オバサンと呼ばれた模写士は上領主貴族に天誅を下す:壱
月夜の女神が巡り陽の男神が慈悲を与える跳猪の月。
我が王族が滅んだ十三匹の蟾蜍の国。支配者たる貴方様も
まだその地位に就かれ日も短く、事大変な時期と存じます。
ご機嫌のほどいかかで御座いましょうか?
執務室で書類の羊皮紙に埋もれる日々を今日も過ごすギリ・エメトセルク・ゾン・アルキルの手に
渡される報告署の中でそうと書き出されるものは少ない。
未だ慣れない事が多い雑多な日々の中、もきちんと季節の慣用句を用い
尚且つ相手への気遣いをきちんと出来る者が自分の部下にいると言うのは
心強い。
うんうん。この報告署の主はきっと美人で聡明な淑女であるに違いない。
一通の報告書にも上司を敬う気持ちが表れている。
うむ。きっと美人に違いない。ギリは頭の中に美しく髪の長い女性を思い
描きながらも報告書のその先を読み進めていく。
先なる時。血吸寝鼠の月には下記の案件と処理し該当者を
我等が支配者ギリ・エメトセルク・ゾン・アルキル様の名の下で天誅を
下しました。
窃盗3件。(指三本粉砕)
拐かし2件。(右腕粉砕)
牢獄からの脱走4件。(アレの粉砕)
貴族の賄賂と脱税7件(首・脊髄の粉砕破壊・半身不随及び絶命)
「うぬ?なんか意味がわからないのだが?」ギリは読み進めた報告署の内容に
軽く疑問を感じ従者長に助けを求める。
「この報告署に粉砕と描いてあるだが?どういうことなんだ?」
従者長は例の通り長い髪を軽くすき耳にかけてから報告署をのぞきこむ。
「ああ。このお人は武器とか道具とかいらない人でして。」
「道具を使わない?指とか腕とかを粉砕するのか?どうやってやるんだ?」
「えっとですねぇ〜」
従者長はギリの顔の前で自分の手をグッと握って見せ直ぐにぱっと開いた。
「うぬぬ?手を握ったり開いたり?・・・。
え?・・・。まさか素手で指とか腕とか本当に粉砕するのか?」
「ええ。ものすごい握力の持ち主で御座いまして。
以前アタシが見たのはですね。突っかかってきた冒険者の拳をその上から
自分の手を被せましてねそのまま握り潰してしまいました。
相手の拳はそれはもうぐしゃりと。」
「ぐっちゃりと?冒険者の拳がか・・・。まて。待て・・・。
指はわかる。腕もわかる。しかし、しかしだ。アレって・・・・・」
「アレで御座いますわねぇ〜」従者長は上品に口に手を持っていき意地悪に
笑う。
報告署の主は世の男と雄に取って最悪の悪魔といえるだろう。
ギリは美しい女性が満面の笑みで男達のアレをむんずと掴み容赦もなく
潰してしまう様に自らのも背筋が凍る思いに捕らわれる。
時の慣用句を使い丁寧に書かれた報告書はまだ少し先がある。
うすら寒い感覚を消すにギリは先を読み進める。
上記の通りに先月は多数の案件を貴方様の名の下に処理し
私目も努力し又相方の助けもありまして今月も一層精進していきますが
少々、旅の路銀が心許ないものに成りつつあります。
つきましては、多少なりとも慈悲を頂きとう存じます
特に毎日の食費とおやつの私目の好物蝙蝠の黒潮灼きをなにとぞ大目に送って頂ければ助かります
(相方はフワフワピリ辛棒飴を所望しておりますので、そちらも宜しく)
貴方様の充実な下部。旅の模写士と相方より。
「おやつかっ!おやつの所望かぁぁぁ〜〜〜」
ギリは顔を真っ赤にしてバンと執務机を叩く。
「こいつ。報告書にかこつけて路銀とおやつ代を強請っているのかっ」
ぜぇぜぇと肩を揺らし机の上で怒り心頭のギリに
「まぁ〜。毎度の事でして・・・。いかがしましょう?」
「ぜぇぜぇ〜。送ってやれ。多めにだ。色々潰されちゃかなわん。
だがもっと働けと言っておけっ」
ひとしきり唸ったあとギリは椅子に身を落とし天井を見上げる。
「国の支配者がこんなに大変だとは思わなかった。
才はあるのだろうが癖が
強すぎる」傍らではお茶とお持ちしますね。と従者長がほくそ笑んでいた。
