オバサンと呼ばれた模写士は上領主貴族に天誅を下す:弐

成人の日までの10日の間貴族の娘シリリヌとビレル達が守る。

その仕事は容易くなかった。

単純に護衛対象を一つの部屋に閉じ込めて出入り口に番兵を立たせておけば良いと

言う訳にはいかない。成人の儀までに準備しないといけない事も多く

外に出かけないといけない事もある。


それにシリリヌは活発な子でもあり知りたがりでもある。

最初につきまとわれたのはイギラだった。

もとより護衛であるからビレルかイギラは必ず側にいる。

それでもシリリヌはイギラの後ろをついて回る。

「ねぇねぇ。イギラ様。ビレル様は何歳になるのかしら?」

「参十の半ばの淑女様で御座います。」

「好きな色とかあるのかしら?」

「アレでも繊細なお方でしからやはり白。純白がお好きで御座います。」

「ビレル様は亜人でしょ?どんな種族なのかしら」

「それは少し複雑でして一言ではむずかしいかと」

「お付き合いしてる殿方とかいるのかしら?」

「!?」

突然の問いにイギラは驚く。

成人の儀が間近とはいえまだ子供が問う事ではないからだ。

思わず立ち止まったイギラに尚もシリリヌの質問が飛ぶ


「ねぇ。イギラ様。一つどうしても解らない事があるの

私は亜人ではないからわからないんだけどもすごく不思議なの

どうしてビレル様はあんなに沢山の食べ物を食べるのかしら?」

それはシリリヌが初めてビレル達と食事をした時に気づきずっと疑問に

思っていた事でもある

「単純にお腹が空くからと言う訳でもないのです。そうですね。

少々難しく長いお話になりますし。座ってお話しましょう。」と

シリリヌの手を引き廊下奥の小さな部屋にいざなう。

直ぐにシリリヌが従者にイギラが好む甘紅茶を持ってこさせる


精霊亜人学。

それは背の高い女性学者と髭の大柄な学者それに背の低い絵描きを加えた

三賢人と呼ばれる者立ちが研究提唱する一つの学説である。

その中の一説に亜人の変化について考察されたものがある

亜人の変化については厳密には2種類あるとされる

本来亜人として生まれれば獣の姿となる。それで一生過ごせばいいものであるが

亜人は持って生まれた特質として人種のその姿に変化する事ができる。

なぜそれが成され、なぜそれが必要であるかは未だ論議の際中ではあるが

おそらくは二本脚で生活したほうが楽であり人種の世界に馴染みやすいと

されてもいる。


獣から人種へ。人種から獣へと二つの変化を亜人は持つがここで面白い現象が

起きる。

それは人から獣になっても又はその逆で有ってもその体の重さ体重は変わらないと言う事だ。


たとえば獅子頭族を例とする。

基準として人の姿をしてる時の体重は150とする

体の大きさとしてだけ言えば純粋な人種より彼らの体躯は大きい

平均的な人種は精々60〜80と言う所だろう。

獅子頭族が本来の獣の姿になれば人種に変化してるよりその体躯は大きくなる

顔や体の形も違うし筋肉の量も違う

単純に人種の姿になっているときより獣の姿の方が大きく逞しい。

それでも身長や大きさは変わっても重さは変わらない

不思議な事だが獣の姿でも体重は150のままとなる。


わかりにくいかもしれないがこれは説明が付くことでもある

亜人は人の姿に変化するときにその細胞や筋肉の大きさを圧縮しているのだ

大きな体躯の筋肉をギュと圧縮して密度を濃くし人の姿の中に

それを納めている。

それが答えとなる。それが出来てしまうのが亜人の特質である。

外見は人の姿をしてそれが80に見えても実際は150に値する細胞と筋肉を

持っている。

つまりそれを維持するために人の姿であっても150のそれを維持するために

人種より多くの食べ物を必要とする。

それが亜人であり。よく食べる彼らの体質である。


「よくわからないかもだけど。ビレル様亜人の方々は

人の姿をしていても実はもっと大きな体をしてて大きな力をもっているってことなのですね」

「そういうことになりますわね。物わかりも早い頭の良いこですね」

イギラは関心して貴族の娘の頭を撫でる。

照れて微笑むそのシリリヌの口から次の問いが跳んでくる

「ビレル様の躾ってどんな事されるんですか?痛いですか?」

「!?」イギラの手が止まる

大人でも密かに話す秘事柄を貴族の少女はキラキラと真っ直ぐな瞳で

訪ねてくる。

「えっと。そ・・それは無事に成人の儀式が済んだらお教えしましょう」

「わっ分かりました。約束ですよ。ちゃんと全部教えてくださいね。」

少し残念そうであったが直ぐに少女らしい元気を取り戻しシリリヌは笑う

この子がませてるのかしら?それともこの時期の人種はみんなそうなのかしら?

