフェン隊長――今や第二師団の隊長に昇格した我らがラン隊長が、またも女を連れているという噂が近衛騎士第四師団の話題をかっさらった。

 以前よく一緒に居た、例の親族の娘かと思えばそうではないという。

 くだんの女性と共に居る時はあの鉄仮面が剥がれ落ちるらしく、うっかり目撃した騎士の一人は驚愕し、側溝に足を取られて転倒、骨折して笑い者になったという逸話が存在する。

 例によって例の如く、ダ・デックス隊長が特攻し、「彼女か」と嬉々として訊ねたところ、顔をしかめて無言を貫いた。その為、別件でお会いしたカレル王子に問いただしてみたところ、こちらも曖昧な微笑みで言及は避けたという。

 だが、あのランフェン隊長が女性の手を取り見つめ合って、何事か囁いていたというではないか。

 現場を目撃した侍女は、その他者を排除する甘やかな空気感に耐えられず、悶絶したという。



 鋼鉄の男を融解させたという噂の美人は、ランフェン隊長とは頭二つ分は違うぐらいに小柄で、不思議な抑揚をつけて話をする、黒髪の女性だった。



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