鉱山都市ミッドパルカスは善人も悪人も多い街となる
否、むしろ妖しげな輩が多い街である。
朝起き街に出ればればスリに遭い。
昼には裏路地で強盗に遭い。夜に眠れば夜盗が家に忍ぶと言われている。
善人と街人には住みにくいこの街でも暗街と呼ばれる地区は群を抜いている
だろう。
シトシトと細雨が降り注ぐ暗街の更に裏路地
妖しげな貸し店宿の裏戸口に一人の大きな本を携える模写士が立っている。
細雨が降っているから雨宿りでもしてるのだろう。
ところが体が大きめで屋根下から体半分がはみ出てるためにそれなりに
雨にぬれてしまう。
「どうしたものかしらねぇ〜。それなりに濡れちゃうし」
困り顔の女性模写士の体躯は御お世辞にも女性らしいとは言い辛い。
はっきりと言って良いならば樽。樽である。
お世辞にも一寸太って居るとかぽっちゃりだね。と言うよりは
もう少し太っている。もっとわかり安く言えば豚と言うより猪と言う所か。
「もぅ〜しょうがないわねぇ〜。もうちょっと時間かかるかしら?」
樽体型の模写士は旅鞄をゴソゴソと引っかき回しお目当ての好物
蜥蜴蝙蝠の串焼きを二本とりだしいそいそと食べ始める。
模写士を生業としてそこそこ長い間活動しているビレル・モモランのその姿は
あまりそれと見られることはない。齢もそれなりに重ねてるのもあるだろう
他の模写士が旅麗人服を好んで着ることが多いがビレイのそれは他の旅人と
あまり代わりばえしない。
それも体型からくるものであり以前はそれを着ていたがあまりに滑稽すぎると
自分でも思い公式な場面以外でそれを着用する事はない。
本来は長い黒く美しい髪であるがそれを頭の上で一つ団子に纏めている。
肩から大きな鼃の模写本を掛けてはいるが他の模写士が持つそれと
大きさは同じだ。しかしビレルが持つとそれほど大きくは見えない。
それもビレリの体が大きいから本が小さく見えるというわけだ。
装いは何処にでもよく見かけるフード付きのマントである。
要は何処にでもいる普通のただの旅人のオバサンである。
「今日の仕事は長いわねぇ〜。大丈夫かしら?あの子」
一人ぼやくが頭の中で考えているのはおやつの蜥蜴蝙蝠の串焼きを
もう一本食べてしまうかそれとも我慢した方が良いだろうとかと言う事だった。
数秒悩んだだけで迷わず鞄の中に手を突っ込み最後の一本を掴んだところで
裏戸口から出てきた女性に声を掛けられる。
「今日はそれで6本目ですよ?少しはお控えになった方がお体の為に
よいですよ?」
掛けられた声にビクッと体を震わせ取り出し掛けたおやつを慌てて鞄の中に
押し込むビレリ
「あはっ。アハハ。早かったじゃないかい。うん。仕事は順調かい?」
本当は既に6本を食べきりこれが7本目と言うのをばれないように早口で
声を掛ける。
「少し手間と時間が掛かりましたが。
まぁ、いつも通りい済ませて起きました。親方様」
「うんうん。なによりだね。さすがだよ。でもあんまり無理するんじゃないよ」
ビレルとしては誤魔化し半分に掛けた言葉ではあるが受け取った女のほうは
自分を気遣ってくれる主人の言葉は嬉しいものであり素直に礼を返す。
「それにしても降る雨だねぇ〜。もう少し待ってから宿を探すにしよう」
ハイと頷いて女もビレルに肩を寄せる。
「ほい。お前さんの分だよ。イギラ。」ビレルは自分の従者に好物の棒飴を
渡しさっき食べ損ねた自分の分の串焼きを取り出して食らいつく。
ビレリとイギラ。
王族が滅んだ十三匹の蟾蜍の国にて模写士として大陸全土に活躍もしくは暗躍す
る模写士である漆黒の長い髪と美麗な顔立ちを持つイギラ・サゾンはイギルと
一緒に旅をするようになって
まだ、日が浅い。それでも自分の立場くらいわきまえている。
親方様と呼んだビレルの物とは違いイギラの装いはそれと知れば
玄人の物となる。
黒く長い髪には丁寧に彩脂が塗り込まれ妖しく輝く。
フードとマントも上質な布が使われ黒生地の上にまた黑位とで紋様をあしらってさえある。
