鬼の居ぬ間に
名もなき花達
第1話 出会い
第1章 出会い
僕と君との出会いは突然で非現実的なことだった。
束ねた髪が地面につき、血だらけの姿で横たわり、こちらを力強い眼で見つめる。
そんな姿は鬼と呼べるものに相応しいだろう。
例えば僕なら血だらけになり動けない状態ならば助けて欲しいと懇願していただろうか。
毛細血管が破裂しそうになるくらい苦しく、全身の毛が逆立つくらい脈打つ心臓の動きで声も出せなかったもしれない。
しかし、君はどちらでもなく、僕はその眼に惹かれるものがあったのだろうか。
僕は差し出された手を握り返してしまったのだった。
第1節
鳥のさえずりと朝日の光で朝7時に目が覚めたのだった。
台所へ行くが親の姿はない。
僕の父親は会社にいることが多く家に帰ってくることは週に2日ほどだ。母親は僕が小学一年生の時他界した。この母親の死が僕の人生を大きく左右することになるのだがそれは後々話すことにしよう。
まず朝食を取らなければならない。朝食はパンと目玉焼きを作ることが習慣であるが、たまにご飯と目玉きのときもある。その時の気分で決めるのだ。パンを食べながらお茶で流し込む。部屋に行き制服に着替え、ネクタイを締める。準備を終えると学校に向かう。平凡で高揚することのない一日が始まろうとしていた。
季節は秋になろうとしていた。夏休みが終わり肌寒い季節の始まりである。僕は高校2年生だ。高校2年生と言えば彼女がすでに出来ているか、彼女を作ろうと必死になっている時期だろうか。または、来年の受験に控えもう勉強していることだろうか。いや、スポーツ推薦を狙うため、部活に勤しんでいる人もいるだろう。
僕はどれでもない。青春を謳歌しようと言う気力もなく、敷かれたレールを歩いているだけの高校生活を送っている。なぜ僕が漠然的に高校2年生を語っているかと言うと俗に言うボッチだからだ。ボッチと言うのは世で言う一人ぼっち。つまりは友達がいない。強いて言うなら友達と呼べる人が僕にはいないのだ。
その時、クラスで唯一僕に話しかけてくる女子、蝶上すばるが僕の机を、人差し指を曲げてこんこんと叩く。
「空いてますか〜?」
と明るい声で話す彼女はクラスで俗に言う人気者にあたる。成績もそこそこよく、スポーツ万能である。
蝶上すばるが僕に話しかけてくる理由は定かではないが、僕は女子に話しかけられて、胸の鼓動が高鳴るわけもなく平然とこう答える。
「蝶上よ、空いてますか?と言うことは席が空いてる時に尋ねる言葉であって決して席に座っている人に聞く言葉ではないと思うぞ。まあ、対して用事はないと思うけれど、用があるならば聞いてやってもやらなくてもいいのだけれど」
「ははは、相変わらずだね!世中君!いいセンスしてる!!」
何がいいセンスだ。僕は目の前に立っている目立つ存在のクラスメイトと早く離れ、一人で静かに本を読みたいと言う衝動に駆られているのに。
「それでさ!大した要件ではないのだけれど、放課後手伝って欲しいことがあるんだけど。。」
僕は了承した。理由は明白である。ここで断ればしつこく懇願されるのが目に見えているし、彼女の困った眉毛が僕の心をほんの少しだけかき乱したからだった。
放課後プリントを蝶上すばると二人で整理することになった。強いて言うならば、蝶上すばるが担当の先生に頼まれたプリント整理を僕が手伝うことになったと言うのが正解だろうか。
机にあるプリントを整える彼女に下心は全くないといえば嘘になるが、下を向き、プリントを綺麗にまとめあげる姿はさすが女子といったところか。かすかにシャンプーの匂いが漂ってくる。
「そういえばさ!世中君って奇妙な話とかは信じるほう?」
ハッと我にかえる。いきなり話かけられて動揺する気持ちを抑えながら答える。
「そ、そう言う話って幽霊とか、神話の世界の話ってことだよな?そう言う話は信じてみたい気もするが、実際にはない気もするんだよなぁ。なんというか難しいのだけど、空気ってそこにあるのに見えないじゃないか。奇妙なこともそれと同じで実際にはあるんだけど目に見えない。つまりそれをないと言えばないことになるじゃないか。
」
僕は蝶上すばるのことをジッと見つめた。僕が求めている返信が返ってくるとは思わなかったが、僕の話したことに彼女がどんな反応を見せるか気になったからだ。
「そういう難しい話にするつもりはなかったんだけど」
髪の毛を人差し指を使ってクルクルと巻きながら蝶上すばるは答える。
「最近クラスの人の情報で、この辺に鬼みたいに綺麗な女性を見たって話を聞いたの。鬼みたいに綺麗ってのがよくわからないのだけれど赤髪、で目が水色なんだってさ!」
「でもそれって外国人とかただ髪を染めてるだけって可能性もあるじゃない?でも私は本物の鬼なんじゃないかって思うの。そう信じたいだけなのかもしれないけれど。」
蝶上すばるはプリントをまとめ、机にトントンと叩きつける。
「鬼って童話に出てくるあれだろ?頭に角が生えてる化け物じゃなかったっけ?それが綺麗な女性とは信じがたい話だな。それが本物の鬼だっていう根拠はあるのか?」
反論はできまいだろうと僕は彼女をドヤ顔で見つめた。
そうすると彼女は困ったような戸惑ったような顔で微笑み、
