熱量保存の箱の中
大宮コウ
熱量保存の箱の中
由々しき事態であった。
ことの始まりは、オカルト研究部の部室であった。三年生の部長。二年生の俺と幼馴染、一年生の後輩一人。そして幽霊部員の計五人でもっている弱小部。旧校舎の片隅に割り当てられた部室は、辺鄙であるため特別様がなければ部員以外の誰も来るまい。
問題発言を行った人物は、例によって他ならぬ部員の一人である、後輩の少女であった。名を烏丸こかげという、今年度唯一の新入部員である。
その日の放課後、俺は一度図書室に寄り、借りていた本を返却してから部室へと向かった、自分では時間をかけていた認識はなかったのだが、職員室に向かうと部室の鍵は借りられていた。渡り廊下を通り抜け、三階の角部屋へと向かう。既に開かれていたドアをスライドさせると、烏丸こかげはそこにいた。
入った俺に、烏丸はソファーに座ったまま、あいさつ代わりの会釈をしてくる。そして手元の雑誌に目を落とす。
運動部ではないのだから、何も堅苦しくする必要はない。それに彼女のこうしたそっけない態度には慣れたものだ。今では警戒心の強い猫程度にも思える。
無論、慣れることと上手に接することができるかは別の話であるのだが。
三人目は現れない。大体そんなものだ。部長はふらりと現れふらりと消える人間だし、幼馴染は他の部活も兼武している。というか、全員集まっているときは何か起こる。したがって、平和が一番である。
だから普段は二人で各々自由にするのが常だ。烏丸は部費で購入している怪奇雑誌を読みふける。俺は机にノートと教材を広げ、今日出されたばかりの課題の処理に取り掛かる。まだ二人は来ていない。窓越しに聞こえる運動部の掛け声。吹奏楽部の演奏。烏丸が雑誌をめくる音。どれもが自分とは遠くかけ離れているように感じられるこの場所は、勉強にはもってこいの場所だった。
集中力を切らすことなく、課題は早々に終えられた。俺がシャーペンを置き、一息つく。それを見計らって、烏丸は思いついたように前置きしてから話しかけてきた。
「そういえば、先輩、牧先輩」
彼女の口数は、少ない。狭い部室に、彼女の澄んだ声がよく通る。
「先週あたりからずっと、夢に牧先輩が出てくるんですよ」
耳を疑う、とは正にこのことだった。急に一体、何事であるかと眉をしかめてしまう。よしんば意図を推測しようにも、彼女は変わらず無表情のまま、雑誌を眺めている。
「別に何をされるというわけでもないですが、先輩、もしかして独り身がさみしくて生霊か何か飛ばしてきたりしてます?」
「俺にそのような特殊能力はない」
「ですよねー」
満足したように、彼女はそれ以上問わない。興味を失くしたように、ぺらり、ぺらりと雑誌をめくる。
けれどもそうはいかない。彼女は謎を持ち込んだ。他ならぬ、このオカルト研究部に。
「しかしそれは、由々しき事態だな」
強く言い切ってみせれば、烏丸はようやく顔を上げる。微睡むような、眠たげな瞳が俺へと向けられる。先にあるものを映しているのか分からない目。俺は彼女の子の目が苦手だった。
俺の苦手意識を知ってか知らずか、彼女は小首を傾げて問う。
「由々しき事態、ですか?」
「大いに、由々しき事態である」
俺は大仰に頷いて見せる。けれども、肝心の当事者は、表情変わらずどこ吹く風である。短く切りそろえられたショートヘアの毛先を、細い指でもてあそびながら、視線を彷徨わせる。
「いやまー、私は特に困ってないんですけどね」
「気を遣わなくていい、いいんだ。俺のような醜男を夜毎見るなど、およそ耐え難き苦行であることは理解している」
「私は別に、先輩の顔、そんなに貶すほどではないと思いますけどね。どことなく愛嬌があって、かわいくって」
あやうく舌を噛みちぎりそうになった。彼女の言葉には、それほどの自制心を要した。
かわいい? かわいいだと?
