文学少女編 その5

 昼食を済ませて部屋に戻ってきた俺と彼女。

 さっきと同じように俺はベッドへ、彼女は椅子へ。そして読みかけの小説を手に取る。

「今度は寝るなよ」

「大丈夫よ、午前中寝ちゃったし…」

 なんて言いながら、二人してとる行動は同じ。手にした小説を開き、挟んでいたしおりを抜き取る。

「あ、それ…」

「ん?」

 すると、彼女が何かに気付いたように俺の手元を指さした。

「私があげたしおり、使ってくれてたんだ」

「そりゃ、もちろん」

 彼女が指さす先にあったのは、俺が使っていたしおり。

「学校では一度も見たことないからてっきり」

「なくしたら嫌だから…」

 というのも、無くはないけど、

「しおりなんて、本の最初のページにでも挟んでおけば、なくしたりしないんじゃない?」

「まあ、そうだけど、なんかね」

 特にお気に入りの本に挟むときに使っていたら、たまたま家だけで使っていた。

「ふふっ、そんなに大事にしてくれてたんだね」

「当たり前だろっ、好きな…」

 大事にしていることに間違いはない。だからこそ、お気に入りの本に挟んでいるわけで。

「好きな…何?」

「す、好きな…、好きな女の子に始めてもらったものだから」

 こんなふうに大事にするのも当たり前だよね。

「そ、そう、ありがと…」

「って、言わせておいて照れんなっ」

 面と向かって好きと言いあう機会の少ない俺たち。

「つ、続き、読もっか」

「そ、そうだな」

 たまに好きと言ったり、言われたりすると、こんな風にお互い照れくさくって、目を合わせられないどころか、会話だっておぼつかなくなる。

 そんな雰囲気のまま、二人はそれぞれが手にする小説に目を落とし、それぞれの物語へと没入していった。



 それからしばらくして、世界がオレンジ色に染まる時間帯。

 小説を読み終えた私は、

「やっぱりこうしてるのが一番好き、かな…」

 なんて、呟いていた。

 そう、彼と何かしているわけでもない、ただ一緒の空間にいて本を読んでいるだけ。それでも、そんななんてことないことが心地よい。

「なんだ、今度はあなたが寝ちゃってるじゃない」

 ふと、ベッドへ目を向けると、小説を読みながら寝てしまったらしい彼の姿があった。

「まぶしくないのかな?」

 窓から差し込む夕日が照らす彼の寝顔をのぞき込む。

 そして、彼の寝ているベッドに腰かけ、彼に覆いかぶさるような格好でカーテンに手を伸ばし、そっと閉めた。

「んぅ」

 腰かけて少しへこんだベッドの形に合わせて、寝返りを打つ彼。

「ふふっ、かわいい寝顔」

 仰向けになったおかげで、寝顔がよく見えるようになっていた。

 そんな彼の髪を愛おしげになでながら、

「さっきのあなたもこんな気持ちだったのかな」

 その寝顔をしばらく堪能していた。



 気のすむまで寝顔を満喫した彼女は、

「さすがに、そろそろ」

 ベッドから立ち上がり、だいぶ暗くなった部屋に明かりを灯すべく、スイッチを入れた。

「ん、ふわぁ」

 その明かりのまぶしさに、俺は目を覚ました。

「よく寝てたね、あんなに寝ないって言ってたのに」

「いや、まあその、面目ない」

「別にいいんじゃない?」

 何かいいことでもあったのか、ちょっと嬉しそうな彼女。

「いつの間にか夜になってたんだな」

「誰かさんが寝てる間にね」

「うぅ…」

 お前も午前中寝てただろ、なんて野暮なことはさすがに言わないよ?

「そんなわけだから、そろそろお暇しようかなと」

「ああ、そっか、それじゃ駅まで送ってくよ」

「うん、よろしくお願いします」


 帰り支度を済ませた彼女と家を出て、駅へと向かう夜道。

 無言のまま少し歩き、線路沿いの道へ出たあたりで、彼女が口を開いた。

「ねぇ、今度は家に来ない?」

「え?」

 俺の家に彼女を迎えることは何度かあったけど、彼女の家にはまだ行ったことがなかった。

「おもてなし、してあげるから」

「いいの?」

「もちろん。…でも、変なこと期待しちゃダメだよ?」

「それは、期待しろってことじゃ…」

「わー、違う違う、今のなしっ!」

 慌てて、否定する彼女。

「ごめんって」

「もうっ、やっぱりやめようかな…」

 ちょっとすねたように、そっぽを向いてしまった。

「だからごめんって」

 するとそのまま、彼女がぼそっと何かを呟いた。

「ま、期待するだけなら自由だけど」

 しかし、ちょうど電車が真横を走り抜け、彼女の言葉をさえぎっていった。

「なんか言った?」

「え?お菓子作っておいてあげるって」

 何もおかしなこと言ってないよというふうに、いたって普通に彼女は答えた。

「そっか、それは楽しみだ」

 という間に駅に到着し、

「それじゃ、また学校でね!」

「あぁ、また」

 送り出した彼女は、楽しそうに笑顔を浮かべて、改札へ入って行った。


 満面の笑みを浮かべて、嬉しそうにしてくれるだけで十分、かな?


 その笑顔を、いつまでも、彼女のすぐ横で見ていたいと思った。


(文学少女編 了)

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かわいい女の子とこんな日常を過ごしたい! 明月 悠 @Yu_Akitsuki

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