シリリヌの笑みを可愛いと思う。同時にふに墜ちぬイギラであった。


ビレルが貴族の娘の護衛を引き受けて4日目にやはり事件は起こる。

同時にそれを観た物に取って生涯忘れ得ぬ出来事もなった。

イソイソと姿観鏡の前でシリリヌが幾つものドレスを着替え

あれこれと宝石を付け替えその度にビレルとイギラの方を向き直り

これはどうでしょう?こっちがいいでしょうか?と聞いてくる

「殿方とあうのですからやはり派手なものより清楚な物が好まれるでしょう」と

イギラが言えば「そうしますね。ではネックスレスはどうしたら?」と

ビレルの方を向き直る。

「そうだねぇ〜〜。殿方と言っても相手も同じくらいの年なんだろ?

幼なじみで一つ上だっけ?

よく知ってる相手にこそ、此処は大人の魅力見せてやるのが良いだろうねぇ」

ビレルは自分の旅鞄をゴソゴソと探り中から布に包まれた箱をシリリヌに渡す。

おそるおそるシリリヌが箱を開けるとそこには漆黒に鈍く光る闇真珠の

ネックレスがある。

怖々と顔を上げビレルの顔を見上げるシリリヌはその価値をよく知っている。

塩海の更に奥深くとある孤島の海岸でしか取れないと言われる闇真珠

一玉といえどもその価値は計り知れないと言われるが箱に納めされているそれは

黒く鈍く輝く闇真珠がずらりと列を成している。

「こんな・・・貴重な物を・・・?」

「構わないよ。アタシからの成人祝いだね。くれてやるから大事にするんだよ」

カタカタと震えている箱を持つ手さえ揺れているのにビレルは自ら闇真珠の首飾りを手にとりシリリヌの首に付けてやる。

「うん。似合うじゃないか。うんうん」一人頷くビレルにシリリヌは

目に大粒の涙を浮かべ感涙の声をあげて礼を言う。

「有り難うございます。一生。一生大事にします!」深々と頭を下げるシリリヌに

「大げさにする事でもないよ。ただ大事にしておくれ」そう言って頭を

なでてやる。

それは母と子のようにやわらかに優しげな抱擁であった。


この地を統べる貴族。その次に覇を競う貴族。影で糸を引く貴族。

普通すぎる残念な貴族

これらの貴族は争う四大名家と呼ばれ領地内で華やかにそしてしたたかに覇を

競っていた。

シリリヌの家は覇を競う貴族と呼ばれているが娘が成人の儀が近いとなれば

お披露目の舞踏会が行われる。加えてシリリヌにも許嫁がいて普通すぎる残念な貴族と揶揄される家柄のボン・レン・デュランデル侯爵それとなる。

昨年成人の儀を追えたばかりで父が病弱の為若くして当主の名を継いだ事

になる。

世間では普通で残念な貴族と揶揄されてはいるがボンは頭が切れると

自分は信じている


それに幼なじみのシリリヌを手に入れる事もできる。

彼女は自分の許嫁であり成人の儀を迎えると同時に婚約を申し込むつもりで

あった

一度婚約してしまえば若い貴族の娘の体もその後ろにある覇を競う貴族としての

力をも自分の物に出来る。あの若い娘の体はそそる。それに上級貴族の地位も

楽に手に入る。ボンの顔は期待と勝利に歪まずにはいられない。


「何とまぁ〜。豪華絢爛な宴だこと」

あまりこう言う公の場所には顔を出すのを嫌うビレルは素直に驚く

対してイギラは仕事柄もあり貴族の世界には慣れている

こんなもんですよと軽く笑う。

「ちょっとアレつまんできていいかい?」ビレルが指刺したのは蠍牛の

丸焼きだった。

「どうぞ、ごゆっくりご堪能を」と微笑むイギラの顔などろくに見ずに

いそいそと蠍牛の丸焼きの所までビレルは小走り走って行く。

親方様。あれ全部一人で食べるつもりかしら?

まぁきっとそうなるんだろうけども。

イギラは蠍牛の丸焼き担当の料理人にあれこれ話掛けてる主人を一度見やると

直ぐに仕事に戻り護衛対象のシリリヌの傍らに忍び寄る。


数日後に成人の儀式を控えたうら若い貴族の娘を自分の物にしようと狙うのは

許嫁の権利を持つボンだけではない。

この領地に住む住人はもとより皆腹黒い。

自分を優先するべきと考える人種であり貴族はむしろその根源でさえある。

法などギリギリの所で少し守れば良い

後は自分達の権力を笠にきる。そんな考えが蔓延している。

豪華な夜会においてもそれは変わらず。

ある者は許嫁がいてもそれを破談にしたい者、許嫁がいてもそれはそれでよし

むしろそのまま結婚しても構わない。それぞれ勝手に

妄想に顔をゆがめる輩が蠢く舞台の上にその日の主役シリリヌ・カピルモ・セスが上がる。


導き手の麗人に手を引かれまだ慣れないと言う足取りで階段を降りる

少女であってもその儚げで可憐な姿には皆歓喜の眼差し送る。

同時に自分の獲物を確認するように舌なめずりする貴族も多い


そうと知ってか知らずかでも宴は続く。

シリリヌの前に若い貴族が歩み出て厳かに一礼しダンスへといざなう。

恥ずかしそうに一礼すると彼の手を取りホール中央へ歩みだした

シリリヌの相手をするのは許嫁のボンとなる。

ボンは満喫していた。

自分の腕の中には近い将来自分の婚約者となるシリリヌの体がある

まだ幼き体とはいえだからこそ魅力的であった。

自分の手で育てそれを自らの手で刈り取る


貴族の嗜みとしては至極の逸品である。


若い二人の麗らかなダンスが繰り広げられる中

本来護衛の任に付べきビレルは蠍牛の試食に忙しい

係りの料理人も驚くほどの早さと食欲で自分が切り分けた蠍牛の肉切れが

目の前の普通のオバサンの胃袋に収まっていく。

しかも何処で見つけたのがいつの間にかオバサンに言い付けられた別の従者が

あちこちから食べ物を銀盆に海の幸山の幸を山盛りにして運んでくる。

このオバサンは既に蠍牛の丸焼きの三分二を一人で平らげ更に従者が運んでくる

盆の上の食べ物まで片手でひょい摘まんで口の中に運ぶ。

みるみるうちに盆の上はからになる。すると直ぐ従者は他の食べ物を取りに走る

その間に今度は蠍牛の肉がなくなっていく。

係りの料理人は身の危険を感じた。このオバサンの目の前の肉がなくなったらどうなる?口に入れる物がなくなったらどうなる?

自分の手に食らいつくかも知れない。

彼はにこやかに笑いながら肉をまた一枚切り分けつつも助手の亜人に小声で

「オイ。次はどうなってる?在庫はあるんだろ?早くもってさせろ」

「いや。まだ下焼きの段階で十分には」「良いから直ぐに持ってこさせろ。

すぐにだ。」

下焼きでもなんでも良い。

兎に角食べる物がなくなったら自分の手を差し出すしかないのだ

蠍牛の肉を口の中で咀嚼しつつも満足げに微笑むオバサンに料理人も

満面の笑みを返す

何時自分の手を差し出すべきか真剣に悩みながら。


貴族好みのする音楽隊の音色が緩やかな物へとかわり

可憐な少女と燐とした青年貴族のダンスが終わりを告げる

若き二人は少し互いに距離を取り貴族礼を楽しげな時間が終わる


すると若い貴族は再びシリリヌに歩みより手を差し伸べた。

少し躊躇したもののシリリヌは手を添えて再び彼に身を寄せる。

青年貴族が目配せすると影から直ぐに従者が現れる

携える銀盆には二つのグラスが載せられている

一つには紅い葡萄酒が注がれ一つには青い薔薇種が注がれている。

皆が直ぐその意味を理解した。

この青年貴族は今この場で婚約を申し込もうと言うのだ。

青年は紅い葡萄酒のグラスを手に取り口上を放つ。

「我。ボン・レン・デュランデル侯爵は本日此方の淑女様に婚約の儀申し込みいたす紅き葡萄酒は我の手に。青き薔薇酒は貴方様の手に。

互いに腕を交わし飲み干してそれを婚約の儀といたしましょう」

歓喜の声がどっと上がり拍手があがる。魂胆はそれぞれあれども祝いの席となるのは違いない皆と誰もが若い二人を祝福する。

「いざ。供に杯を交わし誓いとしましょう」と自らグラスを高く掲げるボン

人生の最高潮の時だ。この若い貴族の娘は自分の物だと高らかに宣言したのだ。

これ以上至極の瞬間はない。


「嫌です。お断りしますっ」凜とした強い言葉が響く。

貴族の娘といえば男性や主人には従順であるべきであり

このような公の場で夫となるべき男の申し出を断るはずはない。

しかしシリリヌは違った。既にたずさえた手を払い後ろへと下がっている。

「貴方とは婚約も結婚もいたしません。きっぱりとお断りします。」

自分の許嫁の女は憤怒の顔で断固としてその態度を崩さない。


ボンは激怒した。

自分の人生最大の見せ場を台無しにされたのだ。

「なんだとぉぉ〜。この僕の申し出をことわるだとぉぉ。この淫乱娘め」

顔面真っ赤にして怒りに任せて掲げた腕を振り下ろす。

紅い葡萄酒が飛び散り床にグラスが砕け散る

怒りが収まらずシリリヌに殴りかかろうとさえする。

しかしその目に映ったのは白いドレスの胸元に紅い葡萄酒が掛かり

悲しげに瞳を潤ませる少女だった。


それにも構わず振り下ろす腕を掴んだのは黒革の躾士だった。

恐ろしい事にボンの腕はがっしりと捉えられ振り払うことも許されない。

イギラは怯えるシリリヌを片腕で抱きしめ尚且つボンの腕を掴んでいる

「大丈夫ですか?シリリヌ様。お怪我などございませんか?」

愛おしささえも滲ませる彼女の問いにシリリヌは震えながらこらえる

「私は大丈夫ですが。イギラ様に選んで頂いたドレス。

そ・それにビレルさまに頂いた闇真珠のネックレスを・・・・。

よ・・汚してしまいました・・・」大事な物を汚してしまい少女は怯えた。

「大事ないなら結構で御座います。されとてこれはよくありません

幼き淑女を泣かせた罪は重いと知りなさい。」

イギラが握りしめたボンの腕を切り落とそうとした時・・・。


貴族達が集う大広間の片隅。

二頭目の蠍牛を焼く係りの料理人の目の前で

にこやかに満面の笑みで肉の塊に噛みついていた普通のオバサンが

樫の木で出来たテーブルに手を付いた。

そして堅い木々でテーブルはミシっと音を鳴らすと過ぎに粉々に砕けしまう

バシっ。ガラガラと言う音は後から響く。

今さっきまで料理人の目の前にあったテーブルは木っ端微塵に砕け本当に

木っ端となって床に粉と散る。

普通のオバサンは「ごちそう様。旨かったよ」とにこやかに彼に礼を言うと

振り向いて騒ぎの輪の方へ歩き出す。


ぽてぽてと歩く姿はどう見てもオバサンである。

シリリヌを抱きボンの腕を押さえつけるイギラの所までくると

シリリヌの顔を覗き大丈夫かい?と声をかけて鞄から拭き布をだして渡す。

少女の安全を確かめると「お下がり」とただ一言、言い放つ。

青年貴族の腕を放したイギラは娘を抱いたまま直ぐに後ろへと跳ぶ。

「さてっ?何をやらしたんだい?坊やぁ」両の腕を腰にやり

ボンの顔を覗き込んでも何処か柔らかい口調と風体は変わらない。

何処にでもいるオバサンにし見えない。


ボンは素直にいう。

「あ・・あいつは・・俺の婚約の申し込みを断った。恥を描かせたんだ

只の生娘の癖に俺に恥を描かせたんだ。それを罵倒してなにが悪いんだ

アンタだって、只のオバサンだろ?そのオバサンに何が出来る!