俺の感情は羞恥一色であった、よもや男がかわいいなどと言われて喜ぶなど、末代までの恥であるのだ。
己が舌を噛みしめながら、烏丸を睨みつける。烏丸はといえば、再び雑誌を読んでいた。この後輩は、初めて顔を合わせたときから、どのような思考体系をしているのか全く持って理解不能である。
だが、わかっていることもある。彼女のペースに乗ってはいけない。二人そろってぼうっと怠惰に過ごしていれば、やがては部長が現れて、謎と答えとその他諸々のすべてをかっぱらっていくのだ。これは経験則であり、俺にとってのあまり愉快とは言えない事実であった。
部長がまだ現れていないうちに、何か手を打たねばならない。そうでなくとも、危機意識の欠片も見せない後輩には苦言を呈したくもなる。
「烏丸は大丈夫だと思っているみたいだが、今は問題なくとも、いつ悪霊となり襲ってくるのか分からない危険物、いつ爆発するか分からない地雷の上にいるようなものなのだぞ。そのようなものを放置していられるか?」
「やっぱり先輩の生霊なんです?」
「違うと言ってるだろう。違う、俺じゃないぞ、多分……」
「はいはい、分かっていますよー」
烏丸は興味なさげに返答する。実害がなければ、こんなものだろう。それとも俺が臆病にすぎるのだろうか。
そも、同じ夢を見るということそれ自体はおかしくない。俺にも覚えがある。高校受験の時など、幼馴染と同じ高校に入れるのか気が気でなく、結果発表まで三日三晩ほど不合格となる夢にうなされたものだった。
だが、一週間も似た夢を見るのはさすがにおかしいだろう。それも、夢の中の俺はなにもしていないと言うのだ。
また、彼女が俺に恋して夢をみているなどという事態が起こり得ているわけもない。先ほどまでの会話も、後輩としての優しき配慮であることは重々承知の上だった。
もちろん、好意以外の――嫌悪や憎悪など――の悪感情の可能性もある。が、そうであるとは思わなかった。たった数ヶ月の付き合いであるが、彼女の人柄はよいものであると信頼していた。
よって、彼女の身に起きている現象はひとつしか考えられない。
「オカルト現象だな」
「……またいつものオカルトですか」
心なしげんなりしたように彼女は呟く。そんな彼女に、俺は構わず続ける。
「オカルトであるのだ。オカルトであるからには」
「はいはい、解決しなければならない、ですよね」
オカルトの定義といえば、星の数ほどあるだろう。いや、俺は知らないけれど。
この部において、用いるものはひとつ。物理法則から外れた未解明な現象であり、オカルト研究部が解明する対象のことである。
提言者は部長であり、また解明に関しては、実行者も部長くらいのものである。解決するのはいつも部長であり、そんな部長に幼馴染はますます熱を上げ、俺はますます歯がゆい思いをするのである。
まだ二人は来ていない。自分と……それから後輩だけで解決したいと欲が湧く。
狭い部室のそのまた隅から、ホワイトボードを引っ張り出す。オカルトについての話し合いをするときには、内容を書いて要点をまとめ、推理するのがこの部の常なのであった。
「夢を見たのは先週から、とはいうが、正確にはいつからだ?」
やる気になった俺に対して、烏丸は仕方ないと大きくため息をつき、雑誌を閉じる。それから鞄から大きめの手帳を取り出した。
烏丸には日記をつける習慣がある、とは以前聞いていた。しかし夢のことまで記述しているものなのだろうか。俺の考えとは裏腹に、几帳面にも彼女は書いていたらしい。
「ちょうど一週間前みたいですね」
一体どのように書かれているのだろうか。確認したいような、したくないような、複雑な気持ちであった。出来れば記載を消して、無かったことにしてほしい。夢は夢らしく、忘れ去られるべきであるのだ。
しかし願望は口にしない。せっかく後輩がやる気を出してくれたのだ。それを削ぎたくはなかった。
「先週、先週はなにかあったっけ……」
「別に、いつも通りですよ」
「いつも通りも何も、知らないが……」
「先輩は覚えてないんですか?」
「俺は過去を振り返らない男なのだ」