「根拠は何もないんだ!ただそういう奇妙な話って信じてみたい気がするだけなの。どこかで本物の鬼が出てくれたらいいのになって。」
そういう彼女の目はとても澄んでいて夕日に照らされた姿はとても眩しかった。
2節
僕と蝶上すばるは担任の先生の手伝いを終え、校門の前で別れた。
「夜中くん!今日はありがとう!また明日ね」
手を振りながら反対方向に歩いていく蝶上すばるに手を振り返し、歩き出す。すっかり日は落ち、周りは真っ暗になっていた。灯りは街灯だけ。
僕の家は学校から徒歩15分のところにある。
途中公園があるのだが家に着きたくない気持ちもあって少しの時間寄ることにした。
公園の前の街灯が消えかかっていて消えたり、ついたりしている。
ここで漫画の主人公なら、何かが起きる前兆と感づき身を構えるところかもしれない。が、僕は後者のほうで、何も感じることもなく平然と公園の中に入ってしまったのだ。
ベンチに腰をかけて「ふーっ」とため息をつく。
僕はこのまま変哲もなく人生を過ごしていくのだろうか。そう思った瞬間、暗闇から突如うめき声が聞こえてきた。
「ウヴゥ‥誰かそこにおるのか?」
一瞬月の光がそれを照らした。それは赤い髪と真っ白な素肌、水色の目で力強くこちらを睨んでいた。束ねた髪が地面につき、血だらけの姿で横たわり、こちらを力強い眼で見つめる。
僕は何も答えられなかった。この世のものとは思えないほど神秘的な彼女の姿に心が震えたからだ。
「そこにお主がいるのはわかっておる。気配が感じられるからな。ケホッ‥。」
「この私を助けてくれるのならなんの願いでも叶えてやろう‥約束する‥。だから私を助けてくれんじゃろうか‥」
人を呼んできた方がいいだろうか。以前に学校で習ったことがある。心肺蘇生法の授業で、倒れている人がいるときはまず人を呼んで救急車を呼んでもらうのがセオリーだ。しかし、目の前にいるのは多分鬼だ。
「救急車は呼んではならん‥」
こっこいつ心を読んだのか?‥
「わしはお前の考えていることはだいたいはわかるんじゃ。」
心を読まれている‥こんな得体の知れないものを助けていいのだろうか。僕の足が後ずさりする。正直言って逃げたい。学校終わって蝶上すばると別れた後、公園に寄らずに帰っていれば‥公園の街灯がおかしかったのに気づいていれば‥
正直鬼を助けるなんて僕の人生にとってあってはならないことだ。平凡で変哲もない人生を脅かすものなんてあってはならない。
「さっきは変哲もない人生を憂いていたのに‥全く人間というものは身勝手な生き物よ」
鬼は小さく呟く。
「うるさい!!さっきからいちいち人の心を読んでんじゃねーよ!」
この状況に混乱していたせいか心を読まれて動揺したのか怒りが止まらない。
「僕が助けなければお前は死ぬんだぞ!!」
「しかし、主は殺せない。なぜならば主には叶えたい願いがあるからだ。」
「僕に願いなどない!!」
「わしには見えるのだ!」
鬼は今にも消えてしまいそうなほど弱っている。なのに力強い声で僕に叫ぶ。
「知った口叩いてるんじゃねーよ!」
涙が溢れてきた。そう僕には叶えたい願いがある。子供の頃に亡くなった母さんを蘇らせたい。しかし、どんな小説を読んでも漫画を読んでも書物をあさってもそんなほうほうなどどこにも書かれてはいない。そう母親を蘇らせるなんてことは夢物語に過ぎないのだ。しかも、ついさっき会ったばかりの弱った鬼がそれを叶えるなんてことはにわかに信じがたい。
「頼む‥どんなことでもする‥だから助けておくれ‥。」
鬼が泣きそうな声で話した。
「‥わかった」
「その代わり僕の心はもう読むな!それが条件だ」
「ありがとう‥坊主」
なんで鬼を助けようと思ったのかはわからない。ただ一つわかることは目の前で倒れているのが鬼であるか人間であるかの違いだけだ。僕には弱って倒れているものを置き去りにして逃げる度胸がなかっただけだった。
僕は差し出された手を握り返してしまったのだった。
手を握ったもののどうやって助ければいいんだ?僕が首をかしげると
「ただ握ってるだけでよい。主の生命力を少しもらうとする」
すると握っている手の中から光が漏れ出し同時に僕の意識が遠のいていくのを感じた。
第3節
日差しが眩しい。今何時だ?
ハッと僕は起き上がった。
「おはよう」
目の前には古ぼけた椅子に座り足を組む鬼がいた。
「ようやく目が覚めたか。ククク」
嬉しそうに鬼は微笑む。
「今何時だ?というかここはどこだ?」
「お主は質問が多いのう。2日も寝ていたから頭がボケちまったのかな?ククク」
「なにっ?!2日も眠っていたのか?」
「ああ。そうだ。ちなみにさっきの質問に答えると今は朝の8時半だ。それと場所だが、人間の言葉で言うと廃墟ってやつだな」
鬼は淡々と答えていく。
「それより、私はお主に命を救われた。礼を言うありがとう」
鬼の居ぬ間に 名もなき花達 @namonakihanatati
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鬼の居ぬ間にの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます