転生小説、いわゆる『なろう系』と呼ばれるコンテンツについて

 転生小説についてご存知だろうか。現代(たいてい日本)で死んだ主人公が、異世界に転生して冒険したり生活したり改革したりする小説、いわゆる『なろう系』小説のことだ(『なろう系』の定義はいくつかあるが、ここではこのように定義する)。

 インターネット小説投稿サイト、『小説家になろう』で流行したから『なろう系』と呼ばれるのだが、実際は『小説家になろう』以外のサイトでもたびたび見かける小説形態だ。

 この章では「なろう系小説はどこから生まれたのか」について話したいと思う。


 なろう系小説はどこから生まれたのか。死んだ人間が異世界に行って冒険するなどという珍妙な小説形態は一体どのように発生したのだろうか。

 死んだ人間が転生するという点では背景に仏教的輪廻転生思想が垣間見えるし、これらの小説に見られる『異世界』には中世ヨーロッパ的な世界観と有名ゲームソフト『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などのRPG(ロール・プレイング・ゲーム)的な世界観が混在しているようにも見える。

 これらの要素はなろう系小説の内容、つまり作品内の設定などの変遷を考える際には非常に重要な要素だが、これらを直接追いかけるだけでは『なろう系小説』発生の原因は探れない。この小説形態の発生はもっと別の場所にあると私は考える。


 『夢小説』というジャンルを知っているだろうか。夢小説とは特定の登場人物の名前を読者が登録することのできる、主にネット上で公開されている小説形態の総称である。登場人物(大抵の場合主人公)の名前を自由に決定できるため自分の名前を入れるなどして物語への感情移入を深めることができるのが特徴で、有名な漫画やゲームを原作とした二次創作で、原作キャラクターと夢主(先述した名前を自由に決定できるオリジナルの登場人物)の恋愛を取り扱ったものあることが多い。

 夢小説はインターネット黎明期から一定数見られる非常に古いネット小説の形態の一つであり、ガラケー全盛期には手軽に読めるケータイ小説としても人気を博した。

 通常、夢小説の導入にはある一定のパターンがある。というのも、多くの夢小説が二次創作なのは既に書いた通りだが、二次小説というものは前提として原作の設定・ストーリー展開が既に存在しているため、どうしても導入は『夢主が原作ストーリーに関わることになるきっかけ』から書かざるを得ないのである。

 そして、先ほどちらっと書いたが、夢主には自分の名前を入力することが想定されている。現実の自分は原作キャラクター達が住む次元には本来存在していないため、通常の恋愛小説のような「朝に曲がり角でぶつかった人が転校生だった」といった導入ではどうしても無理が生じてしまう。無論そこは考えずに夢主を元からの作中人物として書く夢小説も多くあるのだが、現実世界の自分が作中世界へ入り込むことについて整合性を保つための設定を取り入れている夢小説も多い。その代表例が『トリップ』あるいは『転生』である。

 説明しよう。『トリップ』とは現実世界で普通に暮らしていた人物が何かの拍子に作中世界へ迷い込んでしまうこと。『転生』とは現実世界で何らかの理由で死んだ人物が輪廻転生を経て作中世界に生れ落ちることである。

 転生において生前の記憶・人格をどの程度保持しているかは作品によって異なる。トリップと転生の主な違いは、現実世界の肉体を保持したまま作中世界へ行くか、作中世界で新たな肉体・人生を得るかといったところだ。夢小説のストーリー展開としては、トリップなら突然作中世界へ夢主が現れて原作キャラクターと出会うことになるのに対し、転生だと作中世界の人間関係に組み込まれる、つまり原作キャラクターと最初から何らかの関係にあったり一定の財産を得ていたりする。夢主はもともと現実世界の人物であるため作中世界、つまり原作の知識を持っている場合も多い。その場合同じく原作の知識を持っている読者の感情移入度が増すし、原作ストーリーの改変を容易にする効果も期待できる(あと夢小説の作者がストーリーを書きやすい)。

 少々無茶な設定に思えるかもしれないが、二次創作においては原作という共有された世界観が既に存在するために少量の無茶な設定は問題視されない、むしろスパイスとして利用できる。そういう意味ではこの『トリップ』と『転生』は画期的な設定であったと言えるだろう。