その下の皮の衣服も上等な代物で黒くそれにも彩脂が塗り込んであるから妖しげに鈍く光る。
女性の割に背が高く胸も大きく腰は締まり尻は更に大きい。
魅力的な四肢で有るし更に太股には黒革鞭が括り付けてある。
以前稼ぎ場としていた二つ目の大陸でイギラは裏趣味の世界では有名であった。
玄人であり厳格な役割を演じきる女躾士としてその道では名を覇せていた。
躾士。聞き慣れない言葉ではあまりがないが顧客と需要は多い。
全部で六つとも七つとも言われる大陸のどの場所でも隷属と言う物はある。
主人に従属する事を良しとする事でありそれは個人の趣味であったり種族全体の主義や思想でもある
誰かに従属するとなれば躾けが必要となりそのやり方、流派も様々である。
一般的な隷属の代表的な物は奴隷がそれとなる。
性的な趣味趣向からや金がなくて売る物が自分の体一つだけしかかなったりと
人種であれ亜人でアあれ奴隷となる理由も様々となる。
小さな村でさえ隷属宿があったり大きな街では隷属市場もある。
躾士とは隷属する者立ちに作法を教えるのが主な仕事である。
これはやってはいけない。こうするべきでありそうしなければならないと
一つ一つ作法や主人に対しての礼儀と行儀などに加え掟や禁事までの全てを
隷属の者の体にきっちりと刻み込むのが躾士となる。
留意すべき点があるならば隷属者は自分の主人が決まると彼らに頸輪を付ける
そこに鎖を繋ぎその先の持ち手を自分の主人に捧げることが多い。
街中で堂々と鎖で繋ぐ事は滅多にないが基本的な精神はそれに基づく。
現実的には鎖で繋ぐことはあまり成されないが精神的にはそれであるため
隷属するものは自分の首に頸輪を付ける事も多い。
故に誰が主人で誰が隷属する者かの区別は簡単となる。
躾士は一般的に言えば隷属する者に取っては主人となる。
しかし軒下で雨宿りをするビレリとイギラはそれの区別が付きにくい
いやむしろどちらが主人であるかと人に聞けば当然の如く誰もがイギラを
指刺すであろう
見るからに美麗な女であり男と雄であれば一度は相手をしてみたい体と四肢を
してる。
自分の中に隷属傾向があればあの細く強い四肢で蹴り飛ばされ踏まれたいと思う
対してとなりに並ぶのは正に樽と同じ体型のオバサンである。
問いの答えは樽のオバサンが主人だと教えても誰もが信じない。
しかしそれは事実である。
躾士として名を覇せ女としても美麗な四肢を持つイギラはフードの下奥に
細い黑光のする頸輪をしている。それも悦んで自分で自分の首にはめ
一生外さないと決めてさえいるのだ。勿論その先に繋いだ鎖は
ビレリに捧げている。
暗街でも特に危ない壁際にある宿で二人は夕食を楽しんでいる
ビレリは自分の目の前にならんだ5皿の肉と野菜をガツガツと喰らい
イギラは肉焼きこそ口に運ぶがしとやかな仕草を崩さない。
周りの客の目はどうしても漆黒の淑女の四肢に目がいくがイギラは気にしない
自分の体は魅せるものであり皆の注目をそれが集めればその分ビレルが影に
かすむそれさえも仕事の一つと知っているからだ。
模写士を生業とするビレリは目立ちたくないと言う。
大陸各地で暗躍する処刑人の噂は誰もが耳にしてる。
悪事を成さねば手を出さないと知れていても此処は悪党の巣窟である
あまり目立ちたくはない彼女の気持ちをイギラは理解していた。
「それで?今日のお客はどんな奴だったい?」皿の上の肉を口に放り込みながら
ビレリが聞く。勿論肉を咀嚼するのは止めはしない。
対してイギラはちゃんと手を止めて話す
「まぁ、個人趣味趣向のお客ですが、何か勘違いしていたようで
自分は客だから偉そうに言い張ったあげく私目の体を触ろうとしたので
縛り上げて吊るし棘鞭で背と腹を打ち据えてやりました。」
「あらまぁ。どっかの娼婦と勘違いでもしたのかねぇ〜。
背は兎も角、腹を打つときは加減がいる。やり過ぎて腑が飛び出ないように
しないとねまぁ、お前の事だから大丈夫だろうけどもさぁ〜」
