ɥʇɐǝp uɐɥʇ ɹǝʞɔɐlq sɯɐǝɹᗡ

 神は更に巨大になった。


 もはや高く高く見上げる他なく、それは城塞よりも遥かに高くなりその頭は雲に届きそうだった。

 そして全身は、燦たる光に照らされていた。


 それは王にとって、自身の思う神とは相違なかった。伝承上の、いずれとも同じ。

 神々しくも人間の形。

 それは人が見下ろせぬ程に巨大で、直視出来ぬ程に眩しく、穢し難い程に美しかった。


「“ルドリトゥス”、貴方の役目は終わったわ」


「……? しかし……」


「私はね“ルドリトゥス”、ただ力を取り戻したかっただけ。いろんな世界を逝き交わし、“破壊”をする事で生命の数を調節する存在としての力……でも、マティアヌスとやらに封印されちゃってね」


「それはいい、それはいいから、妻を……」


「あっちこっちの世界から命を融通すれば人間程度生き返らせたり出来るけど……どっかの世界から心臓を持ってきたり、頭を持ってきたりして。でもね」


 神は、その巨体を王に向けた。

 ゆっくりと。何も、恐れるものなどないかの様に。その繊細で無垢な動きはまるで、少女の様。


「貴方の妻は無理。だって、死体が燃えて無くなっちゃてるんだもの」


「………………」


「あの鉄塊もあっちの世界から持ってきた物。でも安心して。本当はあっちの世界が基準世界で、こっちは“夢”みたいなものだから」


 近衛の兵達を、まるで虫でも払いのけるかのように叩き殺し、そして僅かに残ったステンドグラスの全てを粉々に割りながら、神は飛び立った。

 そして城下街へと向かう。王は、追いかける気力も無く、呆然と両膝をついた。


 ――じゃあ、私は今まで何の為に……?


 神と信じ縋ったものに、冷たく突き放された。

 その失望はしかし神には、些末な事だったのかもしれない。王にとっては絶対の喪失であった。

 王になってからこれまでの二十余年の月日が、全て無駄だと悟った。

 ただ、それだけを。

 ただそれだけの為に生きていた。

 殺してきた。

 流した血は、なにものでもなかった。


 なればあの時。側近と共に、毒を飲むのが正解だったのだろう。


「……い、いや……まだ……」


 王は、思い出した。

 アルマはもういない。戻って来ない。だが、アルマが残したものがある。


「アルキネウス……アルキネウスは何処だ…………帰ってきてくれ、もう、お前だけがいてくれたら……」






       ──❦──






 アルキネウスが生まれた日。

 ルドリトゥスは、疑う事のない幸福の中にいた。


「貴方の息子よ。貴方と、私の……」


 アルマが慈しむ我が子を抱いた。

 震える手で触れると、小さな手で指を握ってくれた。


 その時ルドリトゥスが願った事は、ありふれた願いだった。


 “この幸福がずっと続きますように”


