文学少女編 その4

「で、今読んでるのは?」

 例の恋愛小説を貸してくれるという彼女を部屋に招いたんだけど、彼女は自分が読んでいる小説に夢中になっていて、なかなか貸してくれそうにない。

「例の小説の続きの続き」

「え?」

 が、それどころでないことを言い出した。

「一応言っとくと、続きの続きの続きはないから安心していいよ」

「安心しろっていうか…、さらに続きがあるの?」

「うん、これで最後、クライマックス。三角関係の本当の結末がつづられているよ」

 と、言いながら、読んでいた本の表紙をこちらへ向けた。

「いや、すっごく気になるんですけど…」

「まあ、私も結末はまだ知らないから、今ここで読んでいるんだけどね」

「それならなおさら、そんなこと言ってないでさ、早く小説を貸してくださいっ!」

「ふふっ、焦らないの」

 と言いながら、彼女はカバンから本を取り出し、

「ほら」

 俺に差し出してくれた。

「ありがとうっ」

 特等席である座り心地抜群の椅子は、彼女が座っているので、俺は仕方なくベッドへ。

「では、さっそく」

「ベッドで寝転んで、寝ちゃわないでよ?」

「大丈夫、昨日いっぱい寝たし、続きが気になりすぎて寝てる暇なんてないよ」

 なんて答えながら、本を開いて読み始める。

「私の方は、昨日から読みっぱなしだからな…」

 と言いながら、ちょっとだけ眠そうに目をこする彼女。

 そう、あの椅子は座り心地が良すぎて、寝落ちする可能性があるのが玉に瑕だったりして。

 何はともあれ、俺の手には目的の小説が、彼女も結末の気になる小説を手にしている。となれば、あとは読むしかない。

 間もなく、部屋の中ではページをめくる乾いた紙の音が、かすかに聞こえるだけになっていた。



 気が付けば、本に落ちる影の位置がだいぶ変わっていた。時計に目をやると、いつの間にか正午過ぎ。

「お昼ご飯どうするかな…」

 しおりを本にはさみ、いったん読むのを中断する。一人なら、昼食も取らずに読み続けてしまうこともよくあるけど、今日は彼女が一緒だ。

「ん?」

 昼食をどうしようかと、彼女に声をかけようと思ったら、すぅすぅと、気持ちよさそうな寝息が聞こえていた。

「結局、寝ちゃったのか」


 あぁ、かわいい寝顔しちゃって…。


「う~ん」

 こうも気持ちよさそうに寝られてしまうと、起こすかどうしようか悩むな。

 なんて思いながらも、彼女の寝顔を眺める。こうじっと見つめてたら、気が付いて起きたりして。

 いや、結構ぐっすりな様子で、さすがに彼女が目覚めることはなく、時間が過ぎ去っていくだけ。

「これで起きなかったら…」

 と言いながら、つい手を伸ばしたのは彼女の顔。そして、指先を柔らかそうな頬へと。なんかいけないことしてる気分だ。


 ぷにっ。ぷにぷに。やわらかい…。


「…ねぇ、なにしてるのよ?」

「あ…」

 ちょっとツンツンってするだけのつもりが、つい夢中になっていた。

「お、お昼になったからご飯どうしようかなぁって」

 目をそらして、はぐらかすように答えるけど、

「ふぅん、ご飯食べるのに、どうしてほっぺた引っ張るのよ?」

 彼女は、さっきまで触られていた頬をさすりながら問い詰めてくる。

 夢中になりすぎて、いつの間にやら、ふにふにと。彼女の頬をつまんで弄ん…、堪能してしまっていた。

「かわいい寝顔を見てたらつい…」

「寝顔って…、普通に起こしてくれればいいのに。あと、かわいいとかつけないでよ…」

 寝顔を見られたことを少し恥ずかしがる彼女。

「ごめん、気持ちよさそうに眠ってたから、起こしていいものかと…」

「まあ、いいわよ。寝ちゃった私も私だし」

「あんまり無防備なのもどうかと思うぞ」

 俺の前では構わないけどね。あ、他意はないよ?

「いつでもどこでも、こんなんじゃないわよ…」

 え?

「それって…」

「もう、この話は終わりっ。それより、ご飯どうするか、でしょ?」

 その先を言葉にする前に彼女にさえぎられた。そして、立ち上がり部屋を出ようとする彼女にかけることができたのは、

「…冷凍のパスタとかならあるけど」

 と、当たり障りのないこんなことだけ。度胸のない自分が少し悲しい。

「いいんじゃない?お互い早く済ませて、続き読みたいでしょ?」

 そう言いながら部屋を出る彼女の横顔は、その頬をほんのりと紅く染め、

「そうだね、冷凍食品でいいなら…」

 ちょっとだけ寂しそうに見えた気がしたけど、

「それとも、私に何か作ってほしかった?」

 気のせいだったのか、すぐにニコっと、いたずらっぽい笑みを浮かべて、魅力的な提案を。

「えっ?作ってくれるの!?」

 以前作ってもらった彼女の手料理はめちゃくちゃ美味しかった。また、食べられるならこれ以上嬉しいことはない。なにしろ彼女の手料理だし。

「…それはまた、今度ね」

「えぇ~、今度、必ずな!」

 心底残念がる俺を見て、

「ふふっ、わかりましたよぉ」

 彼女は嬉しそうにしている。

 と、何事もなかったかのように、いや、何か起きたわけではないんだけど、いつも通りの他愛もない話をしながら、昼食を食べに俺と彼女はそろってリビングへ。

 そして、適当に冷凍庫をあさり、ささっと昼食を済ませた。

「さて、続きを読みますか」

「そうね」

 おなかも満たされ満足した二人は、またそろって俺の部屋に戻って行った。

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