「勿論で御座います。掟騒ぎにならないようにギリギリのところで寸止めしておきましたので」
「それは良いことだよ。掟衆が出てこられると面倒くさいだけで困るからねぇ」
「はい。親方様」頃合いをみてビレルはまた肉を口に放りこみイギラも
またそれに習う。
ビレルはイギルが客の相手をするのは良しとしてるが
その肌に他人の手を触れさせることは許してはいない。
イギラの体ははビレル一人の物であると躾けてあり
イギラもそれと知っている。
故に勘違いして肌を求める客や貴族にはそれ相当の厄災を与える事になる。
手加減したとイギラは言うが要は今日の客は半殺しにして来ましたと
言う事である。
食事が終わると部屋をとり寝床に上がると言う事になる。
宿の主人の前に寄ってきたのは妖艶な若い女の方でありその後ろにはオバサンが立っている。
主人は長年の間で目の前の女が従者であると知る。一見すれば逆であろうが
長い客商売の感がそれと告げる。若い女は小さくもそれでもはっきりと
体をくねらせ
「二人部屋で寝床は一つ。暖炉とお湯場付きのが宜しいです。
部屋付きの者は男なら少年。女なら味を知るもので。どちらでも構いませんが
亜人でお願いします。」女は代金を宿のカウンターに置き一度目を伏せてから
上目遣いに主人を見上げる。男と雄の扱いを知ってる目だ。
「確かに承けたまわりました。直ぐに用意させます」と言ったものの
手が勝手に一度は受け取った代金の三分に一を返す。割り引いたと言う事になる。
女は嬉しそうに片目を閉じて魅せ相方のオバサンの元に歩み寄る。
主人は女にはやはり甘いと自分で苦言を吐く。
主人の後をしとやかに歩くイギラが部屋の前で鍵を開けようとする
その手に添えられる。
部屋の中の気配を察しての事であるがビレルが微笑むとその手をどける。
元々ビレルに取って気配の主が誰であろうともあまり関係はない。
なり得た状況がどれであれビレルに取っては夜盗など指で弾けば済む事だ。
それでもイギラが手を添えたのは主人を心配する心遣いと女の情からとなる。
「なんだい。おまえさんかい?あいからわずだね。今さっき部屋を決めたばかりなのにどうやって忍んでくるのやら。」部屋の中に膝を折り既に控えていたのは
ビレルの従者となる。「親方様を慕う心と技がそうさせるのです。」
顔を上げる青年に、そんなもんかねぇ〜と軽く言うビレル。
主人の衣服を丁寧に脱がせ部屋着にきがえさせるイギラ。それが終わると自らも
楽な姿へと着替える。そ仕草と四肢は美しいのだが
膝を折り控える美顔の青年にはまったく眼中にない。その眼差しはビレルだけに注がれている。
「どっこいしょっと。それで?この辺で面白い事はあるのかい?」
いかにもと言う感じでビレルは青年に問う。
「はい。幾つかの戯れ言と仕事の依頼だ御座います。
まずは戯れ言の方から・・・。」
床に膝を付き真っ直ぐイギラの顔を見て話す青年はイギラの従者ではあるが少々変わっている。
名こそ。タギファ・リリシオ・ガリンと少々男色家が好みそうなものではあるが
背の高い美形の亜人は紳士的な男でもある。一度街を歩けば幼子から若い女果ては老女までもが彼の姿に頬を赤くそめ盛りの付いた雌猫のように
群がってくるだろう。
それでもタギファの瞳はビレル、ただ一人しか写してはいない。
タギファは惚れているのである。ビレルその人に。
しかも心酔してると言っても良い。
ビレルに言わせればお前の美的感覚はとち狂ってる。
その顔なら女なんか選り取り見取りだろうし、
なんでアタシに恋した目を向けるんだよ
気持ち悪いったらありゃしない。と吐き捨てるが
タギファはそれでも譲らない。断固としてビレルに恋心を押しつけ忠誠を誓う。
ビレルが国の掟に従い裁きを下す模写士であれば
タギファはその従者となり潜む者とも銀鏡士とも呼ばれる。
裁きを下す模写士の為に雑多な戯れ言の処理や仕事の背景を調べ吟味する。