俺は貴族だ!このおばさん。」


ボンの怒声を聞いてイギラは「あっ」と呟いた。

直ぐにさっきより遠くへと後ろに跳ねる。身の危険を感じたからだ


「だ・・誰がオバサンだってぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

ビレルの耳にオバサンと言う単語が届いた瞬間その顔が真っ赤に変わる

グイを体を丸め拳に満身の力を込める。

それは周りの空気さえ揺るがす。


「アタシはまだぁ。三〇半ばだぁ〜〜〜〜」

満身の力を込めた拳が突き出される。

ブンっという音がなりそれはもっと大きな爆発音になる


どっか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん

ビレルの拳は大きな衝撃と疾風を生み、それがぶつかった対面の壁は吹っ飛ぶ。

拳の衝撃だけで体を持って行かれたボンは影際にあるまだ折れない石の柱に

ドンとぶつかって止まる。それでもゲホっと血をはいてしまう。


ビレルの怒りは収まらない。

グイと又腕と拳を振りかぶる。

その僅かな時間にイギラは次に拳が当たる場所を推測し反対に飛ぶ

それを見て他の者もあわててイギラの着地点に走り寄る。


「アタシだってまだ若いんだぁ〜〜〜〜〜〜〜」

ブゥンと腕がしなり爆発する。

どっか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。ガラガラガッシャ〜〜ン

石造りの建物の柱が砕け床が軋む。ミシミシと建物が崩れようとしていた。


最後の一発は止めだった。

自ら。フンっと声を上げ腕を構えるビレル

もはや貴族の娘をどうするとか考える暇さえ貴族達にはない。

生き残る為にあの拳と衝撃から逃げ切らねば死に至るだけだ

皆が振り上げられる拳が墜ちる場所を見つめている。


「どっせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ」

ゴウと言う竜巻の如く風と音が爆発しその拳は真っ直ぐ床に打ち付けられる

衝撃はもはや爆風となり当たりの建物の壁と柱の全てを吹き飛ばした。


ビレルの目の前に広がるのは只の空間であり足下には瓦礫が墜ちるだけだ。

「ふん。オバサンだってこれくらいできるんだよ。若造の癖に」

パンパンと手を打ち埃を払うビレル。

やっと終わったのかと当たりを不安げに見回す貴族達。

「親方様?口上わすれてますよ?口上?」

オバサンと呼ばれ激情に流されて貴族の宴会場を半壊させたビレルに

イギラは笑いながら声を掛ける。その腕のなかでシリリヌも声をあげて笑う


崩れ墜ちた壁際で蠍牛を焼いていたあの料理人が床に伏せて呟く。

「こ・・拳だけで建物を半壊させた・・・・は・・破砕の淑女様だ・・・」

有る地方ではこれがビレル二つ名となりそれは本来の模写士と言うものより

遙かに有名なものとなる。破砕の淑女。その拳は山一つさえ砕いてしまうと。


「ちょっと暴れすぎたかねぇ〜〜?」

「いや、ビレル様は悪くないです。絶対に正しいです」

あまり反省のないビレルの問いにシリリヌは強く否定する

傍らでなにげにすこし不満そうなイギラでさえ頷いている。

イギラとしても暴れたかったのだ。それを主人に持って行かれていじけていた。

折角あそこで坊やの腕を切り墜とせたのにとはばかることもなく言い放つ


それを聞いて苦い思いで下を向くのはボンの父親。

普通すぎる残念な貴族。トギプリ元男爵である。

今では手脚が千切れかけ腑も潰れて貴族病院に運び込まれている。

親としては立つ瀬がないのだが愚息が起こした無礼は嫌でも親が責任を取る必要があり自らビレルの前に姿を現した。

一応常識はあるようにみえるがもとより病弱でもない。

単に息子かわいさに自分は仮病を使い爵位を譲っただけである。


「あのしかしですね。うちの息子は親同士の許嫁の約束をしておりました。