「そうですか」
期待なんて鼻からしていない、適当な受け答え。かと思えば、烏丸はどこか挑戦的に唇を歪める。
「先輩は、私のこと、知りたいですか?」
問われて、俺はあまりに不躾であったと後悔が襲う。何となしに聞いていたが、彼女にも言いたくないことの一つや二つ、あってしかるべきだ。それを目先の利益に釣られて蔑ろにしてしまうなんて、オカルト研究部員どころか、人としてあるまじき所業である。
だが、彼女は知りたいのかと俺に問うたのだ。ならば俺も覚悟を決めて頷く。
「ああ、知りたい」
「そうですか。でも、別に大したことはしていないですよ。放課後は私と先輩二人でぼーっとして、夕方くらいに学校を出て、途中でカフェに寄って、そして家に帰っておしまいです」
「……それだけ?」
「はい、それだけです」
本当に大したことはなかった。
一応、前後の日のことも聞いたが、これだという情報はなかった。
「……何も分からないな」
「ですねー」
どうしたものかと思案する俺を他所に、烏丸は勢いよく立ち上がる。
「じゃあ先輩、このあとご予定はありますか?」
「え、ないけど……」
「では、行きましょうか」
どこにとか、何をしにとか、疑問は当然浮かんでくる。彼女は俺の考えなど分かっているのだろう。にやりと笑って俺に言うのだ。
「事件は足で稼ぐもの、ですよ。先輩」
「善は急げです」と連れられた先は、先ほどまでいた本校舎である。これまで我関せずな素振りであったというのに、こうも素早い変わり身をされてしまうと、こちらの心の準備が追い付かない。
足取り軽やかな烏丸の後を追う。彼女が足を止めたのは、見覚えのある教室だった。
「ここが私のクラスです」
なるほど、当日の行動経路を洗い出すのかと合点がいった。放課後の教室らしく人気のない。扉を開く前から、中には誰もいないと分かった。
「あ、先輩、そこのドアは開くのにコツがあってですね」
彼女の言葉を待たずに、扉は俺の手によってスムーズに開かれた。それを見た烏丸は、呆気にとられた顔をしていた。
「去年は俺の教室だったんだ」
「そうなんですか。お揃いですか。またですか」
彼女はつまらなさそうに口にする。それはこちらの台詞でもあった。烏丸には、何かと縁があるのだ。今に始まったことではない。色違いのペンケース。おそろいの折りたたみ傘。かかりつけの歯医者。ストーカーか何かと口にしてしまったときもあったが、「それはこちらの台詞です」と逆に疑われる始末。おまけに行く先々で妙に会うものだからタチが悪い。最近は互いに慣れて動じなくなってきたが、烏丸がげんなりするのも仕方ない。
数ヶ月ぶりに入る教室は、特に大きな変化はない。黒板の上の標語、学級文庫の棚の上にクマのマスコット人形が置かれていることが、違いといえば違いなのだろうか。
窓からの景色にも特に変わりはない。妨げる木々などもなく、広い校庭が一望できた。窓際の席になったときは、授業中に青空を見上げたものだった。
「どうです? 何かおかしなものでも見つけましたか?」
「いや、変わらないもんだなあって思っていたところ」
むしろ今の教室の違いは、烏丸の方が見慣れたものであるはずだ。彼女がおかしいと感じることがないのなら、取り立てて気にするべきところはない。
次の場所に行こうと教室を出た矢先、見知った顔が視界に飛び込む。
「牧くんと……こかげちゃんだー。どしたのこんなとこで」
牧くん、と名前を呼ばれて驚く。その愛称を口にするのは俺が知る中で一人だけで、虚を突かれたとはこのことだった。なぜこんなところに幼馴染がいるのか。俺をオカルト研究部に誘った張本人、舞鶴あかりがそこにいた。
現状、彼女に隠し事をしている状態だ。どう言いつくろったものだろうか。使い物にならない俺を尻目に、烏丸は一歩前へと出る。
「あかりさんは……バドミントンですか?」
「そーそー、水筒忘れちゃってさー」
舞鶴は顔の前で手をバタバタと仰ぐ。既に季節は初夏。運動着が肌に張り付いている。彼女はオカルト研究部とバドミントン部を兼部しているのだ。精力的な部ではないが、大会前になるとそちらを優先するため、オカルト研究部への出席率が下がるのである。
