ǝdoɥ llɐ ɟo puƎ

 ――もう、きっと、誰も助からないのだろう。


 瓦礫の中で詩人が唄った。




 前王マティアヌスは、民からの信望が篤かった。国家の内憂外患を積極的かつ効率的に排除してきたからである。

 不作や災害への備えと共に、数年周期で現れては破壊の限りを尽くす“神”と呼ばれる存在の封印。

 百万の魔導兵を動員し神に対抗し、数千年に渡り人々を苦しめていたそれを遂に封印した。


 その功績はルドルトゥスも知っていた。

 しかしそれは縋るべきただ一つの神だった。




「永遠に一緒にいられたらいいのにね」


 アルマの何気ない言葉。

 妾だった母を病で失くし、独裁官だった父を政争で失くしたルドリトゥス。

 自分自身、いつ殺されるとも知れない日々だった。幼少期を謀略と裏切りの王城で過ごした。


 八歳だったある日、城下街でアルマと出会った。素朴な少女だった。

 全てを忘れて彼女と遊んで、転んで砂に塗れて、清涼な水に濡れて、川面に初めて自分の笑顔を見た。


 十六歳になり彼女を妻に迎えた。

 アルマを抱いた夜に、生まれて初めての安らぎを得た。


 だから彼女を幸せにしたかった。

 王になれば。

 王になって、居城から策謀も政略も全て排除し、内憂も外患も全て消し去れば。

 ずっと、幸せに出来ると思っていた。






 ――中央広場で磔にされたアルマを知らされた時、ルドリトゥスはカウディオ要塞での任に当たっていた。

 それはマティアヌス派による、ルドリトゥスへの見せしめの意味もあった。ルドリトゥスは首都にいる限り、その才覚によりあらゆる謀略を跳ね除けた。故にそこから離れたカウディオ要塞へと向かわされた。

 後にルドリトゥスが類推するに、スラヴェトとの関係悪化もマティアヌス派の策略だった。カウディオ要塞の軍事的重要性を高め、ルドリトゥスを向かわせる為の。


 隷獣として使役していた翼竜に飛び乗り、すぐに王都に向かった。

 到着した時には既に、アルマは火炙りに処されていた。






       ──❦──






 西方ヴォルゴーシでは、鉄塊による再びの虐殺が起こり、復興を始めていた都市は回復不能なまでに破壊された。

 食料や装備品の消耗を略奪で補ったペルガニア軍は、大きく北上し、尚も包囲を続けるスラヴェトの衛星国へ攻め入った。

 まだ、鉄塊の情報に乏しい衛星国。全て潰し尽くした。


 負ける事はなかった。相手には鉄塊を止める術がない。

 アルキネウスは遠巻きにその働きを見るに留めた。率いる軍はもはや寄せ集め、逃げる敵を程々に追撃する程度しかしなかった。


 兵達の主な仕事といえば、流れた血を集めて国に送り届ける事だった。




 そして城に運ばれた血は、全て神に捧げられた。

 神は既に少女の姿ではなく、巨大な異形となっていた。

 それは王を軽く見下ろしていた。皮膚は人間のそれではなく、見るに硬質化していた。

 白い翼を除けば、まるで純白の蛹の様にも見えた。

 神と信じなければそれは化物にしか見えず、蛹は不安を孕んでいる。

 それでも王は、血を捧げ続けた。




 そんな日々が数週間続き。


「最近、血が少ないわね……」


 神は全身を甲殻類の如き殻、しかし純白である殻で覆った、無機的な天使の姿の様になっていた。

 礼拝堂は広く作られていたが、既に窮屈そうだった。


「スラヴェト軍はもはや消滅し、周辺国も戦意を失っている状況。我が息子・アルキネウスは不要な戦闘を避けている故……」


「もう少しなのよ」


 神は俄に翼を広げ、立ち上がった。

 礼拝堂の天井、壁を突き破り、正午の陽光に照らされた。


「ねえ“ルドリトゥス”、効率を上げるわ」




 神がそう告げた後。


 遠くスラヴェトの地で、鉄塊は、ペルガニア軍を潰し始めた。

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