それを無碍に断ったのですから当方に非などないかと・・?」

残念で普通の貴族はやはりそれだけと言う事なのだろう。

自分の息子は親同士の約束を破ったシリリヌに非があり被害者は自分であり

なんとかこの言い訳を通してビレルが壊した宴会会館の補修代の支払いを避けたかった。

そのためにはいくらでも難癖を付ける覚悟でもあったし準備もしてきていた。


その言い訳を聞いた黑皮の躾士の顔が曇る。

その場の空気が変わる。暗く冷たくそしてすっと部屋の灯りが墜ちる。

再び部屋の蝋燭に火が灯される。

一つ。その影に潜む者が一人

二つ。蝋燭柱の影に二人目が潜む。

三つ。影に揺らぐのは三人目の女

四つ。蝋燭の明かりに照らされるは歪んだ顔の男

五つ。唇から牙と舌を吐き出す輩


トギプリ元男爵を囲むようにして佇む異形の輩は静かに主の言葉を待つ。

しかし既に爪を研ぎ拳を握り獲物を砕き引き裂く準備は出来ていた


立ち上がったのは黒革の躾士。

あまりに妖艶な笑みを浮かべ、トギプリの顔を見下ろす

「我等、王族が滅んだ十三匹の蟾蜍の国その魔女に使役する者なり

此処におわすのは、模写士とは偽りでありその魔女のお一人ビレル・モモラン様

又、お前の愚息が許嫁だと言い張るが元々は親同士の口約束となる。

それに約束は遙か昔のものだろう。乙女心は常に移り気でもある

自分勝手に都合を押して付けても、当人が嫌だと言うなら嫌なだろう

要はお前の愚息に甲斐性がないと言う事だ。」


「し・・しかし・・・。」

「黙らっしゃいっ。まだ、言い逃れする気が。我が話してるのは慈悲だぞ!

分からぬのか!この変態唐変木」

「な・・なにぉ・・」自分で吐いた言葉を続ける前にトギプリは冷静さを一瞬取り戻した。

躾士の女は模写士と言う言葉を否定した。

王族が滅んだ十三匹の蟾蜍の国のその魔女だとはっきりと言った。

模写士が死刑執行人と言うなら十三匹の国の魔女はその元締め

前者が実行する者なら後者は決める者となる。

つまり自分の身を活かすも殺すも太った普通のオバサンの腹づもり一つとなる。

さぁ〜〜と血の気が引く音がきこえる。それは自分の身だけではない。

貴族としての家族の全ての者立ちの運命が掛かっていた。

そして一言。「私と愚息のした事は間違いで御座います。」と床に顔を押しつけて平伏する。


「で?どう始末つけるだい?」


ビレルが掛けた言葉それもまた普段料理屋で食事を頼むような気軽な声である

「はっ。早速家財資産を全て売り払い全て孤児院に寄付させて頂き、

我等は国を出ます。

何処か人のいない土地で今度こそ隠居して静かに。事静かにいずれ滅びいく生活に身を落とす所存で御座います。十三匹の蟾蜍の魔女様。」

床に汗と涙に濡れた顔を押しつけ平伏するトギプリに冷たく

厳しい言葉がかかる。


「無理だね。アンタの息子はアタシの可愛い娘のドレスを汚した。

しかもアタシがあげた闇真珠のネックレスをもだ。万死に値して当然だろう?」

トギプリは言葉を失ったが同時に自分の息子の軽はずみな行動を呪いもした。

「さて、シリリヌ。こっちにおいで。さっき出会った料理人が差し入れくれてね

何やら腕を振るった一口菓子というやつらしいんだ。どれがいい?」

「えっ。アタシもたべていいんですか?」シリリヌを手招きし優しい言葉を掛けるビレル。

シリリヌが嬉しそうに菓子の箱を覗き込むとビレルは軽く潜む者達に手を振る


一介の模写士と貴族の娘が可愛らしい菓子を前にあれこれ選らんでるその後ろで

愚かな貴族の腕が飛び四肢が千切れ飛ぶ

五人の潜む者達のそれぞれの爪と牙により最後に首が跳び体は喰われ尽くす。


「事の詳細を確認したいと存じます。」ビレルの従者タギファが声を上げる

その前で残り三個となった一口柔菓子を前に淑女さんにが顔を並べてあれこれ

言い合ってる

「アタシはこの白いのがいいかねぇ〜」

「親方様はさきほどから一番多く頂いておりましでしょ?