必要時に応じては斥候としても動く。一人の模写士に銀鏡士一人の成るが
例外もあったり更にその下に影人がつくこともある。
ビレルは玄人でありその歴も長い。癖もあり我が儘でもある
人数を多く抱えたがらない。タギファの負担は大きくなるがそれでも
主人の望みに答えるのが従者でありタギフェである。
そのタギファが膝を付いたまま話を続ける。
「仕事の依頼が一つ御座います。それも護衛となりますがいかがしましょう?」
「護衛かぁ〜。得意とはいえないねぇ。とはいえ路銀もそろそろ尽きるかもだし
それは期待出来そうなのかい?」さっきから棘葡萄を
口にポンポンと投げ入れてるビレルの問いにタギファは直ぐに返答する。
「報酬のほうは多額となりましょう。ただ親方様のご趣味には合わないかもしれません。守るべき者が貴族ですから」
「それは嫌だね。気乗りしないよ。断っておくれ」と手を振るビレルに
タギフェが食い下がる
珍しい事であった。「親方様のお気持ちはわかります。ですがご再考を。
確かに貴族でですが年端もいかない娘でして。出来れば守って頂ければ世のためとなるかと」
「年はの行かない貴族の娘ねぇ〜。確かにこの街では大変だろうけど。
それにしてもだ」
渋い顔をするビレルに心変わりをさせたのはイギラだ。
こそこそとイギルに耳打ちする。
「ふむ。それはいいかもだね。ふむ。受ける事にするよ。渡りをつけとくれ」
「御意に」と言ってタギファは立ち上がり窓を見るとすぅっと
その先の夜闇に姿を消してしまう。
「あいつ。アタシに惚れてるとか言う割にはあじけないねぇ。
もう一寸色気を魅せてもいいのに」
「あんな男に色目をつかわれたら私目が困ります。」プゥと頬
を膨らませイギラが言う
それでも直ぐに機嫌を直しビレルに抱きつき情事を強請る。
しょうがない子だねぇと言いつつもにやりと笑い二人はお湯場へと歩いて行った。
「また、豪勢な家だ事。」ビレルは手のヒラで目の上にひさしを造り目を
見開いて感心する
「そうでごさいますね。」興味のなさそうなイギラでさえも言葉はと裏腹に目を見張ってはいる。
その屋敷は確かに豪勢であり荘厳さえ感じさせる造りであった。
門から主屋敷までの間を専用の馬車が往来してる。
それくらいこの貴族の邸宅は広い。
屋敷の前に並んだ出迎えの従者達は二人の姿を見てうさんくさい者でもを見る
目を隠さない。
邸宅の中に通され客間の椅子に客人が座ってもその態度は変わらない。
従者にしてみれば主人が護衛を依頼を出したのはいいがいざ来てみれば
普通のオバサンと黒革を纏った躾士がやって来たのだ。
しかもどちらが模写士かもわかりにくい。太ったオバサンの腰には
曰く付きの本があるが
どうみてもその後ろに続く黒革の女性のほうが主事を握るようにさえ見える。
大きな客間にある豪華な接客椅子に座る奇妙な二人の前に壮年の貴族
がやってくる
いかにに実直と言うような壮年貴族の主人はにこやかにそして丁寧に模写士達を迎える。
「模写士の方々、遠路はるばるこのような場所にご足労して頂き・・・。」
「ご用件と概要だけで結構で御座います。」
黒革の躾士は軽く手を上げて壮年貴族を制す。
必要な事だけ知ればいい。後は知らぬ方が仕事は容易い。
それは善行も悪事でも同じである。
「これは無駄な事を。失礼。では早速」多少の不快感を覚えつつも壮年貴族は
話し出す。
壮年貴族の名はグルウス・カピルモ・セス。
その娘の名をシリリヌ・カピルモ・セスと言う事らしい。
今回の依頼はシリリヌの護衛となる。その器官は10日間。
ある催し物が終わるまでとなる。端的に言えば娘のシリリヌの成人の儀式まで
彼女を守ってくれということになる。
「何か守らないと行けない理由でもあるのでしょうか?」簡素に聞くイギラに
グルウスは一人娘ですからと言いつつもその訳もきちんと話す。
悪事はこびるミッドパルカスの街にでも親であれば子は大切にするものである
更にカピルモ・セス家はこの領地でも一か二を競う名家でもある。
