第3話 彼女と僕の一方的過ぎる会話

 2019年5月1日、10連休のさなか、めでたく改元となった。

 めったに見られない皇室行事を報道しているテレビを家族と一緒に眺めていると、何度か面識のある男女がゆっくりと部屋に入ってきた。

 二人が纏っていた雰囲気によって、この部屋だけ世間の祝福ムードから切り離されてしまったかのように静まり返った。

 僕の両親は、どう応対するべきか判断しかねているように椅子から腰を少し上げたまま動きを止めた。

 僕はとりあえずテレビを消した。


「うちの成子せいこのことですが、この度……」

 そこまで言って、女性――成子さんのお母さんは言葉を詰まらせて泣き始めた。その肩をお父さんが支えつつ言葉を継いだ。

「2019年5月1日、午後2時20分に息を引き取りました」


 僕たちの側は誰も何も言えないかった。言うべき言葉が見つからない。

 ただ、「平成が終わるまでは付き合って」という成子さんの約束は果たされたのだということだけはぼんやりと認識できた。


「この前、大きな手術を受けまして、その直前にも成子は『和樹かずきくんとまた話がしたい』と何度も言っていましたから……。術後数日は容態が安定していたのですが、昨夜から急変して……」


 つまり、成子さんは自分の約束を果たしたことを悟って勝手にどこかへ行ってしまったということになる。

 あの人は自分勝手だ。こんな一方的な約束をけしかけてくる前から何度も思っていたことだけど。

 だけどまあ、薄々分かっていたことでもある。だから、あの話を聞いた時、エイプリルフールなんじゃないかと反応したのはそのためだ。

「僕たちの関係が割と限界だ」と言ったのはそういう意味だったし、平成が終わった後に何をするのかについて彼女が深く考えてなかったのもある意味当然のことだった。

 結局のところ、彼女の約束は果たされたが、僕の約束……「令和が始まっても、またこうやって話をしよう」という方は果たされなかったというわけだ。

 いろんなものを待ったが、今度こそ永遠の待ちぼうけということになる。


 僕たちが黙っていると、遠慮がちに成子さんのお父さんが口を開いた。

「成子の遺言なのですが、もし手術に失敗したら和樹くんに臓器提供をしたい、と」

 僕たち家族は目を合わせた。言葉は無かったが、どうやら僕に一任されているらしいことは伝わってきた。

 長考するまでもない。


「受けさせていただきます。それが成子さんの意志ならば」



 あれから約20年。

 令和の終わりの日を迎えながら、彼女の墓前で手を合わせる。

「君のおかげで随分長生きしたよ」

 彼女が好きだったイチゴを供える。

「また君と話をするために、もう少しだけ待たせてしまうね。でもまあ、何につけても待たされっぱなしだったあの頃の僕の気分を味わいながら気長に待っててよ」

 そう呟きながら、先に供えられていたものもまとめて回収する。

「今年もたくさんあるなぁ。君は多くの人から愛されていたんだって分かるよ」

 立ち上がって振り向きざまに、

「でもまあ、君の臓器に捧げるために全部食べなきゃいけない僕の身にもなって……もうなってたね」

 苦笑いしながら受けた5月の風は、いつにも増して爽やかだった。

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「平成が終わるまでは付き合って」と彼女は言った 富士之縁 @fujinoyukari

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