 こうした夢小説は主に個人サイトで掲載されることが多かった。しかしインターネットの発展が進むにつれ、ネット上には小説投稿サイトが出現する。その中で頭角を現したのが現在も不動の人気を誇る小説投稿サイト『小説家になろう』とそれに付随する二次創作小説サイト『にじファン』である。

 『にじファン』とは『小説家になろう』サイト開設当初数多く投稿されていた二次創作作品に対する規制の一環として開設された二次創作専門の姉妹サイトであり、2010年に開設したものの二次創作に対する著作権者側の更なる規制強化のためか2012年には閉鎖となっている。しかし当時の『にじファン』の盛況ぶりは凄まじく、『小説家になろう』にも大きな影響を及ぼしていた。

 にじファンに投稿されていたのは多くの夢小説と同じ二次創作だが、恋愛小説に限られないという点が夢小説と決定的に異なっている。にじファンには主人公の名前を読者が入力するようなシステムは存在しなかったし、求められてもいなかっただろう。利用者たちは原作キャラクターの人間関係の夢想ではなく、原作をモチーフとした新たな物語の創作を求めていた。

 にじファンに投稿されていた二次創作には、原作のifルートを書いた作品、原作キャラクターの別の物語・日常を綴った作品、他作品のキャラクターをクロスオーバーさせた作品、原作に存在しないオリジナルキャラクターを登場させ原作ストーリーに関わらせる作品など多様な作品群が存在したが、特に好んで使われたのが「原作ストーリーについての知識を持っている特定の人物が原作に介入しストーリー展開を改変する」といった手法である。

 この手法であればストーリー展開がある程度原作に沿った形になるので作者も読者も状況を理解しやすく、それでいてある程度独自路線を演出できたことが人気の理由だったように思われる。そして「原作ストーリーについての知識を持っている人物」が原作に関わるきっかけとしてよく持ちられたのが、夢小説と同じ手法、『トリップ』や『転生』といった設定である。例えば「現実世界で死んだとある人物が転生した先は、生前知っていた作品によく似た世界だった」とか「大人になった原作ストーリー内のあるキャラクターが、気が付くと何故か原作ストーリーが始まる前の幼い頃の自分になっていた」とかそういった感じである。夢小説と異なる点として、特定キャラクターとの恋愛関係ではなくストーリー構成に重点が置かれているため、本来代えの効かない原作キャラクターに大きな変更が加えられる、つまり気が付くと原作のあるキャラクターに憑依していた、などといった設定も好んで用いられた。


 さて、これまでの話で「二次創作にはトリップや転生といった導入の仕方が使われることが多かった」ことは分かっていただけたと思う。そして『小説家になろう』と『にじファン』は非常に近しいサイトであったことも既に述べたとおりである(小説家になろうとにじファンのアカウントは共通だった)。

 これらのことを鑑みると「なろう系小説はどこから生まれたのか?」という疑問に答えが出せる。つまりなろう系小説とは、『ドラゴンクエスト』を代表とする中世ヨーロッパ風の世界観を原作として、にじファンで流行していた『トリップ』『転生』といった手法を応用して作られた創作形態である。

 なろう系小説によくみられる手法のほとんどはにじファン、つまり二次創作小説で使われていた手法と一致する。例えば「物語導入時にチート能力(なんかすごい能力)を得る」という手法。にじファンでは現実世界の人間が転生する際に、他作品に存在する特殊な能力を得るといった導入がよくなされていた。単なる能力ならまだしも「他作品」の能力というメタを含んでいるため違和感のない導入が難しく、なんかすごい存在(神様)に都合よく能力をもらうという流れが多い。これは当時からご都合主義と揶揄されていた。またあまりにもこの導入方法が多かったためテンプレート(テンプレ)などと言われることもあった。

 

 『なろう系』の流行とそれに対する批判は、ストーリーを重視しない日常系小説の登場の一因と考えられ、それはファンタジー世界の文化・生活様式へ注目する昨今の潮流へと繋がってゆく。そこまではこの文章で考察しないが、こういった創作物にも一定の潮流があることを念頭に置けば作品をまた違った角度で楽しむことができるかもしれない。

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