ついでに現在の領主とは敵対関係でもある。
後10日もすれば娘のシリリヌは成人の儀を迎え扱い的には大人となる。
それは結婚できる年齢となり幼子趣向の的になり得ることを意味していた。
どうせいずれは味を知るのだから良いのではないかとイギラが言えば
グルウスは苦笑いする。それはそうですが出来れば娘にはちゃんと恋愛をして
後は成り行きとなれば構わない。それでも自分の宿敵のあやつの手には渡したくないと言う。
それでも解らないことがあるとイギラは聞く。
成人の儀式までの10日の期間を守れば良いのは解るがそれが過ぎても同じでは
ないかと
「それに関しては国を出すことにする予定です。成人になれば貴族旅券の受け取りができるので。後は旅をさせてやりたいのです」と親心を見せる。
まぁ言ってしまえば悪事はびこるこの街に娘を縛っておくのは危険すぎると言うのが本音だろ。う
後はイギラが仕切り詳細を詰めて行く。
それが終わるとイギラはビレルの顔を見る
「解りました。この依頼私模写士ビレル・モモランが引き受けましょう」
「おお。有り難うございます。模写士様。」グルウスは深く頭を下げたが
自分が失態を演じたのもすぐに悟る。その場を仕切っていたのがいかにもと言う感じの黒革の女であったのでつい先入観を信じ込んでしまった。
見た目だけで判断しまった自分を軽く呪う。何か償いをしなければと思う。
貴族に限らず子はその親に自然と似るものとなる。
しかし、壮年の貴族の娘シリリヌは違った。
父とは違う感覚を持ちわせているらしい。
シリリヌ自身亜人の護衛を付けて貰うのは初めてであったがその二人に合った時
失態を挽回すべくグルウスが用意させた特大の柔菓子をバクバクと夢中で食べる
ビレルに向かってきちんと挨拶をする。
「この度は私目の護衛の仕事を請け負って頂き有り難うございます。
まだ、子供の身となりますが、どうぞご容赦を」と貴族礼をし深々と頭を下げる
この時ビレルも礼を尽くす。菓子を食べる手をとめ拭き布で手を拭き太った体を
むくりと持ち上げシリリヌの側に歩みよる。
「まだ成人の儀も済んでないのに。ちゃんとしてるんだねぇ。
うん。それに可愛い。髪も綺麗だ。いいこだね」と頭を撫でる
「あっ。有り難うございます。模写士様」子供ぽく微笑むシリリヌ
それをみたビレルは何かを思い付いたように「ふむ。」と言って
柔菓子を食べるための金属の串を手に取る。
丸っこい指を器用に動かし手の中で生み出したのは綺麗で美しい蝶の姿を模した
髪留めだった。愛おしげにシリリヌの髪をすいて蝶の髪留めを付けてやり
「うん。この方が可愛いね。うんうん」と一人頷く
「あ。有り難う御座います。模写士様。大切にします。ずっと」
子供らしい素直な答えにビレルもイギラも満足げに頷く。
その様子を観ていた一人の従者は顔出さずにも驚愕と戦慄を覚える。
普通のオバサンにしか見えない模写士のやはりオバサンが柔菓子の串を
手の中で折り曲げ伸ばし時に捻り創り出したのは蝶の姿の髪留めだった。
問題なのは髪留めに姿を変えた串の材料だ。
それは金属である。確かに鉄や鋼より柔らかい銀鉱から作られてはいるが
おいそれと曲げることが出来る物ではない。
どうやったのか?魔法でもつかったのだろうか?
兎に角、あのオバサンはそれを成してしまったことになる。
何気ない事に見えたががはてさて模写士とはどれだけの力を
もっているのだろうか?
シリリヌは自室に戻り模写士に貰った蝶の髪留めをしたまま姿観鏡をのぞき込む
母を早くなくした事もあり少し愛情に飢えてる事も手伝って
ビレルが自分に作ってくれた髪留めは気にいったし素直に嬉しい
ニッコリと笑うシリリヌの心になにか特別な気持ちが芽生える
それが何というものかシリリヌ自身まだ気付いていなかった。
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