 永遠に、続きますように、と。






       ──❦──






 ――血みどろの、伝令の兵が飛び込んできた。

 左腕を失ってた。


「て、鉄塊……が………………」


 何かを言いかけて、王の前で事切れた。


 “鉄塊”、と、言った。しかしそれは、王が今望む言葉と違っていた。

 そして、また、王が短い孤独と茫然の時を経た時。


「父上!!」


 声が聞こえた。

 それは待っていた声だった。

 尚も続ける届かぬ祈りの中で、ずっと待っていた声。


「アルキネウス!!」


 そして、もはや原型を失っていた礼拝堂の入り口に立つアルキネウスを見た。

 生きていた。それは、間違いなく、生きていた。


「お逃げ下さい! 父上! 早くお逃げ…………」


「アルキネウス、お前は生きろ! アル……」


 ――その真後ろに。


 鉄塊はいた。


 息を切らしていたアルキネウス。

 父を見て。

 父に危機を伝えて。立ち止まった。

 鉄塊はそんなアルキネウスを、前部のローラーで押し倒し、


「父……」


 慈悲もなく、


「……上…………」


 潰した。


「あ……」


 鉄塊はうつ伏せに倒れたアルキネウスを足から潰していき、腰を潰し、背骨を砕き、そして、心臓の手前で一度止まった。

 両の目を、光らせた


「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 王は、近衛の兵が落とした剣を拾い上げ立ち上がった。

 その切っ先は、錆びていた。

 そして、上段に構え走った。


「化物! 化物! 化物! 化物!!」


 鉄塊を斬りつけた。

 剣は弾かれ、やがて折れ、柄だけになっても尚斬りつけた。

 アルキネウスの死体の上で、何度も何度も。

 無駄だと知りながら。

 しかしそれを論理的に処理できぬ恐慌状態で。


 狂い、狂い、狂い、狂い、


 王は、斬りつけ続けた。


「化物! 化……物…………」


 ずっと。誰も祈らない礼拝堂で、ただひたすら剣を振った。

 やがて手の皮が剥け、腕の力が無くなり、意志とは無関係に剣を落とした時。

 鉄塊が既に停止していた事に気付いた。


 王が疲れ果て、落涙と共に自分を取り戻した時、鉄塊の目も光を放つ事はなくなっていた。


 そして、アルキネウスの心臓も消えていた。




 呆然と。

 ただ呆然として、王は振り返り、歩き、金の十字架を踏み越えた。

 割れたステンドグラスの欠片の上から、王都を見た。

 神は美しいまま、天に届かんばかりに巨大になっていた。

 そして陽の光よりも眩しい炎を、城下に放っていた。破壊の限りを、尽くしていた。

 建物の尽くは焼き尽くされ、逃げ場無き人々もその業火に消えていった。


「ああ…………王都が……」


 王は。


 ただ、見ているしかなかった。


「……アルマが、燃える……」




 神は力を取り戻したのだろう。

 “破壊の神”としての力を。

 世界を逝き交わし、永遠に破壊を続けるのだろう――。






       ──❦──






 ――山本洋介は、自分が何故病室のベッドの上にいるのか思い出せなかった。

 おまけにそのベッドに突っ伏して、広末メイが眠っている。

 外は夕焼け、学校帰りなのだろう彼女は制服姿だった。


 目覚めた洋介を見て、看護師が持っていたバインダーを落とした。


「う……嘘……!」


 そしてすぐに、廊下に出ていった。


「……?」


 その時洋介はその意味が分からなかったが、そのすぐ後に来た医師に状況を説明され納得はした。

 が、それは不可解に過ぎる説明だった。


「えっと……つまり俺は、“頭”も“心臓”も無くなってる筈、って事ですか?」


「ああそうだ、それは間違いない……いや、みんながみんな見間違う筈はない……確かに君は……」


 消えた西洋人も遂に見つかる事はなかった。

 即ち結果として、山本洋介がただ、病院で無傷のまま寝ていたという事になる。

 医師は自分の頭を疑った。どう説明付けても、論理的にはならない。


 それは最終的に、大学病院全職員の過労が蓄積された結果の集団ヒステリー、などと、結論された。


 警察署では、消えた筈のロードローラーが保管所に戻っていた。






 検査の結果、体調には何も問題が見られず、体力の低下も見られず、気味悪がられた結果洋介は即日退院となった。


「それにしても、おかしな話だな。俺は寝てたからよく知らないけど」


 洋介の前、縁石の上を歩くメイは機嫌良さげだった。


「そうだね。本当に不思議。でも私、嬉しいよ」


「……そうか、メイが俺の世話してくれてたんだっけか。ありがとうな」


「うん」


 日が沈み始めていた。

 二人の影が、長く伸びている。


「でもなんだかさ、よく覚えてないけど変な夢見てたんだよな」


「そうなの? どんな夢?」


「なんか俺がロードローラーになっててさ、戦争に駆り出されて、そこら中でなんでもぶっ壊してる夢」


 洋介がそう言うと、メイは笑った。


「なにそれ! 変なの。よっぽどロードローラーがトラウマになったんだね」


 反応はもっともだった。洋介自身、奇妙な夢だと思っている。


「笑うなよ、真剣なのにさ」


「ごめんごめん。あ、でもね、夢なら私も見てたよ! 洋介の隣で寝てる時に」


「へえ、どんな夢?」


 洋介がそう訊くと、彼女は長い髪を翻しながら振り返った。

 そして屈託の無い、無邪気な笑顔で答えた。


「神様になった夢!」

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異世界ロードローラー 小駒みつと&SHIMEJI STUDIO @17i

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