第1話
ヒナタに前世の記憶が戻ったのは、10歳になるかならないかくらいの頃だった。
幼馴染であり親友のコヨイと、コヨイの家でヤンキーものの学園ドラマを見ていた時にテンションが上がり過ぎた結果、乗り上げていたコヨイのベッドから落ちて気絶。その時に見た夢が、記憶が戻る切っ掛けだったのだろう。その頃はまだ、前世の自分を夢に見るくらいで、それこそ学園ドラマにハマっていたのもありヒナタは夢の延長なんだと思っていた。
とはいえその夢を見るようになって以降、件の学園ドラマにはより親近感を覚えるどころか“ぬるい”“脇の締め方が甘い”なんて感想を抱くようになっていたので、本人が思っている以上に片鱗はあったのだが。
記憶がはっきりと戻ったのは、残暑が残る夏休みの終わり頃。コヨイが通っている道場へ見学がてら遊びに行った時のことだった。端的に言うと、コヨイは黒髪ロングがよく似合う美少女だった。そして少し天然ではあるものの凛とした立ち振る舞いは、ヒナタの憧れであると同時に自慢でもあった。
そんなコヨイが練習の終わり際、同じ道場の男の子たちに引っ張られてどこかへ連れて行かれるのを見つけたヒナタは慌ててその後を追った。
「ちくしょう、女男め!」
「なに女のフリしてんだよ、髪なんか伸ばして!」
「いっ……! やめっ…!」
辿りついたのは、人気の少ない道場裏だった。まだ手合わせは続いているのだろう、ダンッ、ダンッと地を叩く音が微かに響いている。
そんな中でコヨイは、同じくらいか少し年上の少年3人に囲まれていた。その面々は、先ほどの手合わせでコヨイに負けた面々だとヒナタはすぐにわかった。コヨイはどうにか抵抗しようとしているが、結んでいた筈の長い黒髪は解かれてて、容赦なく強く引っ張られている為に身動きをすれば寧ろ痛みが出るようで思うように抵抗が出来ていない。そのどこか暴力的な図に思わずヒナタは足が竦んでしまった。
(どうしよう、どうしよう。コヨイを助けなくちゃ、でも)
その時、チャキチャキ、と金属が小さく響いた。それはリーダー格のようにみえる少年の1人が取り出したハサミの音に他ならない。そのハサミは掴まれているコヨイの髪束の根元に添えられる。ハサミには微かに夕日の光が当たっていて怪しく光が揺らめいた。
「こんな髪切ってやるよ!」
「やめて!」
思わずヒナタは飛び出した。突然の登場に、コヨイも含めその場の全員がぽかん、と呆けている。でもそんなことに構っている余裕なんてなかった。大事な親友の大ピンチに、竦んでいる場合じゃない!その気持ちだけがヒナタを突き動かす。しかし足の震えはどうしても隠しきれていなかったが、それを抑え込むようにぐっと両手で拳を作って力を込める。
「コヨイをいじめないで!コヨイに負けたくせに!」
「ヒナ、」
「なんだよお前、お前からやっつけてやる!」
「ひぇっ……!」
自分と同じくらいの体格とはいえ、2人がかりで男の子に走って来られたら怖くて仕方がない。掴みがかってくる手から逃れるようにぎゅっと目を瞑ると、奥からジャキン、と音がした。そしてすぐ、足音。
「ってぇ!」
「ヒナに触らないで」
「! こよ 」
い、まで続くはずの音は、喉が締め付けられたような感覚で掠れて消えた。目の前で男の子2人の腕を掴んでいるコヨイの髪は、おかっぱに近いような短いものになっていた。目が点のようになってしまっているのは決してヒナタだけではない。ヒナタに掴みかかろうとしていた少年たちも、奥側でコヨイの髪を掴んでいた少年-今その手にあるのは、長くぶら下がった髪束だけだが―も、その姿に信じられないものを見ているかのような眼差しを向けていた。
「こ、コヨイ、髪、」
「え? あぁ、動けなくて困ったから、切っちゃった」
少年の腕を掴みながらも器用に振り向いて見せたコヨイは、にこっと明るく綺麗な笑顔を見せる。いつもと変わらない、ヒナタの大好きな笑顔だ。しかしそれを包むようにある黒が、バラバラと不揃いであることにヒナタの心へ棘を刺す。そしてその棘は心から移動するかのように、次は脳裏へ突き刺してきた。
“姐さんの髪は綺麗だ。アタシのブリーチかけまくった金髪と違ってめちゃくちゃ綺麗!”
“あっはは、髪は女の命って言うでしょ?ここだけはね、一応女として守っていきたいなと思うわけだ”
“アタシも髪だけは大事にします、命なんで!”
“そうしなそうしな、まずは根元のブリーチを忘れてプリン頭にならないようにするところからさ”
どこからか分からない情景が浮かんで、涙がぼろぼろと零れてくる。
(私は、アタシは、女の命を切らせてしまった)
(大好きなコヨイの髪を、私を守るために)
自分の姿を認めてからどこか様子がおかしくなったことに気付いたコヨイは、少年の腕をそれぞれ捻りあげてから手を放す。そしてその肩に触れようと手を伸ばしたが―突然立ち上がったヒナタにより、それは空振りに終わった。
「女の命に何やってくれてんじゃこンのクソ野郎が!!」
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