第2話
(そうだ……私の、“アタシ”の前世は、喧嘩に明け暮れていた女子高生…!人呼んで“鮮血の向日葵”!)
ヒナタは記憶がまるで自分に馴染んだかのように頭が軽くなるのを感じた。その記憶に導かれるかのように拳を作ると、地を蹴って一瞬ともいえる間合いで一方の少年と間合いを詰める。そして脇を締めて捻るようにその拳を突き出すせば、見事に少年のみぞおちにクリティカルヒット。
きゅう、と地に伏した少年を脇目に、ヒナタはじろりとリーダー格の少年を見つめた。あともう一人いた筈だが、気付けば見当たらないその姿にヒナタは気が付いていなかった。何といってもヒナタにとっての敵は、コヨイの髪を切ったリーダー格の少年その人しかいなかったからである。
「髪は女の命だってお母さんに習わなかった?」
「うっ、うるせぇうるせぇ!なんだよ、さっきまでビビりまくってたくせに!」
虚勢のようにハサミを構えて見せる少年に戸惑いの色が濃く見えるのも無理はなかった。なんといっても今のヒナタはまさに修羅―怒気に包まれているのにどこか楽しそうにも見えるその姿は、小学生女子の姿のアンバランスさも相まって非常に奇妙になっていた。
「ビビってるのはアンタでしょ!」
その言葉と同時にヒナタは少年との距離を詰め、金髪を翻しながら見事な手刀でハサミとコヨイの髪束を叩き落とす。そしてそのまま馬乗りになると、鮮やかな青い瞳をそっと細めてニタリと笑う。不気味この上ない。焦らすかのようにゆっくり拳を振り上げ、叩き落とすかのように勢い良く振り下ろそうとしたその時、パシッと小気味良い音が響く。
「ちょっと待った」
ブレーキを掛けるかのように手首をゆるく掴んだのはコヨイだった。先ほどからのヒナタの豹変にまだ驚きは残っているようだが拳自体は難無く止めたように伺えるその様子に、ヒナタは戦慄した。
(さ、流石コヨイ…! アタシの拳を簡単に止めるなんて…!)
「ヒナ、いつのまにそんなに強くなったの? びっくりしたよ」
「こ、コヨイ、えっと、これは、」
ヒナタの拳から力が抜けたことを確認すると、ヒナタはそのままぐいっとヒナタを引っ張り上げた。馬乗りになっていた少年はカタカタと震えてしまっているが無理もない状況だろう。確かに小学生女子を相手にしている筈なのに、繰り広げられる光景が小学生女子のそれではないのだから。
まさか突然前世の記憶が戻ってきて、コヨイの髪が切られたこともあって怒りと狩猟本能(?)がバーストしてしまいました、なんて言える筈がない。しどろもどろになりながら目線を逃がすヒナタの様子に、コヨイは眉を八の字にしながら笑った。
「びっくりしたけど、怒ってくれて嬉しかった。ありがと」
「コヨイぃ……!」
嬉しさと安心から、ヒナタはぼろぼろ泣きながらコヨイに抱き着いた。コヨイは道着が濡れてしまうことも気にせずに抱き留めて、よしよしと背中を撫でてくれる。その手のひらにまた安心して涙が止まらない。
傍から見たらとても感動的な光景だと思われる。
その足元に震えきっている少年やみぞおちを抑えながら蹲る少年や、無残に散らばる髪の毛の束さえなければ。
そんな状況の中で、2つの声が響いた。
「先生、こっち…!」
「はいはいはい、ちゃんと行きますから……って、これは思ったより中々の光景ですね」
□□□
結論から言うと、ヒナタはお咎めちょっぴり、急にどうしたが大半だった。
元を辿れば少年たちのコヨイへの逆恨みでしかなかったし、見学に来るくらいコヨイが大好きなヒナタなのだから怒って当然だ、という見解を示してくれたのは最後に駆けつけてきたこの道場の師範だ。
コヨイに至っては、その強さにこそ驚きはしたものの内面的な変化にはそれほど動じていなかった。遠まわしに先ほどの自分についてヒナタはコヨイの印象を問いかけたのだがその際の回答は――
「確かにちょっと変わったと思ったけど…、ヒナ、最近あのドラマにハマってたもんね」
以上である。ヒナタは自分で思うのも難だが、親友のその器量に喜べば良いのか悲しめば良いのか分からなかった。しかし引かれたりマイナスな感情を持たれていなかったことは素直に安心した。
何といってもコヨイは地島家――リゾートを中心に広く社会展開している企業の一人娘なのだから。俗に言うお嬢様である。といっても父親が叩き上げで成功した、今正に発展の真っ最中でもあるので、特別お嬢様ぶったりはしていないし、またその両親が物心ついた頃からの幼馴染であるヒナタを今更遠ざけるとも思えないのだが。
そんなコヨイが髪を整える為にと道場を跡にすると、ヒナタも家路につく。手洗いうがいしなさい、なんて母親の声に返事をしながら洗面台に向かうと、改めて自分の姿を見つめた。
…にしても、改めてすごい見た目だな。ここ、現代日本だよな?何をどうすればこんな…金髪碧眼の純日本人が生まれるんだ…?
コヨイはちょっと和風?な黒髪美人って感じだけど、こりゃ私も私で中々可愛いのでは…?
そんなことを思いながらぺたぺたと自身の顔周りを触っていてく。先ほど挨拶を交わした母親も、茶髪というには色素が薄く明るい色合いをしていたし、そういう髪色に染める普通になってきたのだろうか。それにしては、この髪色は余りにも自然なのだけども。疑問に思いつつ事を済ませると、そのまま自室へ向かう。その最中に年子の妹―ウララとすれ違う。
「あっ、お姉ちゃんおかえりなさい!エンラヴァの新刊買ったから、私読んだら渡すねっ」
「やった! 楽しみにしてんね!」
エンラヴァ―エンジェル・ラヴァーズは、天原姉妹が一層好き好んでいる少女漫画だ。普通に生きていた女子中学生が、突然現れた不思議な生き物に導かれて天使に変身出来る力を手に入れて、世界平和と自身の恋の成就を目指して奮闘するファンタジー要素の強いラブコメディ。
(漫画といえば、姐さんも好きだったなぁ…私が死ぬ前にドハマリしてたやつ…なんだっけ、えーっと…)
前世の自分が姐として慕った存在と一緒に読んだ漫画を思い出す。確かエンラヴァと似たような内容だった。とん、とん、と自室への階段を上りながらどうにか記憶の欠片を拾い集める。
「エンラヴァとすんごい似てた気がする…主人公が確か…
んんんん???
ヒナタの頭の中に一斉に飛び込んでくるはてなマーク。今思い出した名前の羅列、余りにも馴染みがあり過ぎた。上ってきた階段を駆け下りる。後ろからドタバタ走らない!なんて声が聞こえたが今は無視だ。
もう一度洗面台に飛び込んで、鏡に映る自分に手を伸ばした。客観的に直視したその姿、その姿はどこからどう見ても―――
「アタシ、“エンジェリック・ミルフィーユ”の
転生天使とミルフィーユ はやざか みずき @hayazaka_mizuki
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