此処は私目が白くて大きいのを頂く権利が御座います」

「お前はさっき貴族の腕を丸ごと食べたばかりだろ?食べ過ぎはよくないよ」

「なにを仰います。親方様は蠍牛を一頭丸ごといにおさめたばかりでしょ?」

「そりゃ食べたけど。その後運動したろ?おいしかったけどもさぁ」

「淑女に取っては主食とデザートは別な所に入るのがきまりです」

シリリヌさえも輪の中に入りあれこれと口を出す。

タギファの前には太った尻と大きな尻と可愛らしい尻が並び

菓子箱の前で揺れている。男なら目を細めて悦ぶべき光景であるが

タギファは半分いじけて声を上げる


「ですからっ。詳細を確認しないとならないのです。」半分怒声となる言葉に

淑女三人組は同時にシッシと手を振った。


ブチっと音がしてタギファは切れる

「聞いて下さい親方様。大体何なんです。蠍牛に夢中になって護衛を放り出すとか

躾士様も貴方ならワインが掛かる前にシリリヌ様を抱えることなど容易いのに。

それに何より貴族の淑女とも有ろうお方が親が決めた許嫁の告白を

あろう事か無碍に断るとは・・」。


ブチッと二度目の音がして切れる。それはシリリヌである

ドレスの裾を両手もち上げズカズカと自分の身の丈の二倍もあろうかとい言う男に近寄ると堂々と言い放つ

「許嫁と言うのは開くまでも親が決めた口約束です。

当人同士。いや私目の気持ちなど考慮されていません。

最初はそれで良いとしても。女心は移り気と決まってますの。

好きな人が出来たら心もその方に傾いて当然手御座います

大体、ビレル様の従者とはいえ、元来他人の彼方にあれこれ言われる筋は

御座いません。彼方こそビレル様の何なんですかっ」

「何だとっ。この小娘がっ。我こそは模写士ビレル様に仕える筆頭銀鏡士

ビレル様に忠誠と愛を捧げる者だ。小娘こそ・・。」

タギファは最後までいわせてもらえなかった。

その脚をシリリヌが強く踏んのだ。

「愛ですって。愛を捧げるって・・・。」タギファの言葉にワナワナと方を振るわせるがそれでも顔をあげて高らかにシリリヌは言い放つ。

「ならば。私もこの心と体と愛の全てを捧げさせて頂きます。

全身全霊でお仕えします。彼方なんかに絶対負けません」

「うぬ。こ・恋敵かっ。小娘の癖に。お前なんぞが我が愛しのビレル様を悦ばせる事が出来る物かぁ」

「何を仰います。私目も直ぐに成人の儀を迎えます。

更に数年もすれば体も大きくなります。ええ、私目の家系は昔から

ボン。キュ。ド〜〜〜〜〜〜〜〜んの豊かな体を持つ家系で御座います。

彼方のような一本の棒みたいな体でしかも一寸しか持たない快楽より

女性のアタシのほうが長く強くビレル様を悦ばせてあげられますぅ」

「ぬぉぉぉ〜〜。小娘ごときがぁ〜〜〜」とタギファが唸れば

「オジサマの癖にぃ」と横目でシリリヌが笑う。


タギファの後ろにずっと控えている五人の潜む者立ちはこの場を

どう逃げるるか迷っていた

完全に彼らの事などわすれて若い娘と言い合わそうタギファ。

三人目の潜む者がそっと呟く。

「どっちが勝つかのぉ?掛けるか?」

「乗った。タギファ様に金貨五枚だ」「うむ。貴族の娘に金貨七枚」

「娘に八枚だ」


未だ菓子箱を覗き込みどの菓子をたべるか思案するビレルに遠慮がちに

イギラが声を掛ける。

「あの・・?親方様?

先ほどから大変な事になってますけど?良いでんすか?

シリリヌ様。愛を捧げるとか体を捧げるとか?

公然と愛の告白なさってますけど?

成人前の貴族の娘が嫁に来そうですけど?宜しいんすか?」


「え?・・・・・。」

やっと事の大きさに気が付いたビレルが顔をあげて振り向く

そこにはああ言えばこう言う。理屈を捏ねれば屁理屈を返す

ビレルに対しての気持ちと愛情の確かさを本気で競い合う

亜人の青年の執念と貴族の娘の愛情が混ざり合う黒い霧が

その部屋一杯に漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

十三匹の蟾蜍 天鼠蛭姫 @tensohiruhime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