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 山本洋介を轢いた事故車両が消えた事に関して、警察署内には箝口令が敷かれていた。


「あの巨大なロードローラーがどうして消えるのか」


 署長は苛立つが、現場の人間にも理由は分からない。

 鍵も掛け、監視カメラも警備もいる保管所から、それはただ忽然と消えた。

 まだ車両の持ち主も事故当時の運転手さえも判明していない中でのこの失態は、それをただの死亡事故をそれ以上に拗らせる予感をさせた。




 ――同市の大学病院では、患者が消えていた。


「レシピエントの西洋人が、いつの間にかいなくなっていたのです。まだ身元も分かっていないのに……」


 移植手術をした医師は報告を受け、何か重大な事件が起こっているのではないか、と感じていた。

 心臓移植はそれだけで業界内外からの注目を集める。結果は成功だった。経過も順調だと、喧伝していた。

 患者が消えたとなれば、それは信用問題にも関わる。


 そして、頭が潰れ、心臓をも失ったあの高校生。

 まだ、他の臓器が生きていた。動いていた。

 首から流動食を流せば胃は反応し、腸は栄養を吸収し、排泄もした。

 それはもはや医学の常識の超越という論理ではなく、悪鬼妖魔の類にすら思える。医師はその現象に、得体の知れぬ悪寒を感じていた。




 誰もが気味悪がったその“山本洋介”の世話を申し出たのは、広末メイだった。


「私の責任だから……」


 と、しおらしく言う彼女は、毎日、朝と放課後に病室に訪れ、洋介の首から食道に流動食を流し込む役目を受け持った。

 毎日毎日、欠かさずに。

 彼がまだ生きていると思っている。






       ──❦──






「あれは危険です」


 アルキネウスの言葉を、王は、笑って流した。


「父上、聞いてください。あれは化物です。この世ならざる化物です」


「化物……? ははは何を言うアルキネウス。あれは神が与えてくれた救世主だ」


 そう信じていた。




 若かりし日に確かに王は神を見た。

 神と信ずる少女を見た。

 加護はある筈。祈りは届いている筈。

 だから、自分は、正しい。





 ――金の十字架を、瓦礫を退けた礼拝堂の中央に置いた。


「罪人の血を」


 言われて、近衛の兵達が錫のバケツを運び込んだ。

 血の満ちたバケツは百を超えた。例の鉄塊の働きにより、罪人、即ち敵国人の血には困らない。

 西方ヴォルゴーシでは五十万のスラヴェト人の血を集めた。それによる儀式を失敗だと思っていたが、鉄塊という結果を見れば神は応えてくれたと思わずにはいられない。

 魔導士達が十字架の周囲に、血文字で呪文を書き綴る。


 “神よ、神よ”と呟きながら。




 ――ずっと辛い思いをしてきたんだね。だから今は、甘えていいよ。


 妻の言葉を思い出していた。


 八つの時に出会った町娘の妻と、

 十四の時に再会し、

 十六の時に結ばれた。

 十八の時に子を授かり、

 十九の時に彼女を失った。


「アルマ……もう一度会いたい。今度こそ、君と永遠を生きたい」


 既に齢四十を超えていた王だったが、彼女を想うと今でも鼓動は高鳴った。

 そして、強く締め付けられた。






       ──❦──






「生きている。あの鉄塊には意思がある」


 アルキネウスは確信していた。

 魔導学者達が言うには内部に“人間の頭部”があるという。

 それはまだ生きていて、あの鉄塊を動かしていると考えられている。

 頭部があるならば胴体を探すのは理解できる。しかしあれは心臓だけを探している。


(神呼びの儀式は……)


 ――神は、何処にいる?


 諜報員の報告に寄れば、スラヴェトは国家総動員を決定したという。

 スラヴェトの衛星国も呼応した。ペルガニアを喰らい尽くすつもりでいた。

 大陸の全てが、死地へと向かい始めていた。






       ──❦──






「何人分の血で濡らした? 現在の王よ」


 数十年ぶりに聞いた神の声は、あの頃と何も変わっていなかった。


「百万を、超えた。神よ、妻を――」


 十字架の上に立つ少女に、王は跪いた。


「まだ足りないわ」


 近衛の兵も、魔導士達も、思っていたより幼い容姿の“神”に戸惑っていた。だが、王は確かに跪いてる。


「“ルドリトゥス”、まだ足りないのよ」


 少女が一歩、近付く。と同時に、その背に翼が生えた。


「……?」


「もっと血が欲しいわ。言ったでしょう“私は世界を逝き交わす神”と。白樺の十字架からは解き放たれたけど、まだ明晰夢から醒めていない無垢な少女と同義な存在」


「集めよう、集めよう神よ。血が必要というのなら、もっと血を集めよう」


 神の目的は――。




“あれは破壊の神だ”


 前王は言った。だから白樺の十字架に封印したのだと。

 それを燃やし金の十字架に挿げ替えたのは現王・ルドリトゥスだった。


 “破壊の神”などという。破壊だけを目的とする存在が有り得るのか。破壊とはその先の創造の為に有るのだとルドリトゥスは思う。


 自身の破壊もそうだった。

 スラヴェトの虐殺は、神を呼ぶ為。

 ならば神による破壊もまた、何かを呼ぶ為ではないか。

 例えば愛する誰かの命を。

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