「最近そっちに行けなくてごめんねー。明日には行けると思うから」
「いえいえ、大丈夫です。今日も先輩と調査中ですから。ね、先輩」
「おう。そうだな」
いきなり話を振られて、うろたえながらも答える。舞鶴は訝しむことなく、腕を組んで「うんうん、関心関心」と頷いた。
「ちゃんと先輩後輩してるみたいで何よりだよ。牧くんもこかげちゃんも、ちょっと人見知りする方だし」
それは本人を前にして言うことなのだろうか。まあ、舞鶴の心配症は今に始まったことでもない。むしろ俺は気にしてもらって正直うれしい。
「あー、クマだー。おそろいだねー。私のは赤色だけど」
俺が喜びを噛みしめているあいだ、舞鶴は烏丸に絡んでいた。彼女の視線の先には、舞鶴の学生鞄につけられた青いクマのストラップ。それは先ほど教室に置かれていたマスコットと同種のものだった。
「それ、人気なのか?」
「人気なんてものじゃないよ! もーどこにも売ってなくってさー。私もこの前ようやく買えたんだから! この前も見つけたら教えてっていったじゃん!」
「え、そうだったか、悪い」
口を突いて出た言葉に、大いに叱られてしまう。
「あかりさん、そろそろ行かなくて大丈夫ですか?」
「そうだね! ありがと! じゃ、また明日!」
烏丸の進言に、舞鶴は笑顔で駆けだしていった。
「先輩って、あかりさんのこと好きなんですよね?」
後者をいくらか回り、その後に入ったカフェで出し抜けに言うのはやはり烏丸後輩である。無理して飲んだコーヒーでむせた。滑稽なものを前にしたような顔で、烏丸は俺のことを見ている。いや、正直いつもみたいな目だが、そこに篭った温度は、いつも以上に低い気がする。
「恋愛的な意味で、ですよ」
逃げ道を塞いでくる、用意周到な後輩であった。こういう時、焦ってはいけない。コーヒーを口に含み、心を落ち着けてそれから返事をするのだ。
「なななな何故そう思う」
「あ、もういいです。大丈夫です」
烏丸は大丈夫でも、俺は大丈夫ではなかった。しかしこちらから話してしまえば、墓穴を掘るのは目に見えている。
烏丸はいつものように、虚空へと目を向け、カフェラテをずぞぞとすすっている。しかし、今の彼女はどことなく不機嫌そうにも見えな。余計なことは話すべきではないだろう。触らぬ神に祟りなしである。
「オカ研に入ったのも、あかりさんのせいですか?」
俺の数秒前の決意なんて知らない後輩は、無慈悲にも話を続けてくる。
「せいとはなんだ、せいとは。俺は自分の意志でだな」
「だって先輩、オカルトとか興味ないでしょう?」
彼女の言葉に、俺は不覚にも絶句してしまう。事実、その通りであるからだ。俺が何よりも大切にしているのは、俺自身の感情と認識だ。
「あ、別に咎めようってわけじゃないですからね。私だって同じですし」
彼女はそう呟いて、それきり語らなかった。
そして翌日。部室にて謎は解かれてしまう。
「やあ、謎は解けたかい?」
小柄な上級生。左右対称に整った顔面。否応なく存在を目立たせる色素の薄い髪。詰襟を上まで閉めているというのに、涼しげに文学少年然としている青年。
部長がいた。
同じ部員であるのから、いること事態はおかしくはない。しかし何故訳知り顔で話しかけてくるのか。普段は部室に来るか来ないかは半々といったほどだが、彼は謎が起こればどこからか嗅ぎ付けてはやってくる不思議生命体なのだ。
俺はといえば警戒心をあらわにしてしまう。しかし部長は苦笑して、俺の思考をそっくり読んで勝手に話しだす。
「ホワイトボードに残していてくれたじゃないか。あとは状況証拠というやつさ」
出る時には慌ただしかったから、消すのを忘れていたのだ。合点はいった。いったが、この落ち着きようはなんなのか。まるで、もう謎は解けているみたいではないか。
扉が開く。烏丸が入ってきた。部長と俺に会釈をする彼女。それを見て、部長は微笑む。この部長の笑顔は、たいてい肉食獣のそれである。人の事情にずかずかと踏み込む合図であった。
「じゃあ、そろったみたいだし、オカルトを明かそうか」
「といっても、簡単なことなんだけどね。君は烏丸くんに原因があると考えているんだよね?」
「いやまあ、俺はなにもしてないですし、それ以外には考えられないんじゃないですか……」
「僕は半々だと思うよ、現に君は烏丸くんの夢に出ているんだろう? 関わっていないと考える方がおかしい。君はもっと柔軟に考えるべきだよ」
この部長、どうも俺に駄目出しをしてくるのである。俺は俺で、部長に反発心を持つし、今は舞鶴もいないので口答えすることにためらいはない。
「でも、とくに原因は見つかりませんでしたけど」
「じゃあ、問題は、君自身にあるんじゃないかな?」
反論するよりも先に、部長は言葉を続ける。
「そもそも、彼女の夢に出るにもきっかけというか、何らかの媒体が必要だろう。それに心当たりはないかな?」
「心当たり?」
「何か、モノを送ったとか」
烏丸を見る。すると彼女はどうしてか、サッと鞄を隠した。
隠すべきものが中にあるのなら、そうする必要はあるまい。つまり見せたくないものは外側にあるということで――
ようやく、それを思い出すことができた。
何故忘れていたのだろうか。烏丸がつけているストラップ。それはもともと、俺が持っていたものだった。
幼馴染に渡せなかったものだった。
先週、部室で一緒にいた際、鞄から落としたそれ。渡せないまま鞄の中に眠っていたそれを、烏丸は目ざとく見つけて「貰ってもいいですか?」と聞いてきた。
舞鶴あかりに渡そうとしたストラップは、渡す前に既に手に入れていたのを知ってしまった。だから用済みだったそれを、烏丸に渡すことにためらいはなかった。
しかし俺の浅ましい情念が、知らずのうちに堆積していたのだろう。結果として、彼女の夢に俺が出るなどという、おかしな現象に巻き込んでしまったのだ。
荒唐無稽な現象に、つじつま合わせの解答。しかしそう考えるのが、合理的だと思えた。
答えがわかれば、即ち解決だ。オカルトは未解明の現象であり、解明されてしまえばその効力は失われる。もう烏丸は、夢に俺を見ることもない。
「よし、解決したみたいだね。じゃあ僕は行くから。戸締りはよろしく」
部長は一体どんな神経と直観力と推理力とその他諸々をしているのだろうか。全部わかった風な顔で、勝手に満足しては消えてしまう。なよっとした見かけに反して、嵐のような男である。彼は直ぐにいなくなってしまった。舞鶴は今日は来ると言っていたが、部長が既に帰ったと知れば残念がるだろう。
二人きりになってしまった部室で、改めて烏丸と向き合う。彼女はどこか叱られるのを待つように、俯いていた。烏丸に問いただすべきことがある。オカルト以外にもう一つ、気付いたことがあったのだ。
「烏丸、お前、初めからわかってたな」
「……初めからじゃないです。日記を読み返して気づきました」
それを初めからだというのだと、突っ込むのは野暮なのだろうか。
「あー、その、とりあえず、変なことに巻き込んで悪かったな」
「……別に、悪くはありません。私、困ってませんでしたから」
「だとしても、だ」
何を思って言わなかったのか、その真意はわからない。しかし、元を辿れば俺が原因であるのは疑いようがない事実である。
しかし分からないのは、なぜ渡したことを忘れていたのかということだ。記憶力がいいほうではないにせよ、すっぽりと忘れていたというのは、まるでオカルト現象ではないか。
まあ、いずれにせよ、事態は解決したのだから、これでよいのだ。そうに違いない。
「とりあえず、それ、返してもらってもいいか? もう夢を見ることはないと思うけど、呪具もどきを持ってるのは嫌だろう? 神社にでも行って俺が処理しておくよ」
「いやです。渡しません。貰った以上、これは私のものですから。先輩が、私に、渡したものですから」
一言一句強調して、彼女に強情に拒絶されてしまう。普段は静かな彼女の中に、そんな熱があったのかと驚かされる。
「絶対に、